G47話:包囲とお話2
前回のあらすじ
エストレア農園にやってきた領主代行とその兵たち。
私たちを詐欺師の様に扱う彼らとヴェルナさんとの話はよく分からない変遷を遂げた。
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「そして繰り返しになりますが、彼女達は金銭を得ることを目的として私に対してその様にして謀る必要はない、そのことは領主代行であればご存知のはずですが?」
そう言ってヴェルナさんは苛立たしげな様子を隠すこともなく領主代行を睨みつけた。
その剣幕に領主代行も少したじろいだ様子を見せる。
「貴様領主代行に失礼だぞ!お前たち早く女どもを捕えないか!」
と空気を読めないダミアンがなぜか兵士たちに捕縛を急かす。
さっき不用意にダンピングサラマンダーという名前を出したことで立場が怪しいのかもしれないね?
しかし兵たちは何となくやる気が感じられない様子。
「黙れダミアン、貴様は領主代行とワシ・・・エストレアの話の間に割って入ろうというのか?余所者が!」
とヴェルナさんが詰るとダミアンは悔しそうにしながらも押し黙った。
そして領主代行は
「私がこの女どもと面識があると?残念だが記憶にないものでな、ヴェルナ・エストレアも知っているだろう。10カ月前の忌まわしい事件を、私は見ての通り全身の皮膚を焼かれ、王都で勉学に励んでいる長男を残し、妻子と側近を失い、記憶すらも一部失ったのだ。関わりの薄い者の事はほとんど覚えておらんのだよ、とは言え、伯爵の信頼厚いヴェルナ・エストレアがそうまでいうのだから、彼女らは信頼に値する者達なのだろう?」
と、私たちへの呼び方を女どもから彼女たちへと改めた。
記憶を一部失っている?そのうえ火傷で顔を隠して・・・そんな都合の良いことがあるだろうか?
まるで他人が領主代行に成りすますために用意した設定みたい、それも陳腐に過ぎて誰も使わない様なもの。
私にはもう彼が領主代行本人だとは思えない。
もともとの本人を知らないということもあるけれど、領主代行なんていうおそらくは重要な役職にある人物が、自分の部下とは言え一方の言い分のみでこちらを詐欺師と決めつけてきたことや、その部下であるダミアンの人を馬鹿にした態度が、この男を領主代行の務まる様な人物だとは思えない小物に見せる。
そしてあまりにも人が他人に成りすますために作った設定の様な事件とやら。
わたしはその事件がどんなものだったかも知らないけれど、アーニャさんたちが本当の領主代行と面識があったというのなら、彼女達は彼を疑って捜査していたと考えられる。
それで辻褄はあってるよね?
「えぇもちろん存じておりますとも、10カ月前のあの悲劇、当時の領館、伯爵がご滞在の時には領主様もご宿泊なさっていた領主代行の住まいでもある『東館』が賊に襲撃され焼損、賊と思しき身元不明の者3名を含む二十余名の死者を出し、代行のご家族が長男ハロルド殿を除き全て亡くなったあの事件を覚えておらぬザラオの者はおりません、領主代行ハリー殿はザラオの民衆に愛される為政者であると同時、先の戦乱で見事な指揮をとりザラオと伯爵領を守りきった英雄でしたから、その身を襲った悲劇を悲しまなかった者は居りません・・・」
英雄でしたと区切る辺り、今は違うと言っている様にも聴こえる。
正体を疑った今では、ヴェルナさんもこの領主代行のことを怪しんでいるのだと思える。
初めから何かあのダンピングサラマンダーに関わる不正と、推定偽領主代行の関連を疑い、なおかつその彼の命令で任期前に入れ替えられたらしいダミアンたちにも疑いを持っていたのだろう。
それでアーニャさんたちとも最初から一緒に捜査していて、でもそうするとどうして馬を確保してたとか、私たちに馬の購入権を譲って一緒に王都に行くとかそういう話になったのかな?
