G2話:箱の中のムツキ
ついさっき生まれて初めて命のやり取りをした。
相手は一頭のワンちゃんだったけれど、(私は経験ないけれど)小さい頃にありがちな近所の吠える犬のいる駐車場前を走り抜けるとか、そういう子どもの冒険的なモノじゃあなくて・・・
多分ああしなければ私は、食べられてしまっていたんだと思う。
だから、手に残ってる気がする変な温かさは嫌だけれど、今自分が生きていることは確かで、これが夢ではないということも確かで・・・。
「どうしてこうなったんだっけ?」
あれが夢でなかったとしたら、私はEmpire of Scarletのチュートリアルプレイ中に何か引っ張られる様な感覚がしたんだっけ?
それで、私がチュートリアルプレイしているところが見えて、でも私は私で・・・混乱してきた。
「幽体離脱?んーでも『あの私』普通に動いてたし、何かに体を乗っ取られてた風でもなかったよね?あっそういえば直前にヤヨも何か真っ暗で音が聞こえない時間があったとかなんとか言ってて、『あの私』もそんなことを言ってた様な・・・」
うん、わからない!
考えても解決しなさそうなことはとりあえず保留しちゃおう。
あー、でももしかしてヤヨが言ってたのが私と同じ事なら、もしかしてヤヨもどこかに?
近くにいるなら会いたいけど、本当にいるかもわからない、これも一旦保留。
家に戻れないとしても、私は生き残りたい、何せ初恋もしたことはないこともないけれど、男の子とおつきあいしたこともないし、まだ高校一年生15才の乙女だもの青春時代を謳歌したい、カードゲームに青春費やしてたけれど。
そうと決まれば、まずは持ち物を改めよう。
あぁでもその前に・・・
「カバンがあって良かった・・・」
化粧ポーチの中に常備している替えのショーツ、これがなければスカート穿きなのにノーパンで過ごさないといけないところだった。
寝覚めに初めての命の危機を感じて本当に怖かったのだ。
エチケット袋に汚れたショーツとタイツを入れ、カバンの中に一旦納めておく。
早めに洗濯したいところだけど、貴重な水をまた少し使ってしまったし、まだここがどこかもわからない。
見覚えのある星空ではなかったから、日本以外のどこかか・・・
「これが本物になってる位だから、ゲームの世界・・・とか?」
傍らのコントローラーだったものは、現在私の唯一の武器だ。
口に出すとバカバカしくなるけれど、その手の小説やアニメーションはよく見かける。
あぁいうのってほとんどはフィクションなのだろうけれど、もしかすると本当にあることだとしたら、これがそうなのかも?
仮にここがゲームの世界みたいな異世界だとして・・・。
「それにしたって、町も見えない野原の真ん中で、短剣一本でスタートとかゲーム本編よりひどいなぁ・・・」
あれはヤヨのプレイを見ていた限りは最初は師匠の家で、襲撃で師匠は亡くなるけれど、その日はそのまま師匠の家で寝て、翌日から冒険をスタートするみたいだったし。
私もベッドがほしい。
「いや、まずは水と食料かな」
手持ちは、学校指定カバンひとつ、さっきの袋と家庭科と音楽、数学ⅠAと現国のテキストとノート、筆記用具。
それから化粧ポーチの中にアレが二つとリップクリーム、虫刺され用の軟膏に、ハンドクリーム、化膿止め、絆創膏、ガーゼ、テープ、ポケットティッシュ、ウェットティッシュ、折り畳み手鏡、小さなソーイングセット。
カード類は、ヤヨに交換用レアカード類容れを渡してたからFoEと閃国のデッキケースと、エビちゃんから貰ったものを含むEoSカードと、おき魔女カード位、この状況でゲームのカードを持っていてもなんの役に立つかもわからないけれど、私にとっては青春とお小遣いの過半を捧げたモノだから棄てるという選択はない。
あっちの形見みたいになるかも知れないし。
お財布の中は現金3千ちょっと(5千円以上はなるべく持ち歩かない)と各種ポイントカードなど
「あ、この間ろっこつさんと撮ったフォトクラだ」
