G29話:港町ザラオ
前回のあらすじ
ボスコンでのちょっとした騒ぎの後私たちは、
行商人の父娘デフロットさんとフルーレちゃんの馬車と連れだって、ザラオの町へと向かって南下を始めた。
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私にとってトラウマになりかねない夜中の侵入者にちょっとした私刑を加えて、2度と通らないつもりの二つの町村の嫌なことはなるべく忘れようと、ジャンさんにも肩を叩かれた。
折角道中が一緒なのだからとフルーレちゃん6歳をこちらの馬車に預かって、こちらはジャンさんとリズ姉が同業者ということで情報交換のため、デフロットさんの方の馬車に乗った。
私が動物の回避が巧いとジャンさんが推したのでこちらの馬車がルート決めをすることになり、エミールが馭者で、私たちはうっかりでもちびっ子達が落ちたりしない様に見守りながら時間を潰していた。
「ほれでね?ムツキおねえちゃのちゅくるぅ、タンケーキがホワホワでおいちぃの!」
と、フルーレちゃんに自慢するリュシー。
するとフルーレちゃんもまけじとアピール。
「パッパのつくるオムレツもおいしいのよ?おうちをでてからつくってくれないけど」
自慢気だけれど、後半は少しションボリしながら、教えてくれた。
彼女達もセブンリングスで行商に身をやつしたらしい。
元は大陸南部のドワーフと牛獣人が主に暮らす鉄鉱山、鍛治に特化した地域で暮らしていたそうだけれど、その地域は2つに分割されて、片側をドワーフ、片側を牛獣人の集落に別けたそうだ。
他の地域と違い彼らの集落がそこまで遠ざけられなかったのは、南部ではそこまで数の多くないドワーフには鍛治を中心に従事させ、体力に優れる牛獣人には鉱夫や樵に従事させたいという領主の思惑のためらしい。
しかし、勿論ヒューマンは同じ地域には残ることができず。
ドワーフ謹製の装具の販売を代行していたデフロットさんは、大陸南部から東部までを巡る行商となった。
フルーレちゃんのママは、フルーレちゃんが1才の頃に落石で亡くなったためフルーレちゃんは覚えていないらしい。
そのためかフルーレちゃんのパパ自慢は、なかなかに雄弁だった。
「それでね?パパがねぇ・・・パパのね・・・・パパを・・・」
際限にくパパ自慢を繰り返すフルーレちゃんの表情は楽しそうだ。
6才のフルーレちゃんはくすんだ金髪の女のコで、年齢の通り、カノンよりは随分と幼く、リュシーよりはちょびっとお姉さん、年下の子を可愛がるだけの余裕がすでに身に付いていて、先程からリュリュを何度も抱き締めては、満足そうに笑う。
でもパパ自慢もなかなか止まらない。
聴けば彼女の質素な綿のワンピースもパパの手作りらしい。
パパは行商だが、簡単な縫製や木工ができるそうだ。
マップで確認して魔物や動物の群れの位置をエミールに伝え、回避しながら南下を続ける。
ボスコンを出て1時間くらいはフルーレちゃんのパパ自慢と、リュシーの家族自慢が応酬を続けていたけれど、やがて小さい子から順番に電池切れを起こして、すぐに3人分の寝息が聞こえ始める。
「3人寝ちゃったねぇ、お昼休憩はいつ頃に取るんだろう?」
心地よいとは言い難い馬車だけれど、クッションとおねしょシートを敷いた上に寝かせた3人は気持ち良さそうに、穏やかな息を立てている。
フルーレちゃんは寝ながらリュリュを抱き締めていて、少し暑そうに見えるけれど、二人とも嫌がる様子はない。
そんな3人に風除けの布をかけているユティに尋ねると、ユティは馬車の後ろから顔を出して空を見る。
「うーんお日様が南に向いたらだから・・・あと1時間半くらいかな?」
「リュシーとフルーレちゃんはいいとしてもリュリュは午前のおやつ食べてないけど、お昼まで持つかな?」
多少大きな二人は良いとしても、リュリュは胃が小さい。
その上そもそも普段からの腹ぺこ怪獣具合がリュシーよりも上だ。
「それはもう祈るくらいしか・・・でも、少し位お腹空かせても我慢させるから」
と、ユティはリュシーのほっぺたをつまんでいる。
もちもちとして柔らかそうだ。
「ところでカノンちゃんはお昼寝しなくていいの?」
ユティ的にはちびっ子扱いのカノンは、ユティの隣でリュシーの背中をトントンとしていたのだけれど、ちびっ子扱いであるがために昼寝の必要を問われた。
「大丈夫なのですよ、孤児院では、早寝早起きが基本なので、お日様が上がってるときはお仕事の時間なのです。お昼寝は7歳で卒業したのです!もうお子様ではないのですよ!」
気弱なカノンにしては強気な言葉を胸を張って言う。
そういう設定もあるのかと感心しながら見ていると
