32話・幼女の影
次々に崩壊してゆく建物。
地面がジグゾーパズルのように裂かれてゆく。
こんな絶望の最中でも…
ドラゴとヨハネは、互いの力を重ねようとした。
しかし、支配された重力が、勇者の行動を制限して。
二人は、完全に拘束されている。
ヨハネの「短剣」も、ピタリ…と静止したまま。
偉大なる勇者は、死を前にして、棒立ちしかできず
結局、選ばれし者達は、何の役にすら立たなかった。
だが、しかし…世界が終わる一秒前。
巨大なる「紫の月」の前に…チンマリとした、小さな影が現れた。
その影は、少女の形をしており。
まさしく「幼女」とも呼べる、幼い体形をしていた。
幼女の恰好は、ボロ雑巾のような囚人服。
滑らかな黒髪が、鮮やかに揺れる。
一体、自分が…何をしているのか?
考える事は苦手だから、悠人自身も「自分の行動」が良く分からない。
それでも…
この紫の月が「みんな」を殺す…そう感じたとき。
悠人は、幼女の体を、突き動かしていた。
豆粒のような幼女の体で、たった一人…巨大な脅威と対面する。
街中から、悲鳴が聞こえてきて、皆が絶望に陥った。
それは当然、こんな状況下で、理性など保てる筈がない。
しかし…
今の悠人には「恐怖」という感情が発生せず。
ただ無意識に、微塵の躊躇すらなく…
小さな幼女の手で、紫の月に触れてみせた。
ポンッ
一ミリたりとも、力は入れていない。
ほんの少し、ちょっとだけ「触ってみた」だけ。
たった「それだけ」なのに…
巨大な紫の月が、グニャリ…と急変。
そして、消えゆくような爆発音が連なって。
デューーーーン!
いとも簡単に、紫の月が「塵」と化した。
これが…
世界を絶望に堕とした「紫の月」の末路。
巨大なエネルギーの塊は、儚い塵となって沈黙に消えた。
紫の月は塵と化し…
紫色の小粒が、はじまりの街に降り注いでゆく。
重力の束縛からも解放されて。
空気が元に戻り、僅かな希望が光りを射した。
絶望から救われた、この奇跡を。
人々は皆「聖天使の加護」だと歓喜した。
「たすかった!助かったぞお!」
「アベル様が、魔王から…守って下さったんだ!」
アベル、アベル、アベル…と。
街中から、聖天使の名が、コールされてゆく。
そう…彼ら(一般人)は誰一人。
黒髪幼女が「皆を守った」事に気づかない。
フワリと舞う、塵のなか。
幼女の黒髪が、サラリ…と揺れた。
その滑らかな黒に、ドラゴはつい視線を奪われてしまう。
そう言えば「ミュウ」も、黒髪が好きだったっけ?
謎の幼女と幼馴染の姿を重ね…つい呆けてしまう。
すると、ヨハネが、その幼女に声を掛けた。
「そこの君!一体、何者だ?!」
一応、勇者の二人は、この幼女が紫の月を「破壊した」事を目視しており。
当然「漆黒騎士ガイア」も。
己の「究極奥義」が、こんなロリ幼女に、無力化されたのを自覚している。
一方、配下の黒騎士たちと、勇者ウェインは「事の真意」が見えておらず。
ウェインに至っては…
「わははッアベル様!バンザーイ!」
能天気に、聖天使を崇めていた。




