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G48話:流血

「素人同然としても、この数の不利は危険です。ヴェルナさんは建物の方へ」

「はい!」

 アーニャが指示を出すとヴェルナさんすぐに駆けだした。

 しかし・・・。


「おっとぉ!!」

「逃がさねぇぞ!」

 小屋の方から戻りつつあった二人の男たちが、私が恵まれた体躯の男と競り合っていた間に後ろに近づいていて、ヴェルナさんに向かって剣を構えて立ちふさがった。

「ヴェルナさん!」

 付き合いの長い知人であるだろうヴェルナさんの危機を前にして、アーニャは悲鳴を上げる様な悲痛な声で名前を叫ぶ。


 私と競り合っていた男は私の力に合わせて、私を試す様に力を抜いたり入れたりしながら、こちらに競り勝つ隙を与えない。

 遊ばれている。

「(目の前の男がいなければ、ヴェルナさんを助けに行けるのに)」

 アリアも兵士たちに目を光らせているため、今は動けないだろう。

 私が見ていた兵士たちも、アリアが見ている状態なのだ。

「チッ!」

 しかし突然私の目の前にいたはずの男の姿が、舌打ちをしながら掻き消える様に移動した。

 突然手応えが無くなり私は少しよろける。

「(まずい!体勢を立て直さないと)」


 直後ドンッっと鈍い音がして、一緒に僅かだが布か何かを裂く高い音も混じって聴こえている。

「グガアァァァァ!」

 聞いたこともない様な男の断末魔が聞こえてそれから、続け様にもう一つドパン!と音がしたので、その方向に目をやると、私は思わぬ光景に戦慄いた。

「ヒゥッ!?」

 ヴェルナさんに立ちふさがっていた男の片方は鼻から上が無くなっていた。

 もう一人は右の鎖骨の辺りからへその辺りにかけて斬り裂かれており、二人とも明らかに死亡していた。


「胸糞悪いなぁオイ・・・」

 そう言って剣を振った男は機嫌悪そうにヴェルナさんの前に立ったまま、その視線は彼を素通りし、偽領主代行へ剣を向けて睨みつける。

 振った勢いだけで血糊は全て飛び散った様で、大きな剣は寒々しいほどに刃を輝かせている。

 どういうこと?この男は敵のはずなのに、どうして敵を二人・・・殺してるの?

 目の前で容易く行われた殺人とすら思えないほどの破壊に脚が竦む。

 さっきこんな強烈な打ち込みを受けていたのなら、間違いなく私は死んでいただろう。

 この男に私では勝てない、そう思い知らされた。


 男はイライラとして殺気を放っているけれど、偽領主代行は混乱した様子で男を怒鳴りつけた。

「き、貴様ぁ、エルドレッド!なぜフランクリンとシオドアを!斬る相手を間違えているぞ!」

「違わないねぇ!!俺をだまくらかしてくれていた貴様と、元からグルのこいつらは粛清対象だ。前戦乱期に勇名を上げた傑物の一人ハリー・ノークスの募集とあって期待していたんだぞ、それが期待外れで、それでも流れ者にそうそう手の内を見せるモノではないかとしばらく様子を見てみたが、偽物だと?クズが、俺は忙しいんだ。そっちの赤毛の嬢ちゃんみたいな上モノが止めてなけりゃ素っ首叩き落してやったわ」


 赤毛の嬢ちゃんって私!?てか上モノって、え何?私もしかしてエロの対象として見られてるの?隣にアリアもいたのに!?この体格差と年齢差で!?自慢じゃないけど結構なナインペタンだよ!?

