119話・トゥルーエンド
いざ、病室の前に立つと、脚が震えて体が固まった。
沈黙する扉の先には、結末が待っており。
この扉を開いたなら、魔王の物語(冒険)が終わる。
つまり「一般人」としてのトゥルーエンドが待っているのだ。
ただ、扉を開く…それだけの事。
なのに、これ以上…体が動いてくれずに。
惨めな男(悠人)は、膝から崩れ落ちた。
そして、この一瞬…
「一つの物音」が、悠人の耳底まで届いた。
どうして…どうして?
この音だけは、ハッキリ聴こえるのか?
音の正体は、悠人のポケットから零れ落ちた『一本の筆』。
公園にて、叶と二人で探した…儚い思い出『叶の筆』。
床に転がる筆を見たとき…大切な人の笑顔が、見えたような気がした。
その笑顔は、公園で初めて出会った時と同じ。
柔らかくて、優しくて、穏やかな笑顔だった。
「悠人が…皆を…守ってくれる」
彼女が託した「最期の願い」。
遠い異世界をの未来を…
とおい「異世界の住民」を守って欲しい…と。
心からの希望を、不器用な夫に託した。
彼女はきっと、最期の瞬間まで信じている。
鈴木悠人が、皆を守る事を…
魔王幼女が、異世界を救う事を…
妻が信じてくれるのなら。
戦う理由は、それだけで十分だった。
そう、理性では、理解しているつもりなのに…
「うぅ…」
…止まらなかった…
惨めな男の…負け犬の「涙」が…止まってくれなかった。
ただ、ただ…
大切な人が傍にいる「明日」が欲しかった。
何てことない「平凡な物語」を歩きたかった。
それなのに、間違えたのだ。
自らの臆病さに屈伏し「皆の為」とか…
飾った理屈を立て、現実から目を逸らしていた。
異世界とか…勇者とか…聖天使とか…魔王とか…
これらのどこにも「答え」はない。
トゥルーエンドは、もっと単純。
鈴木悠人として、一人の夫として…
最期まで、妻(叶)の傍にいる事だった。
しかし…
それでも…
だとしても…
感情の奥底で、妻の願いが輝いている。
「受け入れなければ、なにも変わりませんよ?」
もう聞き慣れた敬語が、迷う子羊(悠人)に冷たく告げる。
今の悠人には、殆どの音が聞こえないけど。
この声だけ…カイルの言葉だけは、ハッキリと鮮明に聞き取れた。
背を向けたまま、緑髪の悪魔へ問う。
「グリモワーツは…どうなる?」
すると、カイルは、冷たく子羊を突き放した。
「貴方はもう無関係、部外者です」
そう、幼女魔王は敗北した…
正義(聖天使)と悪(幼女魔王)の決戦は終わったのだ。