G46話:包囲とお話1
前回のあらすじ
エストレア農園でボーダーコリー似のワンちゃんたちと、テスカの赤ちゃんと戯れていた私たちは、いつの間にか不明の集団に包囲されていた。
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「(それにしても···)」
私はヴィオレッタさんの言葉に抱いた違和感について考える。
彼女は槍を持った人間がいると聞いて、なぜか真っ先に領軍を思い浮かべた。
「(以前に領軍に絡まれたことがあるか、領軍がやってくる様なことに心当たりがある?)」
冒険者にも槍を持った人間は多いはずなのにね?
それに、農園主である父親や交渉役をしているアーニャではなく、リサさんに伝えてくると言った。
ヴィオレッタさんは3人の中でリサさんを最も信頼、あるいは重要視しているのだろうか?
「(もしくは領軍と結びつくことにリサさんがなにか関係がある?)」
考えても埒が明かない、知り合ってまだ数時間だし
領軍とか言われても、そもそもこのザラオに関する情報が少なすぎる。
ザラオがベルターギュ子爵領と隣接するこの伯爵領の3つある準領都の一つで、領都が有事の際には多少の資料の移動は必要だけれど領都機能が発揮できる様になって居て、領主代行が普段は預かっていること、エストレア農園の御先祖様が頑張っていなければただの水揚げ港だったこと、あとは・・・領主の伯爵様の名前さえ知らない気がする。
「お客様が来たらしいね」
考えることを半ば放棄していると、ヴィオレッタさんとヴェルナさん、アーニャ、リサさんが部屋から出てきた。
ヴェルナさんは少し焦りを見せているけれど、2人はシリアスな表情ではあるものの、焦りや恐れは感じられない穏やかな、だけど真剣な表情を浮かべている。
ヴェルナさんはそのままフォニアの隣まで行くと、木の窓の隙間から外へと目をやる。
その間リサさんたちは3人で寄り集まって武器と装備を確認していた。
私たちも非常時への備えをしておくべきだろう。
幸いというべきか、外の連中は何かタイミングを計っているのか、150m付近で距離を保ったままでこの建屋にやってくる様子はなく、2名ほどが少し離れた位置に移動しただけ・・・私たちがダンピングサラマンダーとレイクサイドキャットの死体を保管した小屋の方かな?
それに彼らの更に後ろの集団は450m程のところで動きを止めたままだ。
関係のない集団だったのだろうか?
それとも高見の見物ということなのかな?
「あの騎馬は領主代行だろう、包帯で顔を覆った指揮官などあの方しかいまい。やはり領軍で間違いない様ではあるが、おかしいな、今は伯爵がザラオにいらっしゃるのだから、代行は伯爵と一緒に行動し各所を回るはずだが」
とヴェルナさんは一人で何かを訝しんでいる。
なにがおかしいのかも、ザラオの常識に疎い私にはわからないし、顔を包帯で隠した人間が領主代行というのもなにか納得がいかないのだけれど、それも私がザラオの常識を知らないからなのかな?
「・・・いかがなさいますか?」
いつの間にか、私のすぐ隣に戻ってきていたアリアは小さな声で私に指示を仰ぐ。
アリアと二人きりの頃に交わした約束を思い出す。
「もしもの時は、アリアたちに任せて私は逃げるから、安心して、忘れてないよ?」
本当にどうしようもない時に、それでも『私の使い魔』皆が生き残る可能性を高めるために私が逃げてから彼女達を緊急召喚することで手元に呼び出すことができる。
でも彼女たちを人間として扱う以上それは最後の手段にしたい。
本心は隠したつもりだけれど、アリアにはお見通しなのか彼女は少し困ったみたいな笑顔を浮かべていた。
「これ以上待っても相手が包囲を完成させるだけの様ですし、お迎えしてみましょうか」
とアーニャが言うと、ヴェルナさんはリサさんの顔を見た後でゆっくり頷いた。
それから、ヴィオレッタさんに視線をやると
「ヴィオレッタは書類仕事の続きを、後でチェックするので手は抜かない様に」
と、留守番を命じた。
それって荒事が発生する可能性が高いと言ってる様なものじゃないの?
荒事が発生する可能性があるのなら、結婚適齢期の未婚の女性で農園の跡継ぎ候補筆頭のヴィオレッタさんを連れていくのはヴェルナさんに対しての人質になる可能性や傷付けられる可能性、乱暴をされる可能性だって・・・いや仮にも領主代行とザラオの兵らしいし、それはないか。
でも人質に取られたりする可能性を考慮するならうちのカノンだってその可能性があるかな?
