130話・宝物
体の感覚が崩れてゆくのに…どうしてだろう?
静かに、優しく、かつての思い出が蘇ってきた。
好きだった横顔が…
守りたかった宝物が…
かけがえのない笑顔が…
透き通る程、鮮明にフラッシュバックする。
大切な人の命よりも…遠い異世界を選んでしまった。
こんな愚か者がいるだろうか?
最強のチート…異世界への転生…
そんな誰もが欲しがるモノなど、どうでも良くて。
ただ…大切な人に笑って欲しい。
そんな「ちっぽけな願い」が、鈴木悠人の希望だった。
もう、東京には「二度」と帰れない。
叶はきっと、冷たい病室の中で…
誰からも気づかれる事なく、永遠の眠りにつくのだろう。
これも全て…
皆を守る為とか、叶が望んだとか。
そう言った口実(理屈)で、この道を選んだ代償。
失敗をして…間違った後に気づく。
自分が「愚かな負け犬」なのだと。
本当に、大切な人の為に戦うなら…
最強チートとか、異世界転生とか、欠片も必要ないのだから。
幼女魔王のデタラメな力によって。
上空の殺戮ロボットたちは、一瞬にして全滅。
その時間は「一秒」も経過しておらず。
一体何が起きたのか?地上の人々からは「何一つ」見えていなかった。
彼ら(人々)は純粋に、信じる正義を応援し続けた。
老人も女も、子供も…皆が、希望の聖天使を応援する。
「アベル万歳!」
「アベル様!負けないで!」
「アベル!がんばれ!」
優しい魔王の事など。
誰も知らないし…誰も興味がない…
悠人が、これ以上「みんな」の為に戦っても。
その結果は「嫌われ」「憎まれる」だけだった…
それでも、このお人好しは戦う(間違う)。
間違いだと、自覚しながらも。
独りぼっち孤独に、戦い抜く事を選んだ。
上空にいるSSを全滅させてから。
更にもっと上の「緑の宇宙」へ意識を移し。
光速をも超えるスピードで、頭上に広がる宇宙へ飛び立つ。
そして…
瞬きもしない内に、宇宙空間へと到達して。
幼女魔王の黒髪ポニーテイルが、緑色の無重力空間にて揺れた。
愚か者の涙が流れ、一つの水滴が、エメラルドの空間に漂った。