G3話:二人の始まり
喉がすごく乾いてる気がして、部屋の中はまだ暗いみたいだけれど、俄に意識が浮上する。
「お嬢様、目を覚まされた様ですね」
コレはどっちなんだろう・・・。
もう起きなきゃいけないのかな、それともまだ少し眠っていていいのかな?
深い眠りから覚めた朝は、いつも枕に顔を押し付けてもう10分くらいだらけて過ごす。
その微睡みは至福の時間、たまにそのまま二度寝してしまって、女中さんに起こされる時もあるけれど、そこは彼女達もわかってて、必ず7時には起こしてくれる。
だから私は、一度目を覚ましても、眠たければそのまま枕に顔を埋め続ける。
起きないといけない時は女中さんが布団を剥がすから、それでも起きなかった時はベッドから転がされるから・・・だからコレは眠ってていいんだよね?
熱がこもって温かい枕に頬を押し付けているともう一度夢の世界に戻れるんじゃないかっていう感覚、気持ちよくって声が出ちゃう。
「んふゅー、・・・?」
あれ?なんか違和感、あぁ体にかかってる布団が小さいんだ。
私はちょっと寒がりなところがあるから夏場でも体を全部タオルケットで覆う派なのに、今はお腹の辺りにしか掛かっていないみたい。
熱を溜めやすい素材なのか枕がとても温かいから余り気にならなかったけれど、気にしだすと寒い気がしてくる。
私はうつ伏せになると温かい枕の側面のすきまに指をかけて、少し乗り上げる様にしがみついた。
すると、先ほどまでは頬に感じていた温みが胸や顔全体に感じられて、しかも何だか甘い匂いまでする。
「こぉまくら・・・」
気持ちいい、けどまた違和感、胸に何か引っ掛かる感覚というか・・・大事なこと忘れてる様な、んーんもっと直接的な、あ、ブラだ。
私硬いブラ着けたまま寝てるんだ。
硬いというか、ワイヤーが入ったやつ。
寝る時はもっと柔らかい素材の軽くお肉引っ張るやつ着けてるのに、だから枕に乗り上げるのになんか引っ張られるというか、下にずり下がる感じがするんだね。
気持ち悪い。
「んー、んーん、うぅーん・・・」
手を背中側に回してせめてホックを外そうとするけれど、寝ぼけたままだからかうまく外せない。
すると
「失礼致します」
と、誰か聞きなれない女中さんの声が聞こえて、気持ち悪さがなくなった。
「ありがとう」
って言ったつもりだけれど、ちゃんとお礼言えてるかな?
いつのまにか頭の上に置かれた温かいものが気持ちよくて、私はもう一度眠りの世界へと誘われた。
「ジュルッ・・・はっ!?ヤバ、二度寝しちゃった」
急に意識がハッキリとして、ガバリと体を起こす。
しかし部屋の中は暗い。
「おはようございますお嬢様」
そして目の前にいるのはきれいな女の人、銀髪で色白で、優しい眼差し・・・
「お嬢様?」
それが私を見つめて、不思議そうにたぶん私に尋ねて、私はドキリとした。
「わひゃ!?お、おはようございます!」
女の人はただ微笑んで
「はい、おはようございます」
と、答えたけれど、うちにこんな洋風の装いの女中さんはいない、ううんわかってる。
「護衛メイド・・・」
「はい、お嬢様」
「・・・・・・」
えぇ!?それで返事しちゃうの?自意識はどうなってるの?
て言うか、「人型」の「女性」で「戦力」になりそうだから彼女を選んだけれど、名前って、どうなってんだろう・・・てっ!?
彼女手に、私のブラ握りしめてるんだけど!?
乙女の危機を呼びそうだから女性使い魔を選んだのにこの人、そういう趣味があるの!?だからテキストもお嬢様の為にって・・・
もしかしてろっこつさんより危ない・・・?
閉ざされてはいるものの幸いそこそこの広さのある筐体の中で、彼女から少し体を遠ざけながら胸元を抑えて立ち上がる。
するとブラだけではなくブレザーも脱がされていたみたいで、パサリと足元に落ちる。
彼女は、私の視線を追いかけて自身の手の中の物に気が付くとあぁ、と合点のいった顔をした。
「お嬢様が寝苦しそうになさっていたので、外させて頂きました。しがみついてくるお嬢様が可愛らしくて、幸せな一時でしたわ」
言いながら頬に手を当てて、顔を赤らめホゥっと息を吐く姿も美人さんだから絵になる。
私のブラに頬を寄せる形になってるのが非常に残念だ。
そういえば一度起きかけたときそんな感じの話をしたかも?