カノンは外見10歳くらいで、小柄細身そして気弱そうな印象を受ける可愛らしい娘だ。
私がもしも悪い人なら人質に取るのに一番向いている。
成人男性なら小脇に抱えるくらい訳ないだろう。
それに彼女は貴重な治癒魔法使いでもあるし、控えに回って貰った方が良いと、妹分を傷つけられたくないという感情論なしでも判断できる。
「あまり武器を持った冒険者がいても警戒されるかもだから、ティータ、フォニア、セレナ、カノンはここでヴィオレッタさんの護衛をお願い、私とアリアはお話合の邪魔になりそうなら下がるので、最初だけ依頼主のヴェルナさんの護衛について行きますね」
「よろしくお願いします」
ヴェルナさんは謎の魔物の調査の依頼主なので守るべき対象である。
アーニャたちも多分守りはするだろうけれど、ここまでの態度を見ればリサさんを優先するだろうことは分かる。
アリアも私を優先して守る気だし、文句を言うつもりはない。
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建物を出ていくと、牧場側を開けているとはいえこれだけ大々的に包囲しておきながらまだばれないつもりでいたのか連中は少しざわついた。
表に出てミニマップと合わせて確認すると150m程度のラインまでにいるのは27人、道具小屋方面に向かった2人と馬に乗った包帯の男、槍を持った革鎧の男が左右2組に分かれて20人と、10人ずつ別れた彼らを指揮する様に剣を持った男が2人、誰とも近くない位置、私たちから見て右側に体格のずば抜けて大きい冒険者風の男性が1人、それに馬の男の隣には中肉中背のパッと見で分かる特徴の少ない男がいる。
「やはりダミアンか」
ぼそりと呟くヴェルナさんの言葉の通り中肉中背の男性はダミアンだった。
先ほどみたばかりなはずなのに、あまりにパッとしない風貌なのですぐに思い出せなかった。
でもダミアンがどうして領主代行の隣にいるのだろうか・・・?
いや今更考えるまでもない、アーニャさんの仄めかしていた様に領主代行がなにか目的があって農園に送り込んだ男なのだろう。
そしてヴェルナさんもそれを知った上で、先ほどの会合に同席させたし、今もそんなに驚いた様子を見せていない。
さっき建物の中で焦っている様に見えたのも、武者震いの様なモノだったのかもしれない。
そう考えれば巻き込まれた私としても少しは安心できるから、そう思わせていてほしい。
武器が長物のアーニャたち3人以外は両手をフリーにして前に進み出る。
話ができる距離まで近づくとフレンドリーな笑顔を浮かべたヴェルナさんは両手を広げて、何も持っていないアピールをしながら大きな声で話しかける。
「これは領主代行、何か御用がありましたらダミアンを介して伝えて下されれば良いモノを、この様な町外れまで一体いかがなさいましたか?」
「そのダミアンから連絡があったのだ。ヴェルナ・エストレアが金目当ての女冒険者に誑かされそうになっているとな、エストレアはザラオの中心と言っても良い重要な農園だからな、領主代行自ら査察に参った。その女どもを庇う様ならエストレアの代替わりが早くなることになるぞ」
兵を連れていることには触れずに語りかけたヴェルナさんに対して、領主代行の態度は最初から女冒険者を悪いモノと決めつけて、武力をちらつかせている。
その女冒険者って私たちも含まれてるのかなぁ、含まれてそうだなぁ、やっぱり変なことに巻き込まれてるじゃんこれ。
発言を許されていないからかアーニャたちはまだ言葉を発しない、そして私たちも建物を出る前に護衛をすると申し出ているので、今はヴェルナさんの少し後ろで待機している。
そしてヴェルナさんと領主代行とが話している最中であるにも関わらず両側の槍兵たちはじりじりと左右に広がっていく。
微妙に統制がとれていないというか、よく見ると革鎧は同じだけど下に着た服は皆バラバラで体の動かし方も妙にだらだらとしていて、なんというか『軍』というイメージには合わない。
「彼女たちが私を誑かす?確かに魅力的な女性たちではあるが彼女らにそれをする理由はありませんし、私もエストレアで、跡継ぎも定まっている以上変な気を起こすこともそうそうないのですが、一体どうしてその様な話になったのだダミアン」
とここでヴェルナさんはダミアンの方へ会話のボールを投げた。
ダミアンは相変わらず何となくこちらを見下している様な嫌な眼をしていて、そのまま領主代行に許可を得ることもなく話し出す。
「その女たちはわれわれ農園側から調査依頼を受けたことをいいことに、トカゲ魔物の死体を持ち込み、ダンピングサラマンダーの死骸だと言って報酬のつり上げを図った。その上、領軍に連絡を取ろうとしたお嬢さんの意見を却下し罪に問われる可能性を仄めかして脅した。明らかに報酬の引き上げを図っている。そしてこれから先もエストレアに蠅の様によりついてくるだろう」
とあたかも自分もエストレアの一員の様に言う。
任期付きの派遣職員なのにね?