 いや年齢知らないけど、見た目的に30台後半とか四十路前くらいでしょ?無理無理無理体格差的にも、年齢差的にも対象外、てかロリコン!?断固拒否だよ!世間のオジ専、枯れ専のお嬢様方には申し訳ないけれど、私はお父様より年上に見える殿方を恋人とか夫の候補だなんて見ることはできないよ。


「赤毛の嬢ちゃん、さっきのは嬢ちゃんらじゃなくダミアンと偽代行を狙ってたんだが、まさか途中で止められるとは思っていなかった。嬢ちゃんはそっちのお仲間のお嬢ちゃんを守ろうとしたんだろうが・・・いや、それはいいや、とにかく嬢ちゃんは強くなる素質がありそうだ。良かったら俺と来ないか?」

 と急にニカリとした笑顔で語りかけてきた。

 偽代行も兵士たちもそっちのけで

 兵士たちは突然寝返った大男にたじろいで様子を見ている。

 そりゃいきなりあんな破壊行為見せられたら・・・う、吐きそう。


 ホラーもスプラッタも苦手なりに、でも友達付き合いで結構映画とか見て慣れたつもりだったし、こっちにきて短剣を振るう機会もあったけど

 脂や血の匂いとか風の感触とかが伴うとこんなに違うんだね、ロードランドッグでも結構辛かったけれど、人間ってだけでこんなにキツイなんて・・・。

 動悸が激しい。

 この胸の高鳴りが動揺か、興奮かはわからないけれど、多分今の私の表情は余裕がないと思う。


「あぁ、すまんな若い嬢ちゃんに見せるものでもなかった」

 そういってドワイト氏は剣を振るうと、事切れた男たちの周りの草が伸びて目隠しした。

 それどうやったの?魔法?

「が、こいつらが悪いんだぜ?俺をダマしてた上にマスターエストレアを殺そうとしてただろ?見ろ・・・マスターエストレアを殺していたらあそこからこっちを見てるテスカ達が、『お守り』持ち以外殺しに来るぞ?」

 と、牧場側の方を顎で示す。


 つられてそちらを見てみると、薄い柵の向こうに多分大人の、テスカトリなんとかが10数頭いつの間にか集まってきていた。

 ミニマップで確認すると16頭、見た目からして全部体高1m超え、倍近い大きさのものが3頭混ざっており、一番大きいモノの大きさは他のテスカとの比較で体高1.8m体長3m50~70cmくらい、他のが仔サイの様な大きさだとすれば、これは大人のサイとか仔ゾウみたいな大きさだ。

 それらが、やや興奮気味にこちらを凝視している。


「あれを捌くのは難しい、軍でも連れてこなくっちゃなぁ、それもお前らみたいな腰抜けではなく王領の精鋭部隊でも連れてこなきゃあ無理だ」

 大きいだけで脅威は増す。

 いくら獰猛でもチワワやパヒヨンでは太い血管を狙わないとそうそう子どもも殺せないけれど、マスチフやグレートデーンが力加減を間違えて戯れると大人でも死にかねない。

 草食系とはいえあの大きさに角まで生えたテスカが暴れればそうそう手に終えるモノではないだろう。


「それにお前はここに来る前、抵抗するものは捕縛、難しければ全員殺せと俺たちに命じたが、本当にハリー・ノークスだったらそんな命令はできなかったはずだ」

「な、なんのことだ。雇ってやった恩も忘れる様な流れ者が何を知ったような口を、兵士たちよ、裏切り者エルドレッドも殺せ!」

 何か訳知り顔で淡々と語る大男に、偽代行は逆上した声をあげるけれども、すでにそれに応える者はいなかった。

 彼らも、どうやらこの偽代行は怪しいと感じたのかお互いに顔を見合わせてこちらに向けていた武器の切っ先も下に降りている。


「偽者はまだ気づいていない様だから教えてやるが、お前のやっていることは反逆だ」

「反逆だと!?領主から町の治安維持と政策決定の権利を授けられた代行のこの私が、何か企み事を隠しているエストレア農園を取り調べることが反逆だというのか?所詮腕っぷしだけの冒険者、道理も知らぬと見える」

