G30話:宿屋
前回のあらすじ
旅の道連れとなったデフロットさん、フルーレちゃんとザラオの町に着いた。
現在グリモスと同じ規模だという触れ込みのザラオの町は、実際には町の外郭の規模だけが同じだった。
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ザラオは、グリモスと同様港町で、町の東側には海がある。
町のエリアはそう高くないレンガの壁が設けられているけれど、多分魔物や動物の侵入を防ぐ為のものだろう。
外側には農園、放牧地があり、よく整備されているのが素人目にも分かる。
しかしその農園や放牧地の合間には所々、不似合いに頑丈そうな建物があり、多分見張り兼倉庫用の小屋なのだろうけれど、その周辺にはかつてはもっと大きな構造物だったことを窺わせる遺構を見つけることが出来た。
「ここがデフロットさんの定宿らしいな」
たどり着いたのは町の北口(といっても町全体から見てかなり西寄り)と西口の間の区画、大通りからはひとつ外れているけれど、十分に馬車が2台通れる広さの道を4~5分ゆっくりと行ったところ。
グリモスの宿屋と食堂を足したよりも大きな敷地の建物があった。
先行しているデフロットさんの馬車がその敷地前に立ち止まり誰かを呼びつけている。
すると、建物の中から9~10才くらいの男の子が出てきてデフロットさんの馬車に張り付いた。
それから、いくつか言葉を話してちらりとこちらの馬車を見る。
あっ目があった。
と、思ったとたん、男の子はびくりと体を震わせてその動きが止まった。
「デフロットさんが、 私たちも泊まりたいと伝えてくれたらしいな、ところでないあの子ムツキに見蕩れているじゃないか?」
と、ジャンさんがニヤニヤしながらいう。
だけど世の中そんなに簡単じゃない、アリアみたいな超絶美人ならまだしも、私程度ではね?
ロミオも言っていたじゃないか、アリアは『楽しむ』けれど、私とユティは手下に『楽しませてやる』って・・・、嫌な顔思い出したなぁ、忘れよう。
「まさか、お客が一気に増えて驚いてるんでしょう?」
「謙遜しなくても良いと思うんだがな、ムツキはもう少しくらい自分の美貌に自惚れるくらいでも良い、俺たちから見れば将来超美人になるだろうな、だけど、年下の子からしたらむちゃくちゃ可愛いお姉さんだからな?」
と、ジャンさんは私の頭をポンポンとしながら馬を進めた。
すでに『妹』補整が入っているのかことある毎に、気安く接してくれる。
「えへへ、お兄ちゃ~ん」
それが嬉しくて、私はジャンさんの腕に側頭部を押し当てる。
「グッフ!わかった、わかったよ、もう言わない」
そしてつい禁じられた呼び方をすると、ジャンさんは、私がジャンさんのからかいに気付いて、その報復にお兄ちゃん呼びを敢行したと思ったらしくて、明らかに狼狽えながら僅かに照れた様子をみせる。
「いらっしゃいませ!デフロットさんからお話はうかがってます。子ども3名を含む、御家族様9名でのお泊まり、期間は2泊の予定でお間違いないでしょうか?」
男の子はキラキラと言う効果音がピタリと来る可愛い笑顔で私たちに声をかけた。
まだ思春期も迎えてなさそうな男の子だ。
染みひとつない頬、荒れていない手は、彼が可愛がられているのが分かる。
あっ、窓も見えるね。
クリストファ Lv1 HP89/91
ロミオ以上ダノンちゃん未満か、まぁ、女の子の方が生命力は高いよね。
ロミオは知らない。
それにしても可愛い、女の子みたい。
ライトブラウンの髪は眉の上でパッツンと真っ直ぐに切り揃えられている。
まつ毛が少し長くて、日焼けしていない肌に浮いた赤が、クリストファ君の女の子っぽさを助長している。
顔だけなら、まだ赤ちゃんぽさの残るリュリュより女の子。
少し照れ臭そうにしているのも庇護欲とか、このところ自己主張を強めている母性とか擽られちゃう。
お姉さん変な気持ちになっちゃうよ?
「うん、そうだね。馬車はこのままデフロットさんの馬車に着いていって停めれば良いのかな?」
「はい、大丈夫です。お部屋は1人部屋、2人部屋、4人部屋、6人部屋とございますが、どの様にご用意致しましょうか?」
すごい、ちゃんとお仕事してる。
まだ幼く見えるのに・・・。
「そうだな・・・2人部屋を2つと、4人部屋を1つで頼む」
「はい、かしこまりました」
ジャンさんがどうする?とこちらを見たので、クリストファ君の視線もチラリと私の方を向く。
馭者台の上下なので見下ろす様になっているのが申し訳ない。
あ、でもこれはこれで足元にじゃれつかれてるみたいで好きかも?
