G8話:港町グリモス1
前回のあらすじ
鏡に映った自分の姿に自信を失った私だったけれど、ルイーズさんの機転と純粋なちびっ子達のお蔭でもう少し頑張れそうになった。
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ジャンさん一家の幌馬車に乗ってしばらく、その後は獣に襲撃されることもなく馬車はさっき丘の上から見下ろした時に見えた港町グリモスに着いた。
着いたといってもまだ町の外縁部分。
港町といってももちろん港しかないわけではなく、そこに人が済んでいる以上食料を賄うため農業も畜産業も存在する。
町の手前には柵で粗く区切られた牧場と農園があり、馬車は小規模で不規則な畑の間を町に向かっている
町の人口を賄うギリギリにちょっとの余裕を持たせた面積らしい畑にはなにかイネ科に見える植物が青々と繁って草の絨毯の様になっている。
牧場の方は牧場というか、かなりの広さの丘陵地を低めでボロボロな柵で囲い、牛、馬、羊、豚が放し飼いにされている。
だけど、海沿いなのに防風林の様なものも見当たらないし、家畜を放しているエリアも町に近いところは所々地面がひび割れて、雑草も生えていない、砂漠化が始まりつつあるのではないかと高校一年生の私でも推察できる。
「実はですね、今回でグリモスに来るのは最後なんです」
と、ルイーズさんが再び眠りについたリュリュちゃんを撫でながら呟いた。
表情は少し悲しげだ。
「最後の意味合いが変わる所でしたけどね」
ジュリエッタさんも先程のロードランドッグとの死闘を思い出してかため息を吐く。
「意味が変わらなくて良かったです。ところでここに来なくなるのはなにか理由があるんですか?」
私の膝の上には今もリュシーちゃんがいて、今は私の鏡を見ながら髪を触って遊んでいる。
幼くてもしっかり女の子だ。
この可愛い子やその家族が失われなくて本当に良かった。
「先程お話しした七王三相の乱以降、この辺りは領主様が変わったのですが、あまり先行きがよくなさそうなので、行商路を変えるんです。今回は今までお世話になった馴染みの方々に挨拶をしに来たんですよ」
「私は、グリモスまだ2回目なんですけどね、セブンリングス以前はフランステルプレでお留守番してたので」
と、ジュリエッタさんが少し悔しそうな顔をして言う。
セブンリングス、光輝満ちる人類の王国ギフテッドが定めた人種隔離と純血種の保護を目的とした、定住地や婚姻に関する法律群。
その法律の定める所では、純ヒューマン以外はヒューマンの町に定住することも許されず。
すべての種族は対応居住地以外への滞在に制限がかかり、ヒューマン以外は居住地以外の地域への移動にも役所の許可が必要で、許可には莫大な身代金を請求される。
混血者はヒューマン以外の、親種族の居住地に軟禁されて、結婚も許可されないという。
「ジュリエッタさんにとってはフランステルプレが故郷ですもんね、寂しいね」
セブンリングスという法律は納得出来るものではないけれど、私はまだこの大陸の常識も知らないし、法律に対してはなにも言えないけれど、故郷に住むことが許されないジュリエッタさんが淋しがってるのはよくわかるから、その頭を抱き寄せて撫でる。
ある意味私も似た様なものかもだけどね。
「住めないのは、他所の町に嫁入りしたりしても同じことてすし、いいですけどね、近所のお姉さんがエルフの男の子と結婚してて子どもも居たんです、でもそれが法律で無理矢理別れさせられて、子どもはリュリュと同い年なんですけど、年に最大で12日しか集落にいけない上に、親とも名乗れないんです。ひどいじゃないですか、そんなの」
そう呟いて悔しそうに出来るジュリエッタは善良な女の子だと思う。
確かにおかしな法律だと思う。
これまでどれくらいの歴史があるかも知れないけれど、混血可能な人種ならこれまでも混血は発生していたはずなのに。
どうしてギフテッドはそんな法律を定めたのか。
反発はなかったのだろうか?
「そろそろ町に入るから、危ない話はやめてくれなジュリエッタ、それからムツキ様、私どもは3日程滞在する予定ですが、ムツキ様はどうします?」
と、御者席側からジャンさんが顔を突っ込んできた。
既に聞き耳禁止令は解かれている。
「ここに住むつもりはないですね、海沿いに漂着した仲間がいないか探して、いたら合流して、また次の町に行ってみようかと」
アリアの作った設定に則して不自然ではないはずの予定を伝える。
私はこれから『転覆した船から投げ出された他の付き人』を探して旅をするのだ。
召喚術の使い勝手を試し、懐具合と相談しながら不自然じゃない数の使い魔を召喚して、旅をして、心が折れるまではヤヨを、マーチを探してみようと思っている。
「そうですか、海沿いを・・・良ければ取り合えず次の町までは一緒に行ってみませんか?ここから二日の距離にザラオという港町があります。別の御領主様の治める土地なのでこっちよりも発展してますし、ムツキ様が流れ着いたという海岸を挟んであちら側の町なのでグリモスにいなければザラオにいる可能性が高いと思います。海沿いにも多少の獣や魔物がいますから、ムツキ様たちが一緒に来てくれれば私たちも安心してザラオまで行けますからね」
私の答えを聞いて、ジャンさんは私たちを道連れに誘った。
私としても、最初に命の恩人となったことで、私たちを売るとか、殺して金品を奪う可能性を考えなくて良さそうなジャンさん達との旅は都合がよさそう。
常識とか教えてもらえるし、何より楽しもうって決めたのにうじうじが抜けきらない私を、リュシーちゃんとリュリュちゃんとが奮い立たせてくれる。
「はい、できればもう少しご一緒させていただたいです」
この殺伐とした世界に馴染むのにはもう少し時間がかかりそうだし、もうしばらくは一緒にいた方が良いかも知れない。
私に気にさせない様に護衛の仕事もちらつかせてくれているしね。
「あぁそうだ。ムツキ様達は冒険者として登録した方が良いかも知れませんね」
ルイーズさんが突然よいことを思い付いたみたいに手を打った。
なにかなその心踊るワードは!
