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G41話:貯水池

 前回のあらすじ

 エストレア農園での調査の前にアーニャさんターニャさんと別れた私たちは、お昼を食べて英気を養った。

 女性率が高くなりすぎることで、少しジャンさんが気苦労しそうではあったけれど、リサさんたちの条件についても認めてもらうことが出来た。

---

 お昼後約束通り宿まで迎えにきたアーニャさんとターニャさんとともに私たちは再び農園に移動した。


 多少復活していたもののやややさぐれたリサさんを見て、アーニャさんは少し驚いた様子を見せ、『仕方ないですねぇ』と何かを耳打ちするとリサさんは少し納得した表情を見せた。

 やはり何か秘めた理由があってのことだった模様。


 さてそんなこんなで再びやって参りましたエストレア農園。

 私たちは少しだけ予定を変更して三組に分かれての調査をすることにした。


「それでは、少し事情が変わりましたので、南の放牧地は明日以降にして今日はこちらの放牧地と水路周りを調査します。チーム分けも変更です。私とアリアさん、ムツキさんで貯水池側を、ターニャ姉さんとフォニアさん、ティータさんで外周側の放牧地を、リサさんと、セレナさん、カノンさんとで北よりの畑と、近隣の農夫さんたちへの聞き込みをお願いします」

 

 と、アーニャさんはチーム分けを発表した。

 ターニャさんが残念そうな顔をしているけれど、アーニャさんは多分わざとカノンと分けたね?

 それから、さらにアーニャさんは続ける。

「劣化竜は、成体になれば非常に危険な魔物ですが、先程の様な幼体であればトカゲ魔物と大差ありません。成体とおぼしき個体を見つけたら無理せず逃げてください。それから、見つかっても見つからなくても2時間したら一度ここに戻ってくる様にしましょう」

「時間はどうやって測りますか?」

 私はスマホを持っているので時刻がみられるけれど、それがこの世界の時間と同じかまだ今一つわからないしね


「これを使います」

 そういってアーニャさんはポケットからなにか小さな道具を取り出した。

 形は単一電池くらいの小さい円柱

 色は半透明の青、ガラスの様な質感で、中に何かぼんやりと構造が透けて見える。

 見たことはないものだ

「これは・・・?」

「ムツキさんも時計をご存知ないのですか?」

 意外そうな声で尋ね返すアーニャさん

 うん、時計は知っているけれど、それは私の知っている時計と違う。


「これは魔力時計と言って、魔力を注ぐと決まった時間までぼんやりと光り、最後にちょっと音が鳴る道具です。この時計は一時間の物ですが、リサさんに2時間の物を、ターニャ姉さんに40分の物を持たせていますから、どの時計でも2時間は測れます」

