39話・感覚の消失
隣に座っているミュウは、怯えてはいるものの。
相当、お腹が空いていたのだろう…
とても美味しそうに、お菓子と飲み物を味わっている。
カイルもまた、食事を楽しんでおり。
細い手には、レディース手袋を着けていた。
そして、上品な手つきで、赤ワインを口に運ぶ。
二人の食事を見て、悠人は思った。
そう言えば…この異世界に来て、何も食べていない。
不思議な事に「空腹感」は皆無だけれど。
ここまでのご馳走を、用意してもらったのだから。
手をつけない訳には、いかないだろう。
ちっこい手で、お菓子を一つまみ。
とても上品なチョコレートのクッキー。
こんなに高価なお菓子は、見たことがなかった。
悠人は、ほんの少しだけ、緊張しながら。
小さなその口で、クッキーにかぶりつく。
しかし、口に広がった味は…チョコレートのモノではなく。
…ジャリ…ジャリ…ジャリ…
まるで「砂」を食べているような…無機質な食感しかしなかった。
「………?!ッ」
いくら噛んでも「味」を感じない。
ただ、ザラザラとした「虚無感」が連なるのみ。
このとき、悠人は自覚する。
この姿…黒髪幼女の状態だと「味覚そのもの」を失う事を。
隣で食事を味わうミュウ。
その隣で悠人は、苦し紛れの「味わう演技」をした。
すると、テーブルの向こうから。
紅の瞳が、下手な芝居を観察していた。
カイルの視線は、悠人の思考など、簡単に見抜いており。
口を開く事なく、無言のまま…幼女(悠人)と視線を交わす。
そして…
『さあて…分岐点です』
このとき、悠人の頭の中に、彼女の声が囁いた。
『アナタの脳内に直接、通信しています』
『私たちの会話は、外部に漏れません』
どうやら、今この会話は。
カイルと悠人の「心(脳内)」で、行われているらしい。
『まずは、ステップ1』
『そこのキッズを、片付けてください』
カイルの言葉(通信)は、変わることなく残酷。
その命令に、悠人はゴクリと息を飲む。
『でも、でも…僕…はっ!』
一体、どうすれば?
賢くない悠人には、正解など分からない。
グダつく魔王へ、悪魔が囁く。
『決断しない事が、もっとも最悪な事です』
じわり…じわり…と選択が迫られる。
妻(叶)だけが、人生の全てなのだ…
そう、この現状において、選択権など元よりなかった。