貸し衣装をろっこつさんがいっぱい借りてくれて全部ろっこつさんの奢りでいっぱい撮ったっけ・・・、まだ三週前位の事なのにすごく遠いことに思えるや、大事にとっとこう。
水は残り300cc位、明日中に町とか見つけないと、早くも死が見えてきそう。
あとは制服のポケットにハンカチと、すぐ取り出せる様にスマホを入れたけれど、バッテリーはあと72%
怖い、死ぬのはもちろんだけど、状況がわからないのが怖い、そして何よりも、多分もう私は睦月としての生活に戻ることが出来ないのが怖い。
だって私はここにいるのに、『あの私』は普通に私だったもの。
だから多分、今ここにいる私は冷泉睦月とはすでに違うものになってしまったのだと思う。
もしも日本に帰れても、そこには多分『あの私』がいて、そしてそれは本当の私でもあるのだ。
そう考えると少しすっきりした気がする。
きっと私の方が分霊みたいなモノなんだ。
だから私と言う自意識はあるし、記憶もあるけれど元の睦月とは別に存在している。
ちょうどうちの家が冷泉家だけれど分家で一時は違う名前を名乗っていたみたいに、ん、何か違うか。
うん、でもスッキリした。
深く考えない様にしよう、とにかく生き残ることを目指そう。
「あれ?何かある」
締め切ったほぼ暗黒の筐体の中で、視野に何やら映るものがあるのに気付いた。
「menu・・・?」
それは視野の一番左上、妙にまるっこい四角の中にメニューとかかれたアイコンが見えた。
さっきワンちゃんの相手をしたときに赤と青のゲージが見えたけれど、もしかしてゲームのインターフェースが生きてるの?
そういえば他の持ち物はあるのにゴーグルだけないし、筐体の中にも他のものはあるのに、コントローラーのケーブルと、ゴーグルだけないし・・・頭の中に標準装備?それはちょっと嫌かも
でも他に探れる事もないし、キャラメイクの時と同じなら指でさわれるのかな・・・?
恐る恐る指を伸ばすと・・・
「あ、開いた」
メニューバーは横方向に展開してメニューが一気に増える。
ステータス、イクイップメント、アイテム、インベントリ、ファミリア、コンフィグ
「コンフィグ!?」
思わず食らいついてタッチする。
それってあれだよね、ゲームの設定、操作法とか変更できるやつ。
ひょっとして、ヘルプとか、ゲーム終了みたいな機能も!?
少し興奮してしまったけれど、開いたコンフィグメニューを確認すると、思ったよりも項目は少ない。
「解像度、明度、音量、索敵、ミニマップ表示」
ミニマップあるんだ?
どうなるんだろう?
onにしてみる。
するとコンフィグメニューは開いたままだけれど視界の右下の方に小さなマップ・・・というよりはレーダーの様な円形のものが表示された。
そしてコンフィグの方にはミニマップの設定画面がさらに追加されている。
その項目はミニマップの範囲、ミニマップ表示の拡大率、ミニマップの透過度、索敵結果の投影
適当にさわってみて便利そうな範囲と透過度で一旦決定しておく。
索敵も、開くと3つの小項目が追加された。
索敵のon/offと索敵範囲の設定、そしてサークルゲージのon/off、どうやらさっきの赤と青のわっかのゲージの事だろうと判断する。
とりあえず現在は12メートルのon・on、触らないでおこう。
解像度は視力、明度は高いと夜目が聞くみたいで真っ暗な筐体の中がよく見える様になるけれど、うっかりお昼に外に出ると危なそうなので、ホドホドの高さに戻しておく。
音量は耳の良さみたい、少し高めにしておく。
操作法みたいなのはないかぁ、自分の体だもんね。
「次はステータス・・・うわぁレベル2」
これさっきのワンちゃんでレベル上がったとかなのかしら、それだと平原真っ只中でレベル1で放置で開始て、どんなクソゲーよ・・・
「う・・・やだまた涙出ちゃった。水は貴重なのに・・・」
泣いたら水分失われちゃうじゃない。
ハンカチで軽く押さえてから、ステータス画面に視線を戻す。
項目は多くない、多分ゲームの時には必要なかったから?
