122話・ちっぽけな運命
激しい雨に、視界を遮られて…
もはや、どの方角に「走っている」のか?自分でも分からない。
それでも、絶対に立ち止まるものか…
走り抜かねば、戦い抜けねば…ならないのだ。
そんな決意とは裏腹に。
かけがえのない「思い出」が、悠人の頭に過ぎってゆく。
鈴木悠人は、社会の塵。
知能も才能もない、消耗されるだけの凡人。
彼の存在など、誰も気づかないし、誰からも認められる事などない。
悠人自身「自分は、その程度だ…」と、自覚していたし。
もうすっかり、独りで「孤独」なのに馴染んでいた。
その筈だったのに。
東京の片隅で、小さな公園で…ちっぽけな運命と出会ってしまった。
絵を描く横顔は、透き通るほど鮮やかで。
ぎこちない悠人に、笑顔で応えてくれた人…
あの時の笑顔は、今…この瞬間にだって輝き。
雨に打たれる度…
大好きだった「叶の笑顔」が鮮明に映った。
あの笑顔は、戻ってこない。
「ああああああああああああああああ!」
凡人は叫ぶ…
その叫び声が、雨音に打ち消されてしまう。
叶は、才能豊かな画家…
悠人は、一般的な工場員…
二人の世界は、あまりにも違うけど。
それでも妻は、応援してくれた…「君が隣にいる」と喜んでくれた。
そう、この世界でたった一人。
彼女『だけ』が、悠人の存在を受け入れてくれたのだ。
悠人と叶…二人はきっと。
東京の中では、ちっぽけな微々たる存在。
だとしても、手を取り合って。
「今」と「明日」を守る為に、必死に戦い続けた。
ボロボロの作業服を着て。
悠人は、毎日毎日…己の戦場(工場)に挑んだ。
全身が痛み、心が悲鳴を上げたって。
逃げることなく、ひたすら真っすぐに走り続けた。
悠人の全ては「平凡な日常」の為にあった…
だが、もう…
大切だった「平凡な日常」は戻ってこない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
凡人は叫ぶ…
その叫びもまた、雨音に打ち消されてゆく。