G24話:メイドの交渉術
前回のあらすじ
今日でグリモスとお別れだ。
やり残した事を片付けていたら、トラブルの気配が・・・?
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アリアとは違う方向に走り出した私は、マップと索敵機能を有効にする。
アリアを示す緑の○がまっすぐ向かう先に、緑の○がひとつと黄色い○が3つ、そしてそれよりは色の濃い橙色の○が2つ・・・いや、少しずれた位置にもうひとつある?
私たちが別方向に別れたのは、ユティ達を守るため側に立つ者と、暫定敵の後ろに立つ者とに別れるため。
位置に関係的にアリアがユティ達のカバーに入り、私は敵の背後に回って備えることになる。
そして、その気になる外れた橙のマーカーも暫定敵の少し後ろ・・・明らかに怪しい。
私はその橙に近い路地に入ると少しずつ距離を縮める。
そして、その容姿を視界に収めた。
金髪、碧眼だけどそんなに格好よくない三枚目顔、小太りで色好みしそうな表情でユティ達の方を見ている。
そして丁度あちら側にアリアも到着した。
解像度を弄り、音量も雑踏が耳に痛くない程度に大きくすると、なんとかパーティ効果を狙って意識をアリア達の方へ集中する。
「お待たせしてしまいましたねユティ」
短い距離とはいえ走った筈なのに、アリアは息一つ切らしていない。
今は革ドレス姿だけれど、メイド服が幻視できる様だ。
やっぱり美人だし、とても瀟洒で優雅で憧れる。
「おいおいおい、なぁに間に入ってきてんだ?俺たちが今この子と話してるんだろうガァ!」
「いや、あれだろ、お姉さんも俺たちと遊びたくて、声かけて来たんだろ?」
と、ユティにちょっかいをかけていたチンピラたちはわかりやすくチンピラしている。
オラオラなチンピラたちにカノンもリュシーもリュリュも可哀想に怯えていて、カノンが二人を抱える様に縮こまって、ユティの後ろ、港を望む壁際にいる。
そして、もう一人の橙、私のすぐ近くにいる男は・・・。
「よぉしいいぞう、確かにアレは噂に違わぬ美人だ。なんとしても恩を売って、今夜は楽しませて貰おうではないか・・・その調子で困らせろ困らせろ、巧くやるならあの平民の娘らはお前らに楽しませてやるからなぁ・・・ヒヒヒっ」
こっちもわかりやすくチンピラしてる。
うん?よく見たらこのチンピラ名前ウィンドウが見えてるね。
ロミオ Lv1 HP85/86
外見20未満の子ども以外で見えたのこの人が初めてだよ?
私とのレベル差が見える見えないの基準だとしても、この弱さはひどいんじゃないかな?
リュシーの2倍ちょっとの耐久性しかないし。
ダノンちゃんでも97あったよね・・・たしか。
それにしても、あの二人のチンピラはこいつの手下って事でしょ?それならこのロミオはそれなりにお金か身分を持ってそう。
それなら貧弱なのもわかる。
つまりこのロミオはチンピラではなく貴族か豪商辺りのどら息子ってことだ。
ついでに少しばかりゾクリとしたのもたしかだ。
アリアが戻って来るのを狙ってたってことは、平民の娘らって、私とユティの事でしょ?
さすがにカノンより下のちびちゃんズをそういう破廉恥な目で見るなんて考えたくもないし・・・。
そうして私がチンピラにムカついているいる間にも、手下チンピラ二人によるユティたちへの無理難題は続く。
「だからぁ、一緒に町を歩こうって誘ってるだけなのに、その怯えた態度なんなの!?俺らが悪いみたいな?」
「何シカトこいてんだよ!!何様のつもりだオラァ!!?」
と、ユティを脅す。
アリアはチンピラには全く構わないで、ユティの頭を撫でている。
どこからどうみても仲良しな姉妹だ。
あまり似てないタイプのだけど。
「おい、あんまり俺ら怒らせんじゃねぇぞ」
そのアリアの態度がきっかけなのか、それともこちらのチンピラと示しあわせた時間でもあるのか、男たちは剣を抜き始めた。
アリアはそこでようやく二人の方をまっすぐに見る。
射殺す様な怜悧な視線は、きっと間近に居たら震える程だったろう。
「それを抜く意味が分かって居ますか?」
ただそれだけ、アリアはチンピラたちに尋ねた。
「あ?大人しくしろや?誰も助けてなんてくれないぜ?」
「ほらいつの間にか通行人も居ないだろ?俺たちが正しいって皆わかってんだよぅ」
と、男たちはアリアの問いかけには答えずに躙り寄る。
躙りよるけれど、その動きは何かを待っているみたいだ。
「ようし、よし、そろそろ俺の番だなぁ、ぇーと、そこまでだ・・?よさないか・・・?」
と、ロミオがアップを始めた。
そういう自作自演らしい。
ありがちな手法だね、でも私が後で聴いてるから全く意味がないね、こいつが飛び出したら後ろから一緒に飛び出して、ずっと後で聴いていたと言えば終わりのはず。
手管がお粗末なのは、ここが私の居た地球と違って、文化的に未熟だからなのかな?