私のステータスは
ガーネットlv2
HP838/842 MP22/22 STR11 INT20 VIT12 AGI14 DEX12
ウーン数値の大小がわからない、ランダム育成なのかな?ボーナスポイント的なモノは見当たらない。
ゲームみたいで楽しい、ちょっと気持ちが上向いててきた。
次は装備・・・
「うわぁ、キャラ名ガーネットなのに装備名ムツキの・・・だし、そもそもこれガッコの制服で別に私の服って訳じゃないのに・・・あれでもこれEoSよりも装備項目多くなってる?」
少なくとも下着なんて装備項目はなかったし・・・私の現在の装備はムツキの紙止め、ムツキのブレザー、ムツキのブラウスシャツ、ムツキのスカート、ムツキのキャミソール、ムツキのブラジャー(A)、ムツキのパンツ、ムツキのスカート、ムツキのタイツ、ムツキのローファー・・・全部ムツキのって付くのなんなの?
あとブラだけご丁寧にAとか書いてるのなんなの!?
「合計装備値みたいなのもあるのね?」
現在はDEF+7
多分ステータスとの計算式があるのだろう合計値としてATK23DEF33MATK42MDEF42と言うものが表示されている。
どの程度の高さか全くわからない。
次はアイテムの確認・・・てこれ本当に持ってるものだ。
スマホとかカバンとか、カバンを選ぶとさらに小さいウィンドウが開いて、その内容物が出てくる。
「タイツ(汚損)・・・」
楽しくなりかけてたのに一気に惨めな気持ちになった。
気を取り直して次はインベントリ、アイテムとどう違うんだろう?
項目を開くと、左右にウィンドウが展開して、左にアイテム、右にインベントリの窓が開く、インベントリの中には二つのアイテムのスタックがあり、ひとつは帝国金貨というアイテムが一、十、百、千・・・500万と2枚!?え、なにコレ?あ、ゴーグル買ったから?
この辺りで使えるお金なのかな?そうだったらいいけれど貨幣価値とかどうなんだろう?
もう1つは携帯七輪
「なんで七輪なんだろう?」
アイテムの説明文は、『魔法の七輪、魔力を燃料にするため炭要らず。何でもいい感じの焼き加減になる。携帯に便利』便利そうな説明文ではあるけれど、MPの回復がどの程度のものかというのもあるし、七輪があっても食べ物がない。
その状態で足元のコントローラーをカバンに納めると、アイテム枠のカバンの内部に賢者の短剣と言うものが追加される。今度は適当に、アイテム窓の汚タイツとパンツをエチケット袋ごと指でタップしてインベントリにドラッグしてみるとちゃんとインベントリ側に移る。
手元のカバンを確認するとタイツとショーツの入った袋がなくなっている。
今度はインベントリからカバン内部に金貨をプルダウンで1枚選択しドラッグすると金貨がカバンの中に現れる。
何度か試すと、カバン内に戻ってくる場所は都度変わるけれど確かに見えないどこかに格納されて、戻ってくるみたいだ。
容量は不明。
どこに消えてるのかもわからないけれど
「重さを気にせず物を運べるってことかな?」
とりあえずテキストにノート、パンツとタイツ、お財布、カード類はインベントリにいれとこう。
七輪は・・・出してみると、結構ずっしりとしている。
インベントリに戻すと重量は消え失せた。
これ、炭とか重さ関係ないなら魔力使うよりも炭の方がいいんじゃ?
次はファミリア、使い魔ってことよね。
ドキドキする・・・けれど。
「まぁ、なにもないよね、私ただの高校一年生だし・・・」
ファミリアの項目は右側に現在の使い魔の一覧、左上に召喚可能な使い魔の一覧、左下は空いている。
無論召喚可能な使い魔なんていない。
いやちょっと待って、このインターフェースがEoSのに似ていると言うのなら・・・
インベントリの操作画面に戻って、さっき移したEoSカードケースをアイテム枠、カバンの中に戻す。
カバンの中にカードケースがあるのを確認してからファミリアの画面に再度移動する。
すると・・・
「やた!表示されてる!」
召喚可能な使い魔の枠に幾つかのカードが追加されている。
といっても100枚以上のカードを持っているのに、ほとんどの表示はアクティブになって居ない。
その原因は?