ていうかそもそも
「あの!」
少し大きな声が出てしまった。
狭くて薄暗い室内には、私と彼女しかいない、そして彼女は護衛メイドで、それってつまり私が召喚した使い魔だということで。
尋ねずにはいられない。
「あの、貴女は誰ですか?本当に私が呼んだ護衛メイドなんですか?」
彼女は自分自身をどう思っているのか、そして私のことをどう思っているのか。
それがわからないと、一緒にいるのは怖い。
「はい、私は昨夜お嬢様からお招き頂いた護衛メイドでございます。これからこの身が滅びるまで、お嬢様にお仕えさせていただきたいと思います」
彼女は私の前に座ったままで私に仕えると、そう言った。
「貴女名前は?私のことはどう思ってるの?」
本来護衛メイドは、名前ではなく職業だろう。
ネームレスのカードだったから名前がないというのでは、あまりにも人間味がない、だから彼女に名前があればいいのに、それなら少しは怖くないのにと、考えたけれど。
「私は名も無き一介の護衛メイドです。それ以外の記号は持ちませんし、意味もありません。ですが強いて申し上げるのであれば、お嬢様の護衛メイドというのが、私の名前と言えるでしょう。お嬢様のことは勿論大切な方だとお慕いおります。たとえこの身が滅びることになっても、お嬢様のことを守り通し、役目を果たす所存です」
と、彼女は事も無げに告げた。
重い・・・。
「貴女はそれでいいの?」
名前もない、ただ呼び出しただけの私を、お嬢様と呼ぶ。
私自身ここがどんな場所かすらわからないけれど、カードから呼び出されたとはいえ、彼女はどうみたって人間なのに、ただ決められているみたいに役目を果たすと?
「はい?」
そんな、何かおかしいですか?と言わんばかりに、首をかしげて、そんな姿もとてもきれいなのに・・・
ファミリアの項目を見ると現在召喚中の使い魔の枠に、護衛メイドが追加されている。
その名前をタップすると幾つかの小項目が出る。
ステータス、カードテキスト、緊急召喚、送還
護衛メイドのステータスは
護衛メイド レベル8 絆0
HP476/480 MP15/15
ATK21DEF41MATK2MDEF32AGI32ACC40と言うものが記載されている。
あれ?私より弱い?ていうか、私のモノと書かれているものが少し違う様な?
えっと私のステータスは・・・・
ガーネットlv2
HP842/842 MP22/22 STR11 INT20 VIT12 AGI14 DEX12
と装備のところに
ATK23DEF33MATK42MDEF42とが書いてある。
てか、ぐっすり寝て起きたばかりだからか召喚に使ったはずのMPも回復してるし、それに私体力高めなのかな。
緊急召喚は項目を選択してみると、維持コストの3倍を消費して、離れた所にいる使い魔を近くに呼び出す機能で、送還は使い魔をカードに戻す機能みたい。
カードは現在彼女の中にあるのだろうか?