「ダミアン、彼女への侮辱はワシへの侮辱と言ったはずだが?それに彼女らはワシらに対してダンピングサラマンダーなどという魔物の名前は出しておらぬ、その名前はどこから出てきた?」
ヴェルナさんは先ほどもアーニャへの侮辱は自分への侮辱だと言ってダミアンの言葉を遮ったけれど、今度も苛立った様子でダミアンをにらむ。
それに
「(ダンピングサラマンダーって言ってなかったんだっけ?)」
言われてみれば会合の場ではレッサードラゴンとしか呼んでなかった気がする。
私から見れば同じレッサードラゴンだけれど、ダンピングサラマンダーはもっと西の砂漠を越えた所のレッサードラゴンで危険だから、生きた個体を運び込むのは違法行為になるんだったっけ?
しかも乾燥は苦手だから自力では砂漠を越えれられないし目立つから目撃報告なしでやってくるのはおかしいから、幼生がいるのはこちらで生まれたか、誰かが秘密裏に持ち込んだのでもない限り無理なんだっけ?
さてさて、違法行為で持ち込まれたと推測される幼生の名前がどこから出てきたんだろうね?
ダミアンは若干不安や焦りを感じさせる表情を浮かべたもののすぐに気を取り直した様で
「それは勘違いでしょう、確かにその女たちはダンピングサラマンダーと名前を出した。俺は聞いた。」
と、断言した。
そしてそれを聞き終えた領主代行は
「エストレア出向中とは言え私の部下であるダミアンと、そこな冒険者の女どもとであればダミアンの言葉が信頼できる。お前たち、その女どもを捕えよ、抵抗するなら殺して構わん」
と早くも武力の行使を宣言した。
ちょっといきなりそれはどうなの?と私は手の中に賢者の短剣を呼び戻す。
インベントリにしまい込んでいたものを直接装備品枠に入れると手の中に出てくれるのは便利だね、Lvが上がっていてよかった。
できれば抵抗なんてして犯罪者になりたくないけれど、今のダミアンの証言で動いてしまうこの領主代行はどうも怪しい、捕まればろくな取り締まりもなく殺されてしまう可能性もある。
犯罪者になればジャンさんたちとの旅は続けられないだろうけれど、死にたくはないから、必要とあれば・・・。
「お待ちを領主代行、この冒険者たちがその様な企てをする理由がないと私は言っているのです。そしてダミアン、ワシが勘違いだと?あの時の会話の記録を取っていたこのワシがか?そこまで言うならあの時の記録を今すぐここに持ってくるが?」
とヴェルナさんはダミアンを睨む。
その言葉にこちらへ踏み出そうとした兵士たちも一旦動きを止め、指示を仰ぐ様に領主代行の方を見る。
領主代行はダミアンの方へ視線をやって少し何か考えた様子だけれど、包帯で表情はわからない。
しかしその後すぐにヴェルナさんの方へ顔を戻すと
「その女どもを庇う様なら代替わりが早くなることになる・・・と言ったはずだヴェルナ・エストレア、その者達は虚言によりザラオの治安を乱そうとした故に・・・」
「ならばどうして代行がやって来られたのですか?今は伯爵がいらっしゃっているのですから、騒乱罪であれば重大な案件として伯爵か随行の領都の武官がついていらっしゃるのではないですか?」
領主代行の発言に、割って入る様にしてヴェルナさんは代行を責める様な口調で問い返した。
これって無礼な!とか、平民の分際で!とか言われるパターンじゃないの?
なんてドキドキしながら私は目立たない様に賢者の短剣を握り込んだままミニマップの様子をうかがう。
先ほど道具小屋の方へ行っていた者達がこちらに戻ってきつつあるのと、一人だけ離れていた男が少しこちらに近づいてきている。
一番近いのはリサさんだ。
警戒は必要だけど、こっちもまだどうなるか分からない。
なおもヴェルナさんは続ける。
「そして繰り返しになりますが、彼女達は金銭を得ることを目的として私に対してその様にして謀る必要はない、そのことは領主代行であればご存知のはずですが?」
とヴェルナさんは今度こそ、明らかに敵意を持って領主代行を睨みつけた。