「へー、そっかーすごいねー、おねえさんなんだね」
そんなカノンの頭をユティは、リュシーのほっぺを可愛いがっているのとは逆の手で撫でる。
完全に子ども扱いだ。
そしてお子様ではないと言った直後のお子様扱いに対してカノンは
「えへへぇ」
と、誇らしげな照れ笑い。
うん、平和。
昨日や今朝の騒ぎが嘘みたいだよ。
結局その後15分ほどでカノンも眠ってしまったのはご愛敬。
昼には一度馬車を降りて皆で、今朝リズ姉が用意した軽い食事を摂り、フルーレちゃんをデフロットさんの馬車に返して、こちらの馬車もジャンさんが馭者に戻った。
それから目立った出来事もなく、崖の下にはビーチリザードが群生していたりもしたけれど、魔物や動物に襲われることもなく、夕方にはザラオ近辺にたどり着いた。
ザラオは、現在の町の規模はグリモスとほぼ同等、グリモスとの違いは、グリモスなどを領有するベルターギュ子爵と比べて、領主である伯爵様のフットワークが軽く、子爵領の2.5倍ほどもある領地に1つの領都と2つの準領都を定めて、1年12ヶ月のうち4ヶ月、2ヶ月少し、2ヶ月少しと居城を移して自ら統治しているらしい。
残りはその他の小さい町や、王都への顔出しに使っているそうだ。
そして、そんな伯爵領の準領都のひとつが、重要な港を有するザラオであり、しかもジャンさんが言うには現在領主様がザラオに滞在する時期らしい。
夏場に海沿いの町に・・・というのは避暑的な意味合いも有るのかもしれない。
また現在はグリモスとほぼ同等の町の規模ではあるけれど、もともとはザラオの方が大きく。
グリモスが周辺の砂漠化と引き換えに発展しているのに対して、ザラオは安定した発展を続けていて、現在はグリモスに追い付かれた状態であるものの、将来的には再びザラオの方が大きく発展するだろう。
それに規模が同じ程度なだけで、町の中身がどうなのかは入ってみないとわからない。
グリモスは田舎町で、町の中身は割りとスカスカだった。
領都近くの港町という立地、製塩と子爵領内の物流の中心でなければ、ボスコンと同じ様な運命を辿ったかもしれない。
折角子ども達が仲良くなったのでザラオではどこか同じ宿屋をとろうと言うことになり、デフロットさんたちの馬車は私たちの馬車のすぐ後ろに着いてきている。
私たちが先行していたのは、私が索敵をしているからだけれど、もう町が見えるのでそろそろ良いかと、合図して前後を入れ替わる。
行商路的に普段からザラオにも立ち寄るデフロットさんの方がザラオのことは詳しいので、その定宿に案内してもらうことになった。
「さて、この坂を登りきったらようやくザラオが見えてくる頃だな、グリモスから1日半が随分と長く感じたなぁ」
馭者席のジャンさんが荷台に顔を向けながらしみじみと呟く。
「やけに色々あって疲れたわね、ザラオは初めてだから色々見て回りたいわ」
と、リズ姉はリュリュと手あそびをしながら、まだ見ぬザラオにの町に興味を示す。
「結局ザラオでは商いはしないんですか?」
と、ユティの腕の中のカノンが尋ねると、エミールが
「うん、ザラオで商品に為りそうな物を調べはするけど、本格的に商う予定は今回はないよ、ただ昨日のことでベルターギュ子爵領とは本格的に縁を切ることにしたから、行商路の本格的な変更が要るな」
と、何度目になるかわからないユティの手への接触失敗をしながら答える。
朝のターキンの事を説明した時、もしも自分の方に来ていたら・・・と、怯えるユティに、「俺がジュリエッタを守るから・・・」とでも言おうとしていた様なのに、つい恥ずかしがって「お、俺、俺も外見だけなら、ひ弱そうなムツキを狙うな!」なんて言ってしまったモノだから、ユティのエミールへの対応がとても刺々しいのだ。
そもそもそういうのを避けるために、エミールと夫婦のふりをして同じ部屋に寝ていたはずなのにね。
折角の好機なのに、エミールはジャンさんに信じて預けられたユティに対して、キスひとつしなかったらしい。
それもユティの対エミール塩対応の原因かも知れない。
「はぁ、私も昨日、今日と疲れたから、今夜はゆっくりお風呂に浸かってから寝たいわ」
と、エミールに見せつける様に、抱き込んだカノンに頬ずりしながら、ユティはため息。
そう、なんとザラオにはお湯に浸かるお風呂があるらしい。
グリモスではサウナで汗をかいてからの布拭き、ボスコンではお湯で体を拭くだけだったので、日本人の私としてはお風呂があるというのは非常に喜ばしいことだ。
それも、ザラオにあるのは源泉掛け流しの天然温泉で、お湯は使い放題。
