3話・妻の余命
「えっ…?いま、何て…」
悠人は唖然としながら、先生に聞き返した。
「はい、ですから…」
先生は、同じ説明を繰り返す。
「鈴木叶さんの余命は、あと三日です」
先生が言うには、結核が、どうだとか。
妻が、ここまでもったのは…逆に運が良いとか。
冷たい言葉が、つらつらと続き。
悠人の胸が、張り裂けそうになった。
痛い、胸が痛い…
どうすれば、良い?
どうすれば、妻は助かる?
自分は頭が良く無いし。
賢い手段なんて到底、思いつかない。
ゆえに、無力な男は。
死に物狂いで、頭を下げるしかなかった。
「お願いします!!」
「妻をッ…助けてください!」
哀れな叫び声は、医務室の外にまで、ただ漏れで…
まるで見世物のように、ギャラリー(人々)が集まっていた。
そして、偶然にも…
「緑川」と呼ばれた少女が、通りかかった。
先生の足元にすがりつく悠人。
「なんでもします!なんだってします!お願いします!」
しかし、先生は、首を振るばかり。
「叶さんは、受け入れています」
もう既に、妻は「終わり」を承知だと…冷たい現実が語られる。
それでも、悠人は必死にしがみついた。
無力な凡人(悠人)は、惨めに哀れに。
妻を助けて…と連呼し続けた。
医務室の外では…
ギャラリーの人々が、悠人の事を嘲笑っていた。
そんな中、緑髪の少女は、遠い眼差しのまま。
「清々しいくらい、滑稽ですねぇ」
独り言を、ボソリと呟いて。
その緑髪を揺らしながら、この場から立ち去ってゆく。
悠人は、それから…何十回も頭を下げた。
「妻を…叶を…助けてくれ」
だが、そんな嘆きなど、どこにも届きはしない。
そして遂には、医務室から追い出されてしまい。
負け犬(悠人)は一人。
トボトボと…病院の廊下を歩いてゆく。
曇った感情を抱えながら、妻のいる病室へ向かう。
一体、どんな表情で、彼女に会うべきなのだろうか?
考えている内に、手が汗ばみ。
右手の紙袋に、汗が染み込んだ。
ゆっくり、ゆっくりと、歩いているつもりなのに。
あっという間に、妻の病室に着いてしまった。
そして、悠人は、汗ばんだ手で、病室のドアを開く。
重く開かれる、病室の扉。
その先には、悠人の妻…「鈴木叶」の横顔があった。