「MP不足か・・・」
召喚可能な使い魔が表示されたことで左下に追加された窓をみるとその原因はすぐにわかった。
ガーネットのMPが22なのに対して、恐らく雑魚のはずのゴブリンシーフですら14のMPを要求している。
ついでに維持MPとやらも2かかる仕様みたいだ。
「これ、召喚を仮にできたとして、この凶悪な顔のモンスターがおとなしく言うことを聞いてくれるとは思えないよね?」
乙女のピンチを招きそうなビジュアルだ。
かといって・・・
「こっちの見習いサーヴァントは呼べてもさっきのワンちゃんに負けそうだし」
見習いサーヴァントは外見ギリギリ二桁かな?位の水色の髪の可愛い女の子がメイド喫茶で見る様なフリフリのメイド服を着て、グラスに何か赤い液体の注がれたものを涙目の上目遣いで差し出している絵柄。
召喚MPは6、維持コストは1だけれどカード裏側のテキストも
『まだ年端もいかぬ奉公娘、一人前に育てるのも、魔術の素材にするのも、戯れに手折るのも貴方次第、彼女はなにを拒むこともない』
とか不穏なこと書いてるし。
多分私が生きて町にたどり着く助けにはならないだろう、可愛いけれど。
獣や魔物系のカードは意思の疎通が難しいかも知れないし、制御できなくて殺されたりは嫌だ。
死んだらどうなるかわからないけれどゲームみたいだからって、生き返るとは思えない。
人型で、書いてるテキストが穏やかで、MPが足りて・・・。
維持MPというのが、恐らく召喚を継続するために必要なMP消費だとは判断できるけれど、どの程度の頻度で要求されるかもわからないし、最低2回分は残したい。
MPも全く回復しないものではないと思うけれど・・・あっ、これがいいかな?
色々なポイントから私が選んだのは、護衛メイド。
人型/地属性のアンコモンカード、消費MPは18とやや高いけれど、維持コストは1、テキストも『卓越したナイフ術と、要人警護の技を身に付けた心優しき戦闘侍女、愛するお嬢様のために陰にひなたになり尽力する』
と書かれている。
どうして男の子主人公もいるはずのEoSでお嬢様限定なのかは疑問は残るけれど、戦闘能力を持っていそうで、尚且つ私が危険を感じることはない、話が通じそうな使い魔カード、試してみるならコレかなと思った。
とりあえず虫とか爬虫類とか両生類とかはできれば一生お目にかかりたくないのでインベントリに収めておく。
よしコレを・・・コレを?
ファミリアの管理画面には召喚を実行する様な表示やボタンは見当たらない。
「ドラッグ?ダブルタップ?」
幾つか試してみるけれどそれっぽい挙動は発生しない。
いや、ちょっと待って、ヤヨのチュートリアルはどんなだったかな?
あの時『あの私』はどんなことしてたかな?
確か何か空中から引き抜いて、それをコントローラーの上にスライドさせていたみたいな・・・?
「えいっ!・・・おりゃ!」
・・・ダメだ。
アイテム画面でもファミリアの画面でもつまんだりできる訳じゃない、所詮ゲームのカードだしね・・・ん?
あっそうか、カードか。
カバンの中にあるカードケースから護衛メイドのカードを探す。
ファミリアの画面で表示されたものと同じ、Empire of Scarletのversion1.0のカードの一枚で低コストの中ではスペックが高めのカードだという護衛メイド。
絵柄は長い銀髪を後ろでシニョンにした女性で、そのお団子には繊細なレースのキャップがつけられている。
見習いサーヴァントよりは幾分簡素なデザインの、ヤヨのママが写真で見せてくれたみたいなメイド服を着ていて、左右の手にナイフとティーポットを持っている姿で描かれている。
「お願い、私を一人にしないで・・・」
私はそれを左手の2本の指で挟む様にして持つと祈る様な気持ちでコントローラー、もとい賢者の短剣にかざした。
すると、賢者の短剣は青白い光を放ち、ほとんど締め切っているはずの筐体の中に強い風が吹き始める。
同時に、寝る前の様な、お風呂に入ってる様な、意識の遠のく感覚。
「あ、もしかしてコレヤバイ?」
やがて光は私の視界を覆い、私の意識もそこで途切れてしまった。
英語で七輪のことはセブンリングスとは言いません、一応念のため。
※18年3月6日、持ち物に筆記用具が漏れていた為追加しました。