満を持して、ロミオが路地裏からその身を踊らせる。
「おまえたちそこまでだ・・・・?」
しかし・・・私の出番はなかった。
「ガッ!」
「ど・・・むふん」
チンピラの片方は3メートルばかり宙を舞い、もう一方はその場で口から汚物を撒き散らしながら崩れ落ちる。
アリアの鉄拳を受けた様だ。
顔面を殴られて宙を舞った男は、顎にめり込んだ様な痕がある。
生きてるからまぁ大丈夫だろう。
先に剣をついたのはこいつらだし、同情する余地はない。
何よりうちの可愛いチビちゃんたちを何分も脅かしたんだから、1分辺り1発のところを、たった一発でK.O.で辞退できたんだから、アリアに感謝しても良いくらいだろう。
「刃物を抜かれたのはそちらですから、そちらの方にはこのまま冒険者ギルドまでお付き合い頂きましょうか?」
アリアは手をパンパンとはたきながら、動かない男たちを一瞥し、それから、飛び出したロミオに声をかけた。
「え・・・?え・・・・?」
ロミオは、アリアと、手下たちとを交互に見つめてただ変な声を漏らすだけ。
するとアリアは最初から3人目のチンピラロミオに気付いて居たのだろう、その後ろの私に目くばせする。
「わざわざ止めに入って下さろうとしたのですよね?でしたら冒険者ギルドで、この男達が可愛い妹達に刃物を抜いて脅していた事を証言して頂きたいのですが?お時間は宜しいですか?」
アリアはロミオをまっすぐに見据える。
その視線は先程チンピラたちを見ていたのと同じく冷たい。
「あ、あぁ、もちろんだとも・・・」
と、ロミオは首肯く。
それならこちらは証人を増やそう、と言っても私自身だけれど
私は一度肺に溜まった空気を吐ききってから、深呼吸。
よし!
「ユティ!ごめんね!私怖くて・・・」
ロミオの後ろから、ユティに飛び付く。
ユティはユティで緊張の糸が切れたのか、私に抱きついて涙目になる。
「ムツキお姉ちゃん、怖かったよぅ」
推定Cカップの柔らかい山が、私のコートの胸板に押し当てられてグニャリと歪む。
惜しいことをした様な・・・
「カノンも二人を守ってエライね、いいこいいこ」
カノンの頭も撫でてやると、カノンは嬉しそうにはにかみ笑い。
でもやっぱりその目には涙が溜まっている。
ロミオは正直許し難いけれど、権力者やその係累だというなら、刺激しない方が良いよね。
それなら自らギルドに手下を突き出す手伝いをしてもらった方が良い。
二人のチンピラをロミオに片方運んでもらおうとしたけれど、余りに貧弱で仕方がないので、ラルフさんの店に助けを求めて、チャーリーを借りてきた。
ちゃらいナンパ男だけれど、チャーリーは職人見習いだけあって十分に力があり、なんと二人のチンピラを両肩に担いでしまう。
その上少し赤くしながらもまだアリアを口説く余裕まで見せて・・・。
そして、冒険者ギルドまでチンピラを運んだ後、アリアは仕方なく少しだけ折れ、別れ際手に口付けするのだけ許していた。
「どうかその前途に災難がありません様に・・・」
と、チャーリーの別れ際には見苦しさもなく、とても紳士的に別れたのだ。
それに比べてロミオときたら・・・。
今私たちは、グリモスを出て15分程の所にいる。
いつもより人数が多いためか馬車の歩みは少しだけ遅めだそうだ。
そこに後方から、15人の騎馬隊が追い付いてきた。
そして、私たちの馬車に止まる様に命じたのだ。
勿論官憲らしい彼らに最初から楯突く様な事はない、その用向きを聴く事にしたのだけれど・・・。
「え?私たちが強盗行為を?」
官憲の男が言うには、私たちはユティ達が逆ナンパする形で男を誘い油断させておいて、アリアが男たちを殴り倒し強盗を働いたと言うのだ。
「先程、冒険者ギルドでしっかりと取調べはしたはずですよ?ロミオさんも見たままを証言して下さいましたし」
そのロミオこそが黒幕だと知らないユティは、官憲に訴える。
しかし官憲の回答は無慈悲だ。
「おのれ不敬な!ロミオ様は御領主アルファロメオ・ベルターギュ子爵の御嫡男、それをその様にぞんざいに呼びつけるとは、お上への敬意が足らぬ様だな、そのロミオ様が、貴様らに脅されて仕方なく証言したと申しておるのだ!さぁ、大人しく縛につけ!」
この連中は本気で言っているのだろうか?
あれだけのことをやり、チンピラとつるみ、女の子を脅して食い物にしている領主の息子の証言を信じている?
あれだけ人々が避けていたのだから、悪評だって随分と立っているはずだ。
権力者に逆らえずに仕方なく従っているの?
それとも、甘い汁を吸っている?