指で合図しながら私もこっそりクリストファ君のお顔を見る。
うん、やっぱり可愛い。
色の薄い唇は、厚みもないのに瑞瑞しい弾力を主張して艶々している。
太めなロミオと比べると明らかに華奢なのに、どうして生命力はクリストファ君の方が上なのか。
あとはアレだ。
着てる服も悪い。
この世界の子ども服はなるべく安く簡素に済ませる。
クリストファ君が着ているのも、ワンピーススカートっぼさ溢れるミドル丈のチュニック。
女の子用との大きな違いは、裾の長さに対する広がりが少ないことと、動き易さの為にスリットが入り、帯代わりに革紐を絞めているくらいか。
あの紐がなければ女の子だと思っただろうね。
「あの、お客様?」
少し考え事をしていると、いつの間にかしっかりと、私とクリストファ君の視線が一致していた。
「あ、ごめんね?まつ毛長いなぁって思って」
「は、はぁ?」
キョトンとさせてしまった。
でも、今度はクリストファ君がじっと私の顔を見上げている。
だけどもジャンさんはそんなことお構いなしで馬車を進め始める。
クリストファ君は巻き込まれない様に馬車から遠ざかり、宿屋の中へ戻っていった。
私たちはデフロットさんの馬車に着いていって、そこでエミールや私と同じ年頃のゴツい男の子に馬を預けて、現金や換金率の高い商品は持って馬車を降りた。
デフロットさんたちと宿屋に入ると、すでにクリストファ君が受付に戻っていた。
「デフロット様、ジャン様、こちらへどうぞ」
受付に座ったクリストファ君は、野辺の花の様な素朴で清らかさを感じる笑顔で私たちに呼び掛けた。
二人が手続きをしている間、預けられたフルーレちゃんと、リュシー、リュリュをユティ、アリア、私とで後ろから抱きすくめながら待っていると、待ち時間が退屈になったのかリズ姉もカノンを同じ様に後ろから抱きしめた。
途端に緩みきった表情を見せるカノン、彼女がおっぱいを押し当てられるのが大好きなのは最早疑い様のないことだね。
それも、ティータ、アリア、ユティ、リズ姉と、多少の大きさがあれば誰のでも良いらしい。
ただ私のではあんな反応じゃなかったのが悔しい。
さて、私たちはジャンさんとエミールとが2人部屋、リズ姉とユティで2人部屋、私とアリア、カノンで4人部屋を取ることになったけれど、これは、リュシー、リュリュ、フルーレちゃんがリズ姉たちの部屋や私たちの部屋を自分で選んで眠ることを鑑みてのこと。
リュシーたちは甘えん坊だけど、ママと一緒でなくても寝られる。
その日によって誰に甘えたいか気分で変わるので、おちびちゃんたちが誰と寝たいかで部屋の組み合わせは変わる。
ひとまず部屋に荷物を入れた後、デフロットさん、ジャンさん、エミールとを留守番に残して、早速温泉を楽しむことにした。
私たちの荷物を含めて(といっても私にはインベントリがあるのでレザーコートとか一部だけ)ジャンさんたちの二人部屋に預けて、女の子だけで仲良くお風呂タイム。
デフロットさんは一人で在庫やお金の整理、フルーレちゃんはお預かりした。
「お風呂の入りかた解る?リュリュちゃんの頭はおねーちゃんが洗ってあげるからね?」
普段はパッパ(フルーレちゃん談)と2人旅で、年下とのふれあいの経験が少ないフルーレちゃんは、とても積極的にリュリュの世話を焼きたがる。
ちびっ子が二人で仲良くして、リュシーは今日はママに甘える日みたいなのでそのままいくと私とアリア、ユティは3人でカノンの世話を奪い合う形になる。
とはいえ、リュリュのお風呂の世話をすべてフルーレちゃんに任せるのは危険なので一応私とユティはフルーレちゃんのフォローについてカノンはアリアとペアになった。
そして皆が流しっ子してるのに私たちだけ棒立ちでは寂しいので、私とユティもお互いに背中や髪を洗い合うことにした。
「あ、ムツキお姉ちゃん背中洗うの上手いねぇ、ん、そこそこ・・・んぅ、ちょっとくすぐったいけど気持ちいい・・・」
少しずつ位置を変えながら擦っていると、ユティは悩ましい声を出す。
「ちょっとユティ、エミールには聴かせられない声が出てるよ?」
それは、思春期の男子の理性を崩壊させること間違いなしの艶のある嬌声が混じっていて、特にそれが好きな女の子ともなれば、襲いかかるのもやむなしというところだろう。
「ん・・・そうかな?でも、本当に気持ちいいから、あぁん♪ってムツキお姉ちゃん!?」
私もつい思わず興奮して、脇の下の際どい位置を狙ってしまった。
不可抗力不可抗力・・・だよね?