「なるほど、それは時計ですか」

 あたかも時計自体は知っていたかの様に振る舞う。

 砂時計みたいに時計事に決まった時間を計測するための魔法道具の様だ。

 時刻を知る道具ではないんだね。

 でも、この世界の1時間と私の1時間が同じか知る良い機会かもしれない。


「それではリサさん、姉さん時間を合わせます2、1・・・それでは行きましょうか、アリアさん、ムツキさん、よろしくお願いしますね」

 予想よりも早い時計を合わせるタイミングに、慌ててこっそりスマホのストップウォッチをスタートさせる。

 少し遅れたけれどまぁよしとしよう。

 3人の手元ではそれぞれ少し色の違う魔力時計が淡い光を放っている。

 同じ様に私のスマホの画面もわずかに光っているけれど、他の人に見られない様にインベントリに戻す。

 が・・・。

「・・・ムツキさん?何をなさっているのですか?」


 目の前に怪訝そうな顔で私を見つめるアーニャさん。

 そりゃあシステム画面の操作なんて他の人から見れば虚空で指をスワイプしてる様なモノなので目立つよね。

 便利なのに不便だ。

「あ、うんさすがに虫がいっぱい飛んでるなぁって」

 適当に誤魔化すとアーニャさんは小さくため息


「しっかりしてくださいね?か弱い魔法使いの私はお二人が頼りなんですから」

 仕方ないなぁと苦笑を浮かべ、私の手をそっと握った。

 年下なのに私より少しだけ大きい掌。

 単に私が小さいだけだけれど・・・。

 えぇ初見でエミールに11歳くらいだと思われた私ですとも。


 おそらくは、私に自分の手の細さ、頼りなさを伝えるつもりで握ったのだろうアーニャさんは少し訝しむ様な表情を浮かべた。

「え、ムツキさんは短剣使いの前衛なのですよね?まるで貴族の娘さんみたいに綺麗な手指、細いし、私より小さい」

「あー、あまり筋肉が外に見えにくい体質みたいで、でも強姦未遂の男から馬鹿力って罵られたこともあるから、使い物にならないわけじゃない・・・と思うよ?」

 相手が僻地のチンピラだったのが心配だけれど、一応漁師はしてたみたいだし、あの男が力がないわけじゃないと思う。

 私の力はその辺の成人男性並みにはあるはずだ。


 そしてアリアはロードランドッグやビーチリザードを一刀両断できる腕を持っている。

 小型魔物と同等の脅威度にしかならないらしいダンピングサラマンダーの幼生相手になら、遅れは取らないだろう。

「そうですか、まぁフォニアさんたちもムツキさんとアリアさんは強いと言ってましたし、きっとそうなのでしょうね、失礼しました」

 と、手を放す。

 ひんやりぷにぷにで少し気持ちが良かった。

 カノン、リュシー、リュリュの手もやわやわぷにぷにで気持ちいいけれど、あっちはひんやりじゃなくてぬくぬくだからまた違う趣の物だ。

 ユティやヤヨに近いかな?ヤヨの手握りたいな・・・。


「ムツキさん?またですか?」

 今度は手を小さくワキワキさせてしまっていた私を、ジトっとした目で見つめるアーニャさん、アリア以外のみんなはもう各々の調査のためにこちらに背中を向けて歩き出している。


「あ、ごめん、アーニャさんの手が柔らかくてちょっといろいろ思い出しちゃった」

「っ・・・!?いえ、まぁその若さと美貌で冒険者なんてやってるんですから、そりゃいろいろありますよね(・・か・た・・っているのはわ・・・・だけ・・ない・・・)

 小さくぼそぼそと途切れた部分があった気がするけれど彼女たちも若くして冒険者をしている女性だけあって、私の回答になにか思い当たる部分もあったのだろう、それ以上は言及せず。

 気を取り直して私たちも調査を始めることにした。


---

「さて、この辺りからですね」

 エストレア農園の事務所のあった建物から南側、ザラオの西側の農園と南側の農園の両方に水を流すための貯水池に繋がる用水路にやってきた。

 道すがらに訊いたところによると、この貯水池こそが、エストレア農園が大規模な農地を保有する理由になったものだそうだ。


 海沿いであるザラオではもともと農業用水が少し不足していた。

 ザラオには飲用に使える温泉も湧いているけれど、ミネラル分が強いため農業には不適だという。

 普通であれば水運の関係もあって大きな川が海に注ぐ河口付近に発展することが多いらしい港町で慢性的な水不足なんてなるものではない。

 けれどこのザラオの近くに注ぐ川は、数百年前の大洪水で上流の二つの大型河川が合流する様になった結果大変な暴れ川となっていて、頻繁に氾濫を引き起こしていたためもともとあった港町を百年ほど前に放棄してこのザラオが建てられたのだという。

 なお現在はここザラオで荷下ろしをして、領内では陸路で、領外へは上流にある川沿いの町に陸路で運んでから川を使って物資を運搬しているそうだ。


 そんなわけで、主要な河川とは少しばかり距離があるこのザラオでは水が不足して、大規模な農業ができない環境だった。

 そこをエストレア農園の数代前の当主が私財を投じて水路を造り、この貯水池まで川の水を運び、そしてそこからエストレア農園が始まった。

 そして、エストレア農園は領主とも協力してザラオの内にも水路を張り巡らし、領民が井戸として水を汲める様に共用井戸も敷設したのだという。


 そして町の西側の大部分をエストレア農園が保有し、南側は一部がエストレア農園の、残りの大半が領主の土地としてザラオの公営農場となったが、数名の担当者を置いて実際の管理はエストレア農園に一任されている。

 そして現在の担当者の一人が・・・

「あのダミアンという男です。担当者・・・と言っても農園に於いてはエストレア側の農夫や作業員が実務をこなすので、彼の役割は領主代行との連絡係程度、管理しているというのは名目上のトップというだけですね」


「(アーニャさん内情詳しすぎない!?)」

 おそらく地元の人であるとはいえ、どうやら領主の御用達農園の農園主と知己で、その内部構造も知っているって、もしかしたらアーニャさんは私たちと同じで(私のは設定だけれど)地元の権力に絡む様な家柄の出身なのかも知れない。

 王都に向かいたがっていたし、やっぱり婚約ネタなんかで地元を離れたかったのかな?

 でも冒険者同士詮索は無用だね、当たり障りのないお仕事の範囲の話をしよう。


「その連絡係がどうしてあの場に?管理者でも運営に関わってないなら事後報告でも良かったのでは?」

「やはりムツキさんは察しの良い方ですね」

 私の問いかけに、アーニャさんは微かに笑みを浮かべ、周囲を小さくキョロキョロと確認した。

 なお私のミニマップとレーダーによれば周囲30メートルくらいの内には私たち以外に人間はいない。

 水路の中に結構な数の生き物いるみたいだけれど、こちらを警戒してはいない様子。


 アーニャさんは近くに人影が居ないことを確かめると立ち止まった。

 そして小さく息を吸うと

「半年ほど前エストレア農園に出向している役人が、領主代行の辞令によりすべて交代になりました。任期が残っているにも関わらずです」

 と告げた。


 うん、何やら仄かに陰謀の匂いがしてきたね、領主代行とか出てきたし。

 これ最後まで聞いちゃってもいいのかな?