どちらにしても、このまま濡れ衣を着せられる訳にはいかない。
「話はわかりました。ついていくことも吝かではありません、しかしながら2つ聞きたいことがあります」
落ち着いて、私なら大丈夫なはずだ。
文化的に成熟が進んでいた日本のドラマやアニメで見て身につけた駆け引きならば、王公貴族相手は無理でも、田舎役人の相手くらいできるはずだ。
ジャンさんやリズ姉に迷惑をかけたくないしね。
「なんだ申してみよ」
まずは目の前の男の善性を試す。
「貴方は、あのチンピラ達のことをご存知ですか?冒険者でもないのに帯剣し、あまつさえ町中でこんな小さな妹達の前で、姉に向かって剣を向ける様な犯罪者たちですよ?」
チンピラにはロミオを含むけれど、連中は普段から色々やっていると見て間違いはないだろう。
それを知っているのかな?
男たちは視線を泳がせる。
まぁ、知ってるんだろうね、あの町に住んでいるならば、もしかしたら彼らの家族にだって食い物にされた女の子が居るのかもしれない。
「いや、しかし我々も任務なのだ。ロミオ様から、強盗に遭ったと言われれば、取り調べをしないわけにはいかないのだ!」
苦しそうに先頭の男は言った。
つまり、嫌々従っている?
暗にロミオが犯罪者だと認めた様なものだ。
「それを御領主のアルファロメオ様はご存知なのですか?訴えはしていないのですか?」
と、私が軽蔑の眼差しで男を見据えながら尋ねると男は私の視線が怖かったのか、一度顔を上げたものの、再び項垂れて
「御領主様は領都であるベルタリオの町にいらっしゃる。訴えるなど出来ない」
なるほどグリモスは領主不在で、どら息子のロミオがチンピラとつるみ、好き放題・・・と。
民衆は権力者に逆らえずに歯痒い思いをしているのか。
ならば、もっと権力を匂わせれば良いんだよね?
「チンピラとロミオは、冒険者ギルドに置いてきたはずです。今はどうなっているのですか?」
ギルドは半独立組織、アミィさんがそうそう簡単に犯罪者を逃がすとは思わないけれど、公権力から釈放を要請されれば、冒険者ギルドであっても無下には出来ないだろう。
「我々がロミオ様からの要請で釈放させた・・・。」
悔しそうな男たち、これならばその善性を期待できるだろう。
皆悔しいのだ。
「ここからはちょっとした世間話の様なものですが、私はこの地方の生まれではありません、しかし、とある事情からグリモスで冒険者になりました」
日本生まれ日本育ちだけれど、気がついたら異世界に居たからね、仕方なかったんだ。
でもこれは、こちらの常識では違う意味になる。
すなわち、私はどこかのご令嬢で、婚姻や政争を嫌って家出したのだと言うこと、そしてそれは理由の問題で、それとは別にもうひとつ焦点のある話。
「このアリアは、私に着けていただいた護衛メイドです」
ザワリと、男達が声をあげる。
アリアは美人だし、それだけでも目立つけれど、今のざわめきはそうではなくて、護衛のメイドがついたということは、私の家出は、家からの公認だと言うこと。
後は彼らがうちの家の家格を見極めるための要素が必要だね。
「アリア、見せてあげて」
それだけ言えばアリアは察してくれる。
「かしこまりました」
と、御辞儀したアリアの姿がぶれる。
「「おお!」」
男達がどよめいた。
それは次に動きを止めたアリアの拳が、先頭の男の顔のすぐ横で止められているからだ。
「この様に、アリアは美しいだけではなく、それなりに手練の護衛です。そのロミオという犯罪者の言う様な、囮は必要ありません、強盗するならば一撃で意識を刈り取ればそれで済みますから、その男を脅す必要もありません。そして、そんな犯罪者が領主に成った時、どんな施政となるのか楽しみですね、お父様に一筆したためておきましょう、代替りしたらいくらでも潰し様がある・・・と」
これだけのメイドをつけられている推定ご令嬢。
それはもうロミオよりもベルターギュ家よりも恐ろしいよね?
「さぁ、どうします?私たちを捕らえて行きますか?それとも、町に戻り犯罪者を捕らえて領主様に訴え出るか・・・」
どちらがマシに思えるかな?
町の人だって喜ぶのではないかな?
しばらくざわついていた男たちは、お互いに視線を交わすと、なにか決意をした様に見えた・・・そして。
「我々の子孫はこれからもグリモスで暮らしていきます。そこに犯罪者を野放しにしては置けない。皆様のご協力に感謝致します。皆ぁ、今日こそは町のチンピラどもを片付けるぞぉ!!」
「「おぉぉぉ!!」」
男たちは私たちに頭を下げると、騎乗して踵を返して行った。
状況が飲み込めないジャンさんやリズ姉は混乱した顔、そしてリュリュは飽きたのかカノンに絡みつく様にして眠たそうにしていた。
説明が必要かなぁ・・・。
ロミオは前日に届いたアリアの目撃情報から、数名のチンピラと共にアリア狙いで網を張っていました。
なのでジュリエッタ狙いではありませんでした。
名前はロミオなのですがね