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42話・宇宙の絵


 スケッチブックを抱える、妻の横顔を…悠人は、穏やかに見守っていた。


安っぽい用紙に、絵具が走り。

この一時(幸せ)に、身を委ねる二人。


 高価でもない、どこにでもある絵具だけれど。

彼女は、喜んで使ってくれた…


 その絵を覗いてみると、優しい緑色が、用紙一杯に広がっており。

一体、何を描いているのか?少しだけ気になった。


「ねえ、何の絵だい?」


 叶は、使い慣れない筆を走らせながら。

フンワリ…と、夫に教えてあげた。


「宇宙の絵だよ」


「この銀河から、もっと遠い…コバルトグリーンの宇宙。」


 どうやら、この緑色は宇宙の絵らしく。

悠人(凡人)には、芸術家の感性が、良く分からなかった。

それでも、この一時の「尊さ」を実感できたし。

この「幸せ」以外に、望むモノなど何もなかった。


「ねえ、悠人」


 叶はいつものように、不器用な夫の名を呼んだ。


「なんだい?」


「わたしの『お願い』きいてくれる?」


 お願いとは、なんだろうか?

飲み物とか、食べ物が、欲しいのだろうか?

 とりあえず、自分に出来る事なら。

悠人は、なんだってしてあげたかった。


 しかし…

彼女の口から語られる『お願い』とは。

予想にもしない、遥かに遠い「未来」に向けられた希望だった。


「もっともっと、先の未来にね」


「たくさんの冒険が、悠人を待っているの」


 ゆっくりと語られる「お願い」を…

彼(悠人)は、芸術家の豊かな想像だと捉えた。


「うん」


 深く考える事もなく、凡人は頷くのみ。

それでも構わず、叶は…自らの想いを綴ってゆく。


「きっと、ソレはね。大きな宇宙の冒険なんだよ」


「悠人が歩く…冒険の物語」


「いつか、その冒険を、聞かせてね…」


 何というか、スケールの大きい頼み事だけど。

悠人は一言で、妻の望みを聞き入れた。


「うん」


 この一時が永遠ならば…そう願った矢先。

運命の魔の手が、二人を現実に引き戻した。


「ッ?!…ゲホッ」


 紅の色彩が、ベットのシーツに散りゆく。

この瞬間、叶の容態が急変した。


「ゴホッゴホッ!…ゲホッ!」


 激しい咳と共に、濁った血が広がってゆく。


 この現実(地獄)が、悠人の感情を凍らせてしまい。

広がり続ける「妻の血」をまえに…平凡な思考が、恐怖で震えた。


 大切な人を、失ってしまう絶望。

冷たい絶望が、悠人の心を縛りつけてくる。


分からない…


ぼくには、どうすればいいのか?


分からない…


「かなえ…」


 役立たずの男(悠人)は、ボンヤリと妻の名を呼ぶ。

でも、返ってきたのは…

いつも笑顔ではなく、痛々しい咳だけだった。

 



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