43話・緑髪をなびかせる
そして、このとき…
二人(悠人と叶)の元へ、足音が近づいてきた。
どうやらソレ(足音)は、看護師らしく。
叶の容態を察して、駆けつけたようだ…
看護師は、悠人を素通りして、迅速な対応をする。
「鈴木さん、大丈夫ですか?!」
看護師の応急処置によって。
叶の咳は、次第に静まってゆくものの…
絶望の一時に、悠人は、呆然と立ち尽くしていた。
思考停止しながらも、たった一つ「とある事」を思い出す。
緑髪の少女「カイル・マックストーン」
彼女はきっと、夢の産物に過ぎないけど。
だが、それでも…
カイルと悠人が交わした「契約」が、彼の脳裏に張りついていた。
『4人の勇者…を…殺す」
そうすれば…
『叶の命が、救われる』
もしも、あの異世界が現実ならば。
本当に、妻を救う事が、出来るかもしれない…
苦しむ妻を、看護師に任せたまま。
一人、考え込む悠人。
その無能な男に、看護師が声を掛けてきた。
「すいませんが、席を外して頂けますか?」
看護師の言葉に、ハッとして我に返る。
そして、モゴモゴと、何か言い返そうとするが。
カスの力もない、無力な自分に、一体何が出来るのだろうか?
ゆえに、悠人は…
苦しむ叶に背を向けて、病室を出てゆくことにした。
悠人の足音が、廊下に響く。
この廊下を歩く度、いつも「喪失感」が胸にあって。
広い世界に独り、歩いているような…そんな錯覚さえも抱いた。
やがて…
ひっそりと佇む「物置部屋」に着いた。
悠人は、この部屋を通り過ぎて。
いつもの平坦な日々に、戻ろうと思った。
だが…しかし。
何気ない、普通のドアを、横切ろうとした時。
まるで、麻痺したかのように、彼の脚がピタリと静止した。
「少しだけ」
物置部屋に、意識が惹き憑かれてしまう…
それは、きっと…甘い誘惑。
不思議で、幻想的な…尊い誘惑。
「この部屋には、何もない」と、理性に言い聞かせながら。
汗ばんだ手で、ドアノブを握りしめた。
平凡な扉を開き、ゆっくりと部屋の中を覗く。
ついさっきまで、何もなかった…ただの物置部屋。
そんな空虚の一間にて…
鮮やかな緑髪が、フワリ…と揺れた。