 人を馬鹿にした様な偽代行の顔芸には目を見張るモノがあるけれど、大男は大して気にした様子もなく説明を続けた。


「道理を知らないのはどっちだろうな?お前とその部下が殺そうとしたマスターエストレアは、このザラオの副領主だぞ?兵権と政策決定に関する領主とのやり取りは領主代行が預かっているが、ザラオ全体水利や生産計画、区画整理などはすべてエストレアの権利で、一年の内僅かな期間しかいない伯爵よりもザラオの内情に精通している実質の『王』だ。借り物の兵兼を持ち手紙役しかできない領主代行よりも、実際に本人が権利を持つ副領主の方が頭に近いだろう?」

 と、大男が説明する。

 なんとヴェルナさん副領主らしい、そうなの?とアーニャに目を向けるとアーニャは偽代行の方ばかり睨んでいて私と目が合わない。

 代わりにターニャさんが私と目が合い、大男の言ったことは正しいと頷いてくれた。


「な、貴族でもない者が、副領主職なぞ!?」

「お前だって貴族じゃないだろう、それにあくまでザラオの副領主だ。伯爵領の副領主というわけじゃあない、お前の言う通り伯爵領の副領主なら伯爵家の者が務めるだろうが、領内では3つある副領都の一つなどと持ち上げられていても、あくまで領地の中で比較的重要な町でしかないザラオに貴族制限や士族制限はないさ、まさか『領主代行』ともあろう者が、そんなことすら知らなかったのか?」

 火傷設定といい、事件とやらから10カ月ほども時間があったのになり替わる相手が当然もっているハズの知識の習得もせず。

 とんでもなく小物臭がするね、まぁまだこの世界のこともよくわからないのにいきなり大陸トップクラスの切れ者とか大物とか出てこられても困るんだけど。


 それに、どうももう偽代行の出番も終わりっぽいね、後方にいた集団がとうとうこちらへと移動してきている。

 これまでの会話からすると後ろの集団に偽代行は気付いていないし、別の団体のはず。

 それが偽代行に気付かれずに、こんな視認できる距離をついてきているのだから、後ろの集団の方が偽代行よりも上位の戦力だよね。

 身を潜めていた分か少しだけ動き出しは遅かったけれど、馬上の人物を守る様な整然とした隊列は、ある程度以上に訓練された兵士に見える。


 そして馬上の人物は・・・

「まぁそうであろうな、貴様がヘクター・ノークスであるならば、その程度の事を知ろうともせぬだろう」

 年の頃は40台前半くらいだろうか?

 どちらかというとヴェルナさんみたく若い頃から力仕事に従事していたことが分かる筋肉質な肉体で、エルドレッドという冒険者ほどの体躯はないけれど、それでも私とアリアを足したよりも質量がありそうだ。

 だけど荒々しい感じはなく紳士的な雰囲気を纏っていて、アメリカ映画で社長兼ヒーローでもやってそうな穏やかな印象を受けるダンディなおじさまだ。


「伯爵、なぜこの様な所へ・・・、いいえ、これは悪辣な冒険者共が依頼料吊り上げの為に、ザラオの重要人物であるエストレアを陥れようとしてたので、私も彼らの無知をさらさせようと、わざと愚かな振る舞いをして、そのもの達の悪事を露呈させようとしたのでございます。やつらが愚か者なり町の事を知っていたため失敗に終わりましたが、何、捕えて尋問す・・・」

 なんと、この絵に描いた様なダンディが領主の伯爵様らしい、と、偽代行の並べ立てる言い訳なんて気にしないでなんて感心していたら

「黙れ!聞くに堪えぬ」

 と、伯爵は最初の黙れだけは感情のこもった大きな声で、そこから先は淡々と噛みしめる様に、偽代行に突きつけていく。


「貴様の言う悪辣な冒険者の中には私の愛娘も含まれている。そしてそちらの・・・いや、そこで貴様の無知を暴いた冒険者の男は、貴様が自ら雇いれた食客ではないか」

 なんだろう?エルドレッドという恵まれた体躯の冒険者の方を見て一瞬間があった様な気がする?

