G36話:港町ザラオ1日目・アーニャ
前回のあらすじ
人数が増えたので馬車を引く動物の確保を画策していると、
先輩女性冒険者のターニャさんが、馬を売ってくれそうな商人に心当りある様で・・・?
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「はぁーそれにしても、6人ともめっちゃ美人さん揃いだねー♪」
先ほど通ったばかりの道を戻る途上、私たちの方を振り返りながら、ターニャさんは人好きのする笑顔を浮かべながらため息をついた。
結局、ターニャさんの伝に頼ってみることにした私たちは、依頼を受けることなく冒険者ギルドを後にした。
リサさんを先頭に、ターニャさん、私、アリア、ティータとカノンは手を繋いでいて、最後尾ではやっぱりまだしょんぼりとしているセレナをフォニアが元気付ける様に肩を撫でている。
私も先ほどギルドに行くまでは私の手の中にあった温もりを思い出して、ちょっぴり寂しいというか、悔しいというか寂しいというか、少しだけセレナの気持ちがわかった気がする。
「ありがとうございます。ターニャさんも健康的で素敵だと思いますよ?」
ターニャさんは冒険者らしくよく日焼けしていて、体つきは引き締まっている。
性格は明るくて、よく笑って、男の子からのウケは下手するとアリアよも良さそうだ。
アリアは超美人だけど、キレイ過ぎるしコロコロ表情変えるタイプでも、会話が弾むタイプでもないので、高嶺の花というか、普通の男にはちょっと手が出せないタイプだと思うのだ。
その点ターニャさんの魅力は、健康的に焼けた肌色にしなやかな筋肉をした手足、人懐っこい笑顔と人柄と、とにかく明るくて活発そうな人で、少し賑やか過ぎるけれど、とても好感が持てるタイプ。
「いやー、私は元気位しか取り柄がないからねー、行儀も口も悪いし」
「そんなことはない、ターニャのお陰で少なくとも私は色々助かっているよ」
ターニャさんは謙遜して、リサさんはそんなターニャさんを褒めて頭を撫でる。
小柄なリサさんが彼女よりも結構大きいターニャさんを撫でるのは(体格的に)少しだけ辛そうだけれど、二人ともとても自然体だ。
きっと冒険者になる前から、二人はこういう関係だったのだろうと、付き合いの長さが推察された。
さて、私たちの目的地はひとまずターニャさんたちに一任される形となっている。
彼女が言うにはもう一人のパーティメンバーがザラオでの人脈が広いらしく、ひとまず彼女と合流するために、彼女達が3人で借りている安い宿というより、月にいくらの冒険者向けアパート的な所へ向かっているところだ。
そしてそのアパートのある場所は偶然にも私たちが夕べ泊まったチャールズさんの宿屋の近くらしく、私たちは元来た道を戻っている。
「ついたついたここだよん♪」
と、ターニャさんが立ち止まったのは、チャールズさんの宿屋より70~80mほど離れたあたりにある、大通りからは少し奥まったところに立ち並ぶうちの一軒の家の前だった。
周りには似たような意匠の家がいくつかある。
なるほど、ここが同一の設計者による家の立ち並ぶ場所だとわかるし、アパートとして貸し出されているというのもわからないではない。
しかし冒険者向けというのは嘘だろうなと、私は考えて始めていた。
というのも、冒険者というのがこの世界でどの程度の身分を有しているかいまだに完全にはわからないけれども、魔物や凶暴な生態の動物の駆除なども請け負うというその性質上、危険できつい仕事のはずだ。
そして、時には帰還することなく魔物の餌食になることもあるだろうことは想像に難くない。
そんな人たちがこぞって小さいとはいえ庭付きの家を借りる様には思えない。
庭に土地を使ってる分、家の大きさに対して絶対に割高だろうしね。
「ただいまー!アーニャちゅわーん、さみっしくなかったかなー?お姉ちゃんが帰ってきましたよー♪」
まだ築年数も浅いのだろうか、周囲の家と比べてもこぎれいな扉に鍵を差し入れ、ターニャさんが家に入っていく。
リサさんもその後に続くと、扉を開けたままにしてくれて私たちにちょいちょいと手招きした。
「どうぞ、狭いところだが、女の子の6人くらいは余裕だよ」
と誘うリサさんに従って私達も家の中に入る。
全員が入ると、リサさんは玄関の鍵をかけた。
家の中は冒険者が寝床にするためだけの物件だとは思えなかった。
2階建ての1階はおそらくみんなで食事を食べるための場所として設定されているのだろう、とても広々とした空間が広がっていて、そこには3人で使うには大き目な長テーブルとイス、ソファ、奥にはキッチンスペース、右手側には上りの階段、左手奥側には何か扉があった。
排水の関係で水回りはまとめてるだろうから、扉の向こうには多分トイレか浴室、もしくは両方があるんだろう。
そして、ターニャさんが階段を上りつつアーニャさんというもう一人のパーティメンバーの名前を呼んでいることを鑑みれば、上はプライベートスペースというか、個室がいくつかあるんだろうね。
上でターニャさんと誰か、おそらくはアーニャさんの、少し言い合いしている様にも聴こえる声が聞こえていたけれど、リサさんは気にした様子もなくお湯を沸かし始めた。
それから少しして、ヤカンが湯気を吐き出し始めた頃、ターニャさんとアーニャさん(仮)が階段を降りてきた。
アーニャさん(仮)は年頃はおそらくユティやセレナと近い少女で、外見はターニャさんと少しだけ似ているものの、色白でか細い印象がある。
鎧を着ていた二人と違い、出かける予定がないからかティータ達と同じく町娘風のゆったりとしたロング丈ワンピースを着ていて、外観の細さも相まって冒険者だといわれなければそうとはわからない。
そして大人しそうな少女は階段を降りてくるなり悲鳴の様な声を上げた。
「な、なんでリサさ!・・・んがお茶の用意をしているんですか!ここは姉さんが用意して、リサさんが私を呼びに来るべきでしょう!火傷したらどうするんですか!?」
と、叫びながら彼女はリサさんの方へパタパタと駆け寄っていく。
なんだろう?
