G38話:馬車とテスカと小怪獣1
前回のあらすじ
小柄ながらクールビューティだと思われたリサさんは、意外と残念な可愛いもの好きの女性だった。
ジャンさんやエミールへの紹介はまだだけれど、リズ姉やユティにリサさん、ターニャさんアーニャさんを引き合わせてひとまず許可をもらった私たちは、今度は馬の購入と腕を見せるために町の郊外の牧場へ向かうのだった。
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宿屋を出た私たちはそのまま徒歩で、ザラオの郊外へと向かった。
それなりに距離はあるけれど、今の私は歩くくらいではほとんど疲れないし、他のみんなもその様だ。
先頭を歩くアーニャさんが僅かに辛そうなくらいだけれど、それは歩くのが辛いというよりも、本日の体調によるものだろう。
「ここが、私が馬匹の購入権を取り付けているエストレア農園の放牧地です。エストレアはザラオで一番大きな農園、および畜産を手掛ける家で、領主様からの信頼も篤い大店ですので、くれぐれも失礼のない様にしてください」
それでも、アーニャさんは理知的な案内を続けてくれて、いよいよ目的の農園にたどり着いた。
ザラオの西側、ザラオの門からは僅かに外れた郊外、いくつかのブロックに区切られた柵の内側にそれなりに多い牛と馬、それになんだろうか?間近で見ても私の認識にないよくわからない動物とが放し飼いされている。
昨日も町を遠くから見たときに目に入った生き物だ。
水牛の様に立派な角があり、ヤクの様に毛足は長く、それでいて熊の様に太くて短い四肢を持っていて、口吻は短め、何とか言葉にするならば、ペキニーズやシーズの様なワンちゃんを熊みたいに大きくして水牛の様な角が2本生えている感じかな?
でも角の向きは一度前方上向きにゴン太に伸びた後で下方向に先細りしながら湾曲しているので、やっぱり水牛とも違う?
一番近くに見える子で体高は約1m、角先から臀部までで2m以上あり、とてもずんぐりとして大きい。
凶悪な外見だけれど、牛や馬と一緒に放たれていて、それでいて他より数が少ないということは、草食の家畜か牧羊犬の様な役割の生き物なのかな?
とても広い牧場だけれど、エストレア農園の生業は、牧畜よりも農耕がメインだという。
ここに居る多くの馬や牛も、一部は食肉用であるけれど、農耕用や戦時に馬匹として使われるものも多く含んでいる様で、共に放されている牛馬であるのに、その体格や品種もバラバラに見える。
大店とはいうけれど、私の知っている農園や牧場の様に食む草を変えているわけでもないし、グリモスよりはるかにましとは言え、休耕地や放牧地を区別する柵も雑然と建てられている様に思える。
とはいえ
「大きな農園なんですね、あそこの柵まですべて敷地ですか?」
牛舎や厩舎だと思われる建物、その配置からすれば今見えているほぼすべてが、目の前の冒険者ギルドの2倍くらいの建物に住んでいる人たちが管轄しているのだと分かってしまう。
しかしアーニャさんの答えは少し違った。
「いいえ、実際にはあそこよりさらに奥にもう少し畑があります。あと町の南側にも種類の違う穀物の畑があって、そちらにもここの3分の1くらいですが牛や馬も居るはずです」
牛と馬だけに言及するということは、やはりあの謎生物は牧畜の対象ではなく、牧羊犬的な子なのだろうか?
いやそれよりも、そんなに大きな牧場主と懇意・・・かどうかはわからないけれど、馬の購入権を取り付けている割りと新米の冒険者ってなんなんだろう。
普通に考えれば冒険者になる前からつきあいがあったのかな?
それとも単に、エストレア農園が若い相手でも丁寧に応対する農園なのか。
冒険者の過去を尋ねるのはマナー違反らしいので聞くに聞けない。
「馬さんも牛さんも、テスカトリケラウルスさんもあーんなにいっぱいいるのですね!」
と、半ば無理やり右手をターニャさんに握られているカノンは、左手のティータの右手をぶんぶんと振って大はしゃぎだ。
そうか、あの生き物テストリケラレウス?っていうんだ?長くて呼びにくいね。
名前がわかるってことはカノンたちの設定上の世界にはあれと同じ生き物がいたということだよね?ということはやっぱりこの世界はEoSの世界ということで間違いないのだろう。
ところでトリケラトプスが3本の角に由来する名前だってカンナの弟から聞いたことがあった気がする。
何となく響きが似てるしあの目立つ2本の角以外にもう一つ角があるかもしれない、異世界だしただの偶然かもしれないけれど。
「実物は、あんなに大きいのですね、危険はないんですか?」
『名前は聞いたことあったけれど』風に私は気になったことを確認する。
サイ程大きくないにしても、あれだけの大きさに、立派な角、ソレを教えてて貰わないととてもじゃないけれど近くに寄って行こうとは思えない。
今のムツキ・ガーネットならば抗し得るかも知れないけれど、冷泉睦月ならば3秒くらいで捕食される様な化物に見える。(無論肉食ならという但書きはつくけれど)
「あぁ、初めてなんですか?それなら驚きますよね、まさか牧羊獣のテスカがあんな大きな動物だなんて、でも安心してください。群れに・・・この場合同じエリアで草を食んでいる牛とテスカに危害を加えなければ攻撃してくることはありません、あぁ見えて少量の草と一部の鉱物しか食べないので、可愛いカノンさんが胃に納まる様な危険はありません」