 聞いたがためにジャンさんたちに迷惑がかかる様なことは避けたいんだけれど?

「そうですね、これ以上は今はやめて置きましょう。ただ一つだけ、出会ったばかりですが、私たち・・を信じてください」

 と思わせぶりなことを言って、彼女は話を終えた。

 私の表情から不安を読み取られたっぽい。

---

 それから、30分程の間近くの茂みや水の中に何か居ないかと注視しながら水路を辿り、途中からは丘を登り私たちは目的の貯水池に着いた。


「ここが貯水池です見ての通り、あちら側の水路で一旦ここに水を貯めて、ここから南と西のエストレア農園、そしてザラオ市街地へと水路が走っています。上流の川が増水しても、水路の途中で放水用の水路がいくつか整備されているので、地方全体が大雨にならない限りはここに流れてくる水が溢れることはありません」

 小高い丘と丘の間を走る水路を辿ってたどり着いた先にはちょっとした面積の貯水池があった。

 貯水池とは言ったものの、これはもうちょっとしたダム湖みたいなものだ。

 近所の中学校のグラウンド20面分では足りないくらいかも?

 そりゃザラオの農地と住民の生活用水の一部を賄う貯水池、それも暴れ川から引いているとなれば、それなりに大きな貯水池を設けるのは当然か。

 水深は地面を掘って居ないのなら15mくらいかな?

 広いけれど深くはないと思う。


 昨日ザラオを一望した時には丘の陰になっていたわけだ。

 というより、もともと点在する丘陵をダム代わりに利用して水を貯めている様だ。

 そのため水面は私たちの立っているところよりは大分下で、常時上流から水が注ぎ、同じ様に常時町側の水路へと水が流れ落ちている。

 雨が降るとか、晴れが続く以外では水嵩はあまり変わることはなさそうだ。

「すごいですね・・・これを、エストレア農園の方が・・・」

 そりゃあ土地を任されるはずだよ、主に個人の懐でこれだけの事業を行うだなんて、むしろこれは為政者側の仕事だったんじゃないかな?


「えぇ、本当にすごいです。これがなければザラオは今もただの水揚げ用の港で、領全体の発展も遅れていたでしょう」

 誇らしげな微笑を浮かべながら、貯水池内側の斜面を下りながらアーニャさんはつぶやく。

 そういえば農園に知人がいるって言ってたね?

 ヴェルナさんやヴィオレッタさんたちとももともと知り合いだったっぽいし、先の休憩時間の別行動と言い謎の多い子だ。


「さて、移動も考えると1時間弱くらいしかここでの調査はできません、とは言え魔物もいるはずなので、手分けして探すこともできません、あまり離れない様慎重に行動しましょう」

 そう言ってアーニャさんは貯水池に背を向けて、少し上から見下ろす私たちに微笑みかけた。

 

 その背後で・・・水の中にうっすらと赤い輪っかが浮かびあがるのを私の眼は捉えていた。

 アーニャさんの話に耳を傾けていて、ミニマップの観測がおろそかになっていた。

 見ればオレンジ色のひし形が、ほんの10mほどの距離にあった。

 マップを確認した僅かな時間で、赤い輪っかはもう8割溜まっている。

 時間はもうない、たった二文字が惜しい。

「アーニャ!こっちへ!!」


 パシャンッ

「え?」

 私が叫ぶと同時、彼女の背後で水音がした。

 アーニャさんは、私の声には反応していたものの、直後の水音の方に気を取られて振り向いてしまった。

 私は短剣を逆手に構えて彼女に向かって走る。

 アリアも私に追従して動いた気配がする。

 ただ下り坂になっていることや足元が湿っていて踏ん張りがきかない。

 そして運の悪いことに私たちとアーニャさんとの間には若干の距離があった。


 赤に満たされたサークルゲージを伴って水際から現れた2m近い巨体を正面から見た私は、嫌悪感から身が竦みそうになりながら、それでも最悪を避ける為に駆けた。

 その大きな口はきっと私やアーニャさんの矮躯など軽々と飲み込んでしまうだろう。

 出会ったばかりの彼女だけれど、リサさんやターニャさんから預かった彼女を損なう様なことは許されない。


 私はなんとか、敵の歯牙がアーニャさんの首に届くよりも早くアーニャさんの横を通過した。

 だけど、敵の狙いは最初に隙を見せたアーニャさんで、私じゃない。

「(最初のロードランドッグと同じ、交差しながら敵の首を狙う!)」

 私はアーニャさんに当たらない様に小さく構えていた短剣を振りかぶり、敵の首の中ほどに突き立てた。

 確かな手応えが伝わってきたけれど、私の腕にかかっていた負荷はすぐに消えうせた。

 そして・・・。

「きゃぁぁぁんぅっ!?」

 私の背後の小さな悲鳴は最後まで紡がれることなく不自然に途切れた。



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