私の抱いた疑問とは関係なくヴェルナさんは続ける。
「・・・しかし彼女達はハリー殿と縁のあった者、話をすれば何か思い出すこともありましょう」
そういって一歩下がるヴェルナさん、相対的に私とアリアは少し前に出た様な立ち位置になる。
すると彼はそのまま
「ふむ、私と関わりのあったというのは貴様か?それとも貴様か?」
と順に私とアリアに鞘に収まったままの剣を向けて尋ねた。
するとヴェルナさんとアーニャたち3人の表情が明らかに曇った。
「本当になんの見覚えもないのですね・・・?」
泣きそうな表情で尋ねたのはターニャさんだった。
その彼女の問いに対して領主代行は顔を向けて
「貴様が私と関わりのあった女か・・・ふむ、隣の魔法使い風の娘ならまだしも、貴様は亡くなった娘と齢も遠く、冒険者らしいと言えば幾分か聞こえはいいがはしたなく露出して焼けた肌、愚息の婚約者という線もなさそうだな、せいぜい遊び相手かなにかくらいにしか思えんが、それなら私と関係があったという意味が分からぬな、あぁそうか、私と関係があったのか?」
と、あまりに直接的な表現で尋ねた。
少なくとも理性的な人間が、人前で女性に尋ねることではないと思う。
私の感覚なので、こちらではそんなことを尋ねるのも普通なのかもしれないので何も言わないけど
でも、アーニャならともかくということはおそらく10歳くらいの娘が居て、ターニャさんと齢の近そうな息子がいる年齢ってことは35くらいかな?そんないい年した人が、記憶がないとは言え自分の半分くらいの年齢の女性との間に関わりがあったと聞いて思い浮かべるのがそういう関係だなんて、薄汚れてると思う。
この人は少なくとも民衆に愛される為政者というイメージとは合わない。
「いいえ、私はせいぜい会えば頭を下げさせていただく程度の仲でした」
普段のおちゃらけた態度ではない、神妙な面持ちで、丁寧な言葉で答えるターニャさんの眼は本当に寂しそうで悲しそうで、でもそれは本人が悲しいというよりは、もっと別の人の事を想っている様な表情。
よくお婆様やアサさんが浮かべていた様な・・・慈しむ様な表情、誰を?
いや、ターニャさんがそんな表情をする相手は決まっている。
「私は、ハリーおじ様に名前を付けて頂きました」
絞り出す様に小さく呟いたのはやはり
「アーニャちゃん・・・」
「アーニャ・・・」
ターニャさんとリサさんが心配そうにアーニャに顔を向ける。
「名づけ親・・・?それならば私と貴様の関係が深かったというよりは、貴様の父親が関わりがあったということだろう?」
「どちらかと言えば母の方ですね、私の母はハリーおじ様の奥方であるミシェルおば様の姉でしたので」
泣きそうな表情になりながら、それでもアーニャは淡々と告げる。
まるで何かを領主代行に突きつけるかの様に、責めている様に見えた。
「ふふ・・ハハハ!つまり私の姪というわけか?」
一方で何がおかしいのか領主代行は哄笑した。
そしてすぐに真顔になると
「なかなかの名演であったが、墓穴を掘ったな、私の妻は現在のベルターギュ子爵領の出身でな、先の戦で縁者をすべて亡くしている。そうかつまり、ヴェルナ・エストレアもこの女どもと共謀しておったのだな、この女どもを私の縁者と仕立て、ザラオの支配者となり替わろうと、そういうことか!」
と、狂気を感じる様な声でまくし立てた。
それはおかしいよね?そもそも自分だって『代理』なのに、まるで自分がザラオの持ち主であるかの様な言い方だ。
それに対してアーニャはとても冷静で、死刑を言い渡す裁判官の様に無感情さで言葉を紡いだ。
「領主代行、いいえ偽物、今の言葉で貴方が本当は誰なのか、分かりました」
「うぁ?何を狂った?自分が偽の姪だとバレて根も葉もないことを言いだそうというのか?」
バカにした様な偽領主代行に対してアーニャはやはり淡々とした口調のままで
「ヘクター・ノークス」
とだけ答えた。
途端に包帯越しでも分かるくらいにはっきりと、偽領主代行の表情が変わった。
狼狽、焦燥それから憎悪。
目まぐるしく変わるその表情は完全に黒だって自白している。
それ以上に隣で真っ青になっているダミアンが、すべて知っていたと自白しているけれどね。
と、ここでミニマップに映っていた一人離れていた反応が急速に近寄ってくる。
短距離走者の様な加速、視認すれば恵まれた体躯の男が足音も立てないままで今までこちら側の誰も向いていなかった右後方から駆け寄ってきていた。
直線状にいるのはリサさんとダミアン、それに偽領主代行だけれど、あっちが連れてきたのだから狙いはこっちの人間だろう。
私が顔を向けたことに気付いたのか驚いた表情を浮かべた男の頭上に赤いサークルゲージが浮かぶ。
駆ける向きは私に変わったわけではない。
私以外味方は誰も気付いていない。
「(ならばっ!)」
私は賢者の短剣を剣の形に変えながら駆けだした。
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(アーニャ視点)
ガィーン!!