先頭を歩いていたアーニャさんは振り向き、そのあまり日焼けしていない手をターニャさんの手に伸ばし、カノンと引き剥がしながら説明した。
不服そうにするターニャさんの手を握ったまま『私が握っててあげるのでカノンさんに迷惑をかけず我慢しなさい』とでも言わんばかりにグイグイと引っ張っていく。
引っ張られたターニャさんは、カノンと引き剥がされたことは不服そうにしながらも、アーニャさんと手を繋いでいることには満更でもない様子で
「もう、アーニャちゃんたら♪妬いてるのーん?」
と、少し調子に乗りアーニャさんに睨まれているけれど、それすら楽しんでいる様だ。
そして険しい目をしたアーニャさんは
「アーススパイク!」
と突然腰に下げた小さな杖を握り、叫んだ。
瞬間、ターニャさんの少し後ろで一本の岩塊が隆起した。
1メートル程の岩の杭は40センチ程の怪獣ぽい生き物をその尖端に捉えており、ジタバタとする怪獣はその胸部と頭部の間を岩の杭に穿たれている。
「ひゃー!?」
と、ティータにしがみつくカノン程ではないけれど私も驚いた。
この世界に来て初めて見る攻撃魔法だ!すごい!地面からギュン!って伸びた。
「うぁー、トカゲ魔物だ。アーニャちゃんてばよく気付いたね?」
ターニャさんはアーニャさんの頭を撫でようと手を伸ばすけれど、アーニャさんはそれを杖を持った手ですげなく払いながら、トカゲを観察する。
「後頭部に枝分かれした軟骨質の角があるからおそらくはレッサードラゴンの幼生、体の横側に足が生えているからハウリュウシュ、・・・多分湿地か水中に暮らすタイプ。でも首の周りに鱗がないからファフナーじゃないね、多分成長したら鱗がなくなるサラマンダー系・・・ダンピングサラマンダー?どうしてこんなところに?」
ぶつぶつと呟いて、アーニャさんはそのトカゲの種族を推定した。
レッサードラゴンて呼んだし、サラマンダーとも言った、え、何、ドラゴンなのそれ?
「その子ってここに居たらおかしい子なんですか?」
目の前でちょっとした殺戮が行われたというのにおっとりとした口調を崩すことなく(そういえば召喚した時も、目の前にビーチリザードの死体があったのにあまり驚いてなかったよね)ティータはアーニャさんに尋ねる。
ちょうど私も聞きたかったことだから、頷きながら私もアーニャさんの顔を見つめる。
「そうですね、これが本当にダンピングサラマンダーならば、ここよりだいぶ西部の湿地帯の魔物、それも幼生です。乾燥を嫌う魔物ですので途中に砂漠があるこの地域に直接来ることは通常できませんし、それにレッサードラゴン、劣化竜種に分類される成体であれば非常に危険な魔物ですので、移動や生息圏の拡大が確認されれば騒ぎになります。素材に加工してあるならまだしも、生きた状態で他地域に持ち出すのは幼生であってもご法度です」
そんなものが、どうしてこの農園に?しかも別に例のテスカ・・・トリケラトプスだっけ?あの牧羊獣だって警戒してないし、危険な魔物にしては、牛や馬も危険を察知していないよ?
「ちょうど、皆さんが帰ってくる前にここの知人から手紙が届いて、見慣れない魔物が居るから今度調べてくれないかと相談を受けていたので、図鑑で相談を受けたものに似た魔物の種類を調べていたのです。皆さんから話を聞いた時これ幸いと魔物の調査と討伐をテストにしようと思っていましたが、予想以上に深刻かもしれません、もしも成体がこの辺りにいるなら、生態系を破壊しかねません、領軍を挙げて討伐しなくてはならない重大な事態です」
と、アーニャさんは、ようやく息絶えたダンピングサラマンダー(仮)の幼生を、麻の袋に入れながら語った。
「じゃあテストは中止ですか?馬車の件も無かったことに?」
それだけの異常事態だというなら、私たちの様な新米に構う暇なんて無いだろう。
残念ながら私たちのことを優先してもらえるほど私たちの関係は深くない。
彼女達もまだルーキーに属する側にいるものの、恐らくは地元の危機、持てる力を奮い奔走することだろう。
しかし、彼女の回答は思いのほかあっさりとしていた。
「いいえ、皆さんには予定通り初期の調査を手伝って頂ければと思います。農園内の水路を中心に他に幼生が居ないか、どのような場所に居たかを調査願います。私たちの方は近隣の他の農園に聴き込みを、領軍はそれからです。が、その前にここの担当者に会ってテスカ避けのお守りを貰わないと行けませんね」
テスカトリケラトプス?は縄張り内の武力行使に敏感だそうで、ここはまだ入り口なのでどのテスカト・・・長い、テスカの縄張りでもないらしいけれど、それでもさっき見かけたテスカは柵の向こうでこちらをじっと見つめている。
場合に寄っては私たちもこのダンピングサラマンダーを相手にすることだろうから、テスカの縄張りでも警戒されない様にテスカのかぎなれた農園のご家族の匂いのついた小物を身に付けるそうだ。
「怖気付いたりはしていない様ですね、それではひとまずこちらへ」
私たちの表情を確認し、アーニャさんは近くの建物に向かって歩き始めた。
ていうか、カノンは明らかに怖じ気付いてるんだけれど、彼女は私たちの表情に何を見たのだろうか?
きつい、眠い、寒いとか思っていたらまた一ヶ月空いてしまいました申し訳ありません。
同時進行できるだけの妄想力、文章力は持ち合わせていなかった様です。
年末年始は休みがあるのでそこでなんとか書き進めたいところです。