実は小柄で童顔なのに冷静なリサさんは実はドジっ娘だったりするんだろうか?
それはそれでさらにギャップ要素が増えてかわいらしい方に思えるけれど、長物を扱う冒険者が手を火傷なんてしていたらそれは確かにちょっと戦力的にもダウンするしいただけないか。
「アーニャ、私だってお茶くらい淹れられる・・・ぞ?」
とリサさんはわずかにたじろぎながらも不服そうにしている。
しかしアーニャさんも譲らない。
「この間仕方なく野営した時、スープを飲むのに金属スプーンを使って舌を火傷したのはどなたでしたかねぇ?」
と、前例をあげてリサさんをひるませて、その間にヤカンの前を占拠してしまった。
「うぅ、でもアーニャにやって貰ってたらいつまでも上達しないじゃないか」
と、抵抗を試みたリサさんだったが
「練習するなら、狩りを一週間休む前提ですね、手先を怪我したりしては狩りに支障がでますから・・・あとお客様をいつまでも蚊帳の外にしてはいけませんね、リサさん、戸棚に今朝焼いた焼き菓子がありますから出して差し上げて下さい、それから姉さんは今壊した私の部屋の扉を修理してきてください」
と、アーニャさんに完全に主導権を持っていかれてしまった。
っていうかターニャさんどんな勢いで扉を開けたのだろうか・・・。
そしてやっぱり2階には個室があるっぽいね。
多分家族向けの物件だ。
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「えー見苦しいところをお見せしました。リサさん、ターニャさんと一緒に冒険者をしております。アーニャです。ターニャさんのことを姉さんと呼んでいますが、従姉妹なもので、幼い頃からの癖で呼んでいるだけですので、断じて、あのアホ姉の妹ではありませんので!」
と、お茶を淹れてくれながら、自己紹介になっているのかどうかわからない台詞とため息を吐くアーニャさん、私から見れば明るく気さくで、魅力的に見えるターニャさんの言動は、身内である彼女からすれば「アホ姉」になってしまうらしい。
「それからターニャ姉さんから大体のお話は伺いました。馬を購入したいけれど伝手がないので外れをつかまされるかも、とのことですがお間違いないでしょうか?」
年頃の割に落ち着いた喋りのアーニャさんは少し緊張というか、気を張っている感じがする。
警戒されている?
「はい、お金は多分十分にあるのですが、この辺りに知己がなくて、これまでは知人の馬車に相乗りさせて頂いていたのですが、ティータたちと合流したのでそろそろ別に馬車が必要になりまして」
と、彼女も知っているだろう3人の方を示すと、アーニャさんは一瞬フォニアの方を見てから小さくため息を吐いた。
緊張も解いた様に思える。
「確かに、6人も追加で載せてしまえば、行商の方は荷物を積める量が大分減るでしょうしね、話としては理解できます。とはいえ私が確保しているのは私たちが将来の必要に備えて安く譲っていただけるよう約束した馬2頭にすぎません、馬は財産であると同時に生き物です。計画的に繁殖させようと思ってもうまくいかない年もあります。そして農耕馬、軍用馬、辻馬車など用途は広く、良い馬はザラオでも不足気味なのが現実です。これをあなた方に紹介してしまえば私たちが必要になった時に馬が手に入らないかもしれません」
最初以外あまり表情を動かさないで、アーニャさんは淡々と告げた。
最初にリサさんやターニャさんと話していた時とはだいぶ違うね。
「そうでしたか、それは残念です。やはり当初の予定通り・・・」
野生の馬を捕獲(したと偽装して召喚)しようと思います。
と告げようとした私に、アーニャさんは手のひらを向けた。
「まぁ最後まで聴いてください」
相変わらず淡々とした口調ではあるけれど、先ほどまでよりは微笑と言っていい表情を浮かべて、彼女は言葉をつづけた。
「そこで交換条件といいますか、取引を持ち掛けさせていただこうと思います」
「取引ですか?」
尋ね返す私に、アーニャさんは小さくうなずくと、さらに続けた。
「えぇ、私たちはとある事情から王都に向かいたいと考えています。ですが個人的な事情により辻馬車は使えません、それで馬車を必要としていたのですが、お金が全く全然足りません、ここまで言えばお分かりですね?」
と、彼女は試す様に私の目を見た。
「つまり、私たちに馬と馬車の購入権を譲るので、王都まで送って、その後ここに送り返してほしいということでしょうか?」
私が応えると彼女は満足げに笑顔を浮かべた。
「えぇ、ですが、必ずしも送り返していただく必要はございません、滞在がどれくらいになるかわかりませんからね、そちらの都合が悪ければ帰りの足はまた何とかしますから」
と、彼女はさも大した問題ではないかの様に答えた。
ターニャとアーニャと韻を踏んでますが、本人の言う通り従姉妹です。
妹分ではありますが、甘えるタイプではないので、ターニャとリサは素直に甘えるカノンをうらやましいと思っています。