123話・異世界転生
叶が倒れた、あの夏の夜…
無能な王子様の「ちっぽけな冒険」があり。
木に登り、必死に窓辺にしがみついた…カッコ悪い冒険の先に。
小さくて、不器用なプロポーズをした。
絶対に守る…
この身が、この精神が、どんな末路を辿ろうとも。
大切な人だけは、最期まで守り抜いてみせる。
まもる…まもる…まもる…
あの時の誓いはもう、永遠に叶わない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
負け犬は、声の限り叫び続けたが。
惨めな叫び声さえも、雨音によって飲み込まれてしまう。
馬鹿みたいに叫んで、愚か者のように走りながら。
そして遂に、運命の場所にたどり着いた。
この行く末は『工事中の橋』
川の上にある、最初の異世界ゲート…
この橋から、異世界転生の物語が始まり。
この橋から、異世界転生の物語が終わる。
橋の工事は、未だに進展しておらず。
欄干(手すり)だって、備わっていない。
ゆえに…これ以上。
悠人の決意を、阻めるモノはなく。
あとは「愚かな決意」と共に、駆け抜けるだけだった。
もう未練はない…ただ、走り続けるだけで良い。
頭では理解しているのに。
なぜ?どうしてだろう?
あのとき、公園で出会った「笑顔」が…
大好きだった「笑顔」が…
雨に打たれるこの瞬間にも、心の中で微笑んでいる。
橋から飛び降りたら、もう二度と現実世界(東京)には戻れず。
そして「鈴木悠人」としての自我が崩壊するだろう。
つまりソレは…
『叶との思い出が消滅する』事を意味していた。
「僕は…」
惨めな涙が、雨に奪われてしまい。
もはや、泣く資格すらも、与えられなかった。
決めたのだ…叶から託された「希望」の為に戦うと。
彼女の願いを貫くために。
鈴木悠人としてではなく…「魔王」として決戦に挑むと。
理屈は分かっているのに…
荒ぶる感情の中に「悲しみ」と「悔しさ」が、嵐の如く渦巻いていた。
「ぼく…はッ」
頭は良くないし、器用でもないから。
何が正しいとか、何が正解とか…分かりっこない。
だとしても…「叶を失いたくない」
ただ、ソレだけが、ハッキリと自覚できた。
「ぼくはッ!!!」
はしる、はしる、走り抜ける。
橋の向うに向かって、叶のいない世界に向かって。
………跳んだ………
橋の上から、力の限り飛び立った。
ただの男は落ちる…鈴木悠人は落ちてゆく。
荒々しい豪雨の中。
誰もいない、孤独と共に…
二度と引き返せない、異世界の門を開いた。