けたたましい金属同士のぶつかり合う音が聞こえたのは、私が偽物の正体に思い至り突きつけた後。
明らかにクロだと分かる表情の変化を見て居る時だった。
ハリーおじ様の仇を看破したその余韻に浸る間もなく。
その正体を見極めるために後ろを見やる。
すると一体いつの間に背後を取られていたのか、冒険者と思わしき大男が、リサさんの4mほど後ろで、これまたいつの間に移動していたのか、70cmほどの片手剣を握ったムツキさんと打ち合っている姿があった。
「(まさか、リサさんの正体を知っての襲撃!?)」
いやヘクターの様な愚者が、10カ月もおじ様になり替わっておきながら私の事も知らなかった様な男が、リサさんの事を知っているとは思えない。
私たち3人はあの事件の後一度もヘクターと顔を合わせないでいたのだから、今ここにきて顔を合わせた人間の情報を調べられているはずはない。
だとすれば、単に正体を看破されての証拠隠滅?
ここで私たちを全員殺して、伯爵には適当なことを言ってごまかすつもり?
それこそ仮に本当にハリーおじ様だったとしても伯爵から許されることはない愚行だわ。
それにしても、私がフォニアさんの応援をしようとして巻き込んでしまっただけのムツキさんが、こんなにも私を、私たちを助けてくれるだなんて思わなかった。
あの小さく細い体に、柔らかく綺麗な手指に、一体どうして若齢個体とはいえレッサードラゴンを斃したり、こんな大男の攻撃を止めるだけの力があると予想できるだろうか。
「おいおい、冗談だろう?あの距離から俺の接近に気付くのか?」
と、大男は面白いと言いたげに口元を歪めた。
だけど、そのまま剣に力を込めるのを止めて何かムツキさんに語りかけようとしているのが分かる。
「私に斬りかかる武器を隠していたぞ、それをエルドレッドが看破し止めた。皆の者、反逆者共を殺せ!」
しかし、好機と見たのか、ヘクターが兵たちに号令をかけた。
ザラオの兵たちは・・・ううん、彼らは正規の兵ではなく、ヘクターが雇った私兵だろう。
動きがその辺の3流冒険者の様などんくささで、ムツキさんの足元にも及ばない。
それでも使われた金はザラオの物だろうから、ザラオの兵として行動して欲しいものだけれど、彼らはヘクターの言葉に従ってしまう様だ。
私たちを取り囲む様に展開した槍兵たちは及び腰で、扱いなれないと分かる様子で槍を構えている。
「素人同然としても、この数の不利は危険です。ヴェルナさんは建物の方へ」
「はい!」
ヴェルナさんが駆けだすのを見届けつつチラリとヘクターの後方を見やると、手筈通りに領兵たちが身を潜めていた。
しかし身を潜めていたことが災いして、まだこちらの動きに対応できていない。
すぐには駆けつけることが出来ない。
少なくともハリーおじ様の仇は討つことが出来るだろうけれど、私たちや、ムツキさんたちが無事でなければ意味がない。
最悪私と姉さんは良いとしても、リサさんとムツキさん、アリアさんは無傷で帰さなくては!
「おっとぉ!!」
「逃がさねぇぞ!」
するとどこに隠れていたのか私たちの後方に、二人の男たちが躍り出て、ヴェルナさんに向かって剣を振り下ろす。
私の判断ミスだ。
「ヴェルナさん!」
長く付き合いのあるヴェルナさんの最後を見ていることが出来なくて私は目を瞑る。
レティの悲しむ表情が目に浮かぶ。
ドンッっと鈍い音がして、一緒に布を裂く高い音も混じって聴こえている。
「グガアァァァァ!」
聞いたこともない様な男性の叫び声が聞こえてそれから
「ヒゥッ!?」
ムツキさんの、小さな悲鳴が聞こえた。