グリモスと違ってちゃんと男女で浴室は別れているけれど、自己責任で、女性が男湯に入るのと、10歳までならば異性の親との入浴は許可されているそうだ。
その為、デフロットさんが定宿にしている所は禁止しているため違うらしいけれど、宿によっては売春婦が出入りして、仕事場にしているらしい。
デフロットさんが定宿にしているところは家族連れを客層にしているので、普段はデフロットさんが男湯にフルーレちゃんを連れていくけれど、今回は私たちと女湯に入ることになりそうだ。
私も、温泉に思いを馳せながら、ちらりとマップと索敵を確認する。
町中での索敵は人を表す白い○が一杯行き交っていてすごく目が疲れるので余りやりたくないのだけれど、緑の○で表示されるはずのティータ、セレナ、フォニアを探さないといけないので仕方がない。
常時つけるつもりはないけれど、数百メートル単位で移動する時には設定しておくべきだろう。
とりあえず今の時点では、馬車旅のため常時索敵しているけれど、まだ町の範囲までは索敵出来てないみたい。
「お、見えたザラオだ」
その時ジャンさんが坂を登りきったことを告げる。
「あ、私もみたい!」
ユティはカノンの可愛がりで忙しそうなので、手隙の私は馭者席のジャンさんの隣に出る。
すると、確かに町の全景が一望できた。
「わあ・・・凄い」
どうやらグリモスとザラオの町が同じ規模だというのは、その面積だけの話に違いない。
町の大きさ、というか農園や牧場にするために柵を設けている範囲がほぼ同等なのは認めるけれど、農園はグリモスと比べて整然としていて、休耕地と思われる土地も見える。
牛馬と思われる動物と、解像度をあげても見た覚えのないよくわからない動物が町の西側の土地に沢山放されているけれど、砂漠化は全く起きておらず。
同じくらいの農地でも収穫量は比べ物にならないのだろうとハッキリと見てとれる。
「どうやらグリモスとザラオの町が同等というのは、町の大きさだけの話みたいだな」
と、ジャンさんが呟く。
「前と比べて変わってますか?」
「あぁ、正直町の大きさは変わってない様に見えるが、緩やかに発展しているのだろうよ、それに見えているだけでも、乱雑に建物が立つグリモスと、屋根の連なるザラオでは同じ大きさでも密度が違う、そりゃ町が広がるのは遅いだろうさ」
確かに町並みも、木造の建物が向きも並びも雑にならんで、いかにも田舎町の風情をしていたグリモスと比べて、ザラオのそれは、見えているだけでも真っ直ぐに並んでいる様に見える。
今は高めの屋根しか見えないけれど、整然と並ぶレンガ造りのソレはとても近代的に見える。
「計画性を持って町を作れば広がるのは遅くなりますよね、グリモスが無闇に拡がってるだけのことでしたか、ジャンさん達がグリモス側の先行きを心配するのも頷けます」
てっきり文化レベルの問題だと思っていたけれど隣にこんな見本があるのに、あんな雑な町の造りをして・・・って、グリモスは元々は海エルフの町だったって言ったっけ?
ソレなら町の造りはエルフの集落の後を利用してるのかな?
だったら、都市計画が残念なのはエルフのせいかもしれないけれど・・・?
しかし、その私の考えは、まるで私の考えを読んだ様なジャンさんの言葉に否定される。
「グリモスの町は正直、前のエルフ主導の町の時の方が整ってたな、もっと規模は小さかったが、無駄は少なかったよ、だからこそ先がないと思ったわけだが」
グリモスは、元々海エルフの町で、先の戦乱の途中現在のベルターギュ子爵が武力で制圧、その後セブンリングスまでは、海エルフを支配下に置きながら急速に雑に開発、それでも周囲の材木が無くなった時には大人しくなったけれど、セブンリングス後はセブンリングスを理由にグリモスに居た海エルフを朝露の島に送り、領内の森エルフの集落だった風の通り抜ける森の豊かな材木を利用するために森エルフも強制移住、雑な都市計画の下で建物を濫造。
その結果が現在のグリモスというわけだ。
元のエルフの集落は港からほぼ真西に向かって伸びる通り添いの地域と、冒険者ギルドから南北側に向かう通り添いだけであった様だ。
確かにその辺りの区画は道が真っ直ぐに伸びていたかもしれない。
とりあえず。
町の範囲が同じだからマップの索敵機能で、3人を探すのは苦労しないと思うけれど、密度が高いと言うことは、アリアの美貌に吸い寄せられたり、お約束展開の冒険者ギルド周りのトラブルもあるかも?
と、私は内心わくわくしながら、二つ目の町を見下ろしたのだった。
グリモスとだいたい同じ規模(ただし外郭に限る)の港町ザラオに付きました。
グリモスの様な田舎の港町ではなく、ちゃんと港町の予定なのでムツキにもちゃんと下級冒険者的活動をさせようと思います。