目の前のリュリュとフルーレちゃんはキャッキャと笑い合いながら泡まみれになっている。
ザラオでは石鹸も作られているらしくて、浴場備え付けの石鹸は泡立ちも良い。
今のところ宿泊客はもう一組いるらしいけれど今浴場は私たちの貸切状態で、多少大きな声を出しても咎めるものはいない。
そしてリュシーとカノンもくすぐったいのか楽しいのかはしゃぎ声をあげている。
でも、艶っぽい声を出すけしからん妹分は嗜めないとね。
「あんまり色っぽい声を出してると、結婚前にエミールに襲われちゃうよ?」
「エミールがそんな強気なことするわけないよ、それならもうとっくに私エミールのお嫁さんになってるよ」
と、普段なら恥ずかしがったり、ぷくーと膨れたりするのに、女の子しかいないからか、いつもより少し素直にエミールへの気持ちを漏らす。
もしかすると温泉効果もあるかも?
「一応二人は両想いでジャンさんが認めたら結婚するって、最初は聴いてたと思うけど?」
最初に馬車で聴いた説明ではそんな風だったよね?
でも実際付き合っていると二人は明らかに両想いで、ジャンさんもエミールとユティのことを認めているけど、ユティの方が素直になれていないのと、エミールが思春期の男子特有の照れ隠しと失言の為に、ユティの苛立ちを誘っている。
「う・・・、本当のところを言うと、お兄ちゃんはもう問題じゃないの、あの時はまだムツキお姉ちゃんが家族じゃなかったっていうのもあるけど、エミールにもお兄ちゃんが許可してくれたらね、って言ってるんだけど・・・」
うにゃうにゃと煮えきらない様子のユティ、火照った肌もまた艶っぽい。
「だけど?」
擦る手を止めて続きを促すと、ユティは恥ずかしそうに俯いて、私以外には聴こえない様な小さな声で呟いた。
「エミールがストレートにプロポーズしてくれるか、私のこと、ちゃんと自分のモノにしてくれたらね、私はいつでもエミールのお嫁さんになるのよ?」
真っ赤になってそんなこと言う。
つまりアレだよね?
少女漫画のフィナーレさながらのベッドインからのゴールイン、なんで少女漫画のラストって結構そういうの多いんだろうね?
いやいやそうじゃなくって。
「つまり、エミールの度胸か甲斐性が見られれば『ジャンさんの許可』は出るんだ?」
「うん」
それってつまり実際には、気持ちをはっきりした言葉で伝えてほしいっていうユティの乙女心の問題だね?
「あれだけ両想いの空気バリバリなのに、直接的なこと言ってもらえてないんだ?」
「うん、冗談めかして言ってきたり、おでこにキスとかは何回かあったんだけどね?」
不満そうに口を尖らせる。
イメージ、あくまで私の勝手なイメージだけど、文化的に未熟な世界で、特に田舎暮らしの平民や農民というのは、娯楽が少ないとか、労働力が欲しいからとかで、若いうちからエッチいことしてるイメージだったし、実際日本でも中世ならばユティの年でお母さんになった子だってざらに居たと授業で聴いている。
だというのに二人にはまだ口同士のキスすらもほとんどないらしい
プラトニックってことでいいのかな?
リズ姉がリュシーを産んだ年で考えれば別に遅いってことは無さそうだけど?
俯いて不満そうにしているユティの表情を見ると、ユティは早くエミールのモノにして欲しいけれど、自分の方から~というのは出来ないのだろうね。
気持ちは解るよ、私自身の初恋の感情を思い浮かべて、今や顔もうろ覚えの店員さんに当時抱いていた思慕の念を思い返せば、お嫁さんになってあげるとは辛うじて言えないことも無さそうだ。
けれど、私を抱いて?
だなんてストレートな表現は出来そうにない。
フルーレちゃんくらいの年頃なら『抱いて』という言葉も健全そうなんだけれどね・・・。
泡を洗い流してお湯に浸かるフルーレちゃんとリュリュ、アリア、カノンを見つめながら、私は妹分の為にヘタレ男子にどうにか火をつけられないかと策謀を始めていた。
遅くなりすみませんでした。
ネットにまともに接続できない状況にありました。
ゆっくりですが復活します。