「お嬢様?」
と、人の前でその人のこととはいえ考え事してしまうなんて、私の悪い癖かも、突然意識を戻されて顔が熱くなる。
だって彼女すごく美人さんなんだもの。
「と、とにかく、名前、名前を決めないと、人前で護衛メイドなんて呼んでたらなんか変な目で見られそうだし、何か名前考えてよ」
ごまかす様に、提案する。
実際問題名前は必要だ。
これから町を探すのに人前で呼び合うのに不便だもの。
しかし彼女は困った様な笑顔を浮かべてしまった。
「名前、でございますか?お嬢様から、呼びやすい様につけていただければそれで良いのですが」
と、消極的な返事をする。
「それって私が、貴女のことメイド1号とか、メイドAとか、そう呼ぶと言えばそれで納得できるものなの?」
人に見えるけれど彼女は使い魔、根本的に人とは違うのかも知れないけれど、でももし彼女が人格を持たないモノに過ぎないなら私は今も一人ぽっちのままだということ。
「勿論お嬢様が呼びやすいのであれば、それでも構いません、ですが、それでは護衛メイドと変わらないですし、お嬢様が私に似合うとお思いになる名前をつけて頂けると嬉しいです」
判断に困る。
けれど彼女は嬉しいという感情があることを示した。
それならば最低限彼女との人間関係を作ることはできるだろう。
私は一人ではなくなれる・・・はずだ。
そういう意味で彼女には、私の最初の道連れに相応しい名前を名付けよう。
幼い頃大好きだったお着替え魔法少女の一作目、魔法の世界から迷いこんだ主人公が、地上で始めて友人になった一歌が変身した白の魔法少女の名前を・・・
「アリア・・・」
「アリア、でございますか?私めにその名前をくださるのですか?」
目の前の彼女は私の目を見つめる。
一方で私は、ファミリアのウィンドウが強制的に開かれて、その浮かんだ文章に目を走らせていた。
『使い魔・護衛メイドに命名を実行しますか?命名を実行すると、ステータスが微増、維持コストが3倍に上昇、送還ができなくなります』とのシステムメッセージ。
これってどれくらい大変なことなんだろう、維持コストっていうけれど少なくとも昨夜の10時頃に18使って起きたら上限の22まで回復してる訳でって今何時?スマホを取り出し時計を確認する。
12時半・・・・?嘘でしょ!?反日以上寝てた!?
いやでもまって少なくともこれ以上召喚しなければ維持できるだけの魔力容量はあるっぽいから、うん、命名は確定させよう。
「えぇ、今から貴女はアリア、私ムツキのメイドのアリアよ」
私が口頭で伝えると、アリアは私の手を取り、祈る様に額を当てた。
「私アリアはお嬢様のメイドとしてこの身命が魔力に帰るその日まで、お側に侍らせて頂きます。よろしくお願い致します私の可愛いお嬢様」
頬が熱くなる。
今までもたくさんの美人さんにお世話になったけれど、ほとんどの方は和装美人の女中さんで、私の回りにいた欧米系の人なんて、ヤヨとスヴェトラーナさん、あとは英語の先生位だったから、アリアみたいな美人さんにこんなに傅かれるのなれてなくって、すごく照れる。
あと、すごいスベスベなんだけど、本当に護衛メイド?肌綺麗すぎない?
「所で、こちらのお召物はいかが致しましょうか?」
と、そういいながら、アリアは私の下着を提示した。
本当なら一日着けて、肌から放した下着なんて衛生的にも精神的にも着けていたくない、下ともデザイン合わないし。
でもお年頃を自認する身としては、ソレなしで外を歩くなんて恥ずかしいしあり得ない。
たとえクラスメイトから『ムツキとヤヨイは乳ちっちゃいなあ、まだ要らないんじゃない?』なんて言われてたとしても・・・
いや全くない訳じゃないし、まだ育ちきってないだけで少しは在るし、カンナとだって親友の私がこのまま小さいまま終わるなんてことはあり得ないし、来るべき栄光の日の為には今からしっかり整えて置かないと・・・
「うう・・・着ける」
苦渋の決断、いいんだ!私は未来に生きるのだから。
私はかなりの決心で、もう一度着けることを決めたのだけれど、アリアは微笑を浮かべて
「畏まりました。それではせめて洗浄の魔法をかけますので、15分ほどお時間をいただけますか?」
と、すごく都合の良い言葉を聞かせてくれた。
「なにそれ!?」
「はい、私は護衛メイドではございますが、メイドを名乗る以上最低限の生活魔法や家事スキルも修得しております、洗浄もそのひとつで、勿論専用の設備がある方がいいですが、野外でも簡単な洗濯物位は可能です。お嬢様は一度身に付けた物の再使用には抵抗がお在りの様ですから、お時間をいただければと・・・」
淡々と説明するアリアの姿に私は再びの決断を迫られる。
まだ会ったばかりの、でも私のただ一人のメイド、彼女に初めて申し付ける仕事がこれで良いのか?と私は迷う。
だけど、どうせ同じなら早い方がいいとも思う。
だから私は・・・
「アリア・・・あの、あのね?これも、お願いしていい?」
インベントリに納めていたエチケット袋を取り出して、アリアにお願いした。
次回は筐体から旅立たせたいです。
ムツキはやや明度を弄っているのでドアの下から漏れる光で十分見えていますが、絵面的にはかなり暗めですね、なおアリアの初仕事は意識を失ったムツキへの膝枕なので、お洗濯はムツキからの初命令ということになります。