 顔見知りだったのかな?

 それに愛娘?


「いえぇですからそれは・・・そう、冒険者同士最初からグルだったのですよ」

 苦しい言い訳をする偽代行、狼狽えつつ周りをきょろきょろとすると、私に目を止めた。

「生憎とそちらのお嬢さん方とは初対面だ」

 そんな偽物と違いを見せる伯爵は、ただこちらの顔ぶれを見渡しただけなのに優雅さを感じる。


 私は初対面だし、うちの子達は論外、他の冒険者と言えばアーニャ、ターニャさん、リサさんだけどこれまでの3人の態度から判断すればリサさんということになる。

 男の子みたいなしゃべり方のリサさんが伯爵令嬢というのはあまりに現実味がないけれど、逆にそんな喋り方をしていたことが、そう怪しまれないためのポーズだったのではないかとも思える。

 いずれにせよ、ティータたちはとんでもない縁を繋いでくれてしまったらしい。

 貴族との接触なんて、悪い予感しかしないからなるべく避けて置きたかったのに・・・まぁ仕方のないことだけれど、アーニャたちだって私たちをこういう形で巻き込みたかったわけではないと思うしね。


「そもそも私の娘は本来冒険者ではなく、貴様の正体を訝しんだメイドの為に自ら調査を申し出た結果だ。あの事件の直後から様子のおかしい貴様が偽物だろうと、疑われていたということだ」

 伯爵がそう言い終わる頃には 伯爵の連れていた兵たちが周囲を囲っていた兵たちの武装解除を終えていた。

 ひとまずの脅威がなくなったので、アリアが私の隣にスッと寄ってくる。

 アンシーリーコートは握ったままなので、最低限の警戒は解いていない様だけれども、私は賢者の短剣を短剣に戻して服の内側に隠す。


「それに仮にこの数年の記憶がないというのが正しかったとしても、私の知るハリーがその場を取り繕う様な言い訳を口にしたことはない、アリアナの言う通り貴様がヘクターならば、エリザベータやアリアナの顔を知らぬことにも説明がつく」

 口調は穏やかだけれど、怒りが静かに煮えている様な伯爵に偽領主代行は空気が読めて居ないのか、まだ縋れる部分があると判断したのか、小者ということがこれほど似合う男も少ないだろうと思わせる様な作り笑いを浮かべて伯爵に言い募る。

「伯爵、私は本当に覚えておらぬのです。七王三相の乱の中盤頃で記憶が途切れておるのです。伯爵との若かりし頃の思い出を語ったことで伯爵も一度は納得してくださったではないですか?」


「それも、ヘクターであれば知っていた内容だ。それに貴様が本物だろうと偽物だろうとこの所の汚職は消しようがない事実だ。仮に本物が記憶を失っていたのだとしても処断は免れぬ程の・・・よくぞ一年足らずでここまでのことをやらかしたものだ」

 そういって伯爵は大男改めエルドレッド氏と何やら目配せの様なことをしている?


 それを受けてエルドレッド氏はわかりやすく肩を竦めると

「こういう馬鹿な依頼主に騙されたとあっちゃあ舐められて冒険者稼業続けられなくなるんで、どうぞ俺が関わったことは内密にして下さるとありがたいんですがねぇ?」

 と、剣を背中に戻してヘラっと笑う。

 とても二人斬り殺した後とは思えない軽い笑い。

 伯爵は苦い顔をすると

「其方の調べたことは書面で提出する様に」

 とだけ返すとシッシと手でジェスチャーする。

 砕けた態度を見るにやっぱり顔見知りなのかな?


 伯爵の答えを聴いたエルドレッド氏は

「それではアーネスト・アルケイン伯爵閣下、冒険者エルドレッドはこれにて失礼いたします」

 と仰々しく礼をすると、町の方へと歩き去ってしまった。

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