アーケードカードゲームにはまっていた私は、無論のこと家庭用のゲームだって結構好きだ。
特にアクションRPGや育成要素のある戦略シミュレーションなんかはよく遊んだ。
RPGでは最近は勇者と呼ばれるものはもう少なくて、この3年程でやったゲームだと主人公は冒険者とかハンター、スカウト、マイナー所だと遊び人、素浪人、旅芸人や錬金術士、あとはオリジナルなのかな遊撃者、ソウルパタンナー、処刑巡回吏なんてのもあったけれど、とにかくだ。
「冒険者ってなんですか?」
そんなの興味津々に決まってる。
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町に入って、いつも使うという宿に入ると、ジャンさんは約束の通り私たちの宿代も支払ってくれる。
顔馴染みらしい宿の主人には、どこかの町の富豪の娘が護衛を連れてお忍びで国中を見て回っているみたいだ・・・と自分達も詳しくは知らないことを仄めかして、縁があって知り合ったが世間知らずで心配なので世話をしているということにした。
部屋割りはジャンさんとエミールさんとで一部屋、ルイーズさんとジュリエッタさん、そしてちびちゃんたちで一部屋、私たちは二人で一部屋となった。
大部屋にして女全員で同じ部屋でも良いと言ったんだけれど、一晩で銀銭2枚しか変わらないからと断られた。
一度部屋に入った後でジャンさんとエミールは馴染みの商店に品を引き渡しに出かけて、私たちはその間にルイーズさんからお金についてレクチャーを受ける。
この国のお金の単位は、帝国時代に統一されてスカーレット(Sc)となっている。
ただし七王三相がそれぞれ好き放題に粗製乱造していたため、現在は旧貨幣の回収と新貨幣の鋳造が王都で行われていて、新貨幣制度に移行中ということ、行商人たちの役割の中には、地方に残る旧貨幣を王都に集中させるというのもあるそうだ。
現在ギフテッドで新たに鋳造されているのは10万Sc金貨、1万Sc金銭、5千Sc銀貨、5百Sc銀銭、100Sc銅貨、10Sc銅銭の6種であるそうで、旧体制の貨幣はその金や銀の含有率から貨幣価値が決められていて、王都の貨幣鋳造所で現行貨幣に換金してもらえるらしいけれど、地方でも少し価値は下げられるが利用は出来る様になっている。
そうして行商や役人の移動の際にある程度のレートで交換されて王都に運搬、交換してもらい、運んだ者達が差額分の利益を得る仕組み。
なので行商人は、商品ももちろん商うけれど、貨幣の交換も商いの一部というわけだ。
「なるほど、それじゃあ金や銀が含まれているものなら、王都で換金してもらえるということですよね?」
私のインベントリの中には、帝国金貨が500万と2枚入っている。
この大陸のものとは違うだろうけれど、金の含有量で買い取ってもらえるならばあるいはお金に換金できるかも。
「そうですね、美術品的価値は無視されますが、王都鋳造所に持っていけば調度品なんかも地金の価値計算で換金してもらえるらしいので、金の含有量によっては結構な値段で引き取ってもらえますね」
と、ルイーズさんは二人の天使を改めてベッドに寝かしなおしながら私の質問に答える。
馬車から降りるときはグズって大変だったけれど、ようやく落ち着いて寝られるね。
「これを見ていただけますか?私の国の通貨ではないのですが、沈没船から引き揚げられたもので、綺麗なのでお守り代わりに持っていたのですが」
私は鞄の中から出すように見せかけて、インベントリから帝国金貨2枚を出した。
設定に矛盾せず、かつこちらの金貨だった場合にも突っ込まれ難い様に脚色する。
すると、ジュリエッタさんは反応が薄かったけれど、ルイーズさんは目を見開いた。
「これは、帝国金貨の様ですね、当時は1Gとも呼ばれましたが、旧10万Sc帝国金貨で間違いないと思います」
「へぇーこれが帝国金貨、私実物みたの初めてです」
ルイーズさんの言葉を聞いて、ジュリエッタさんも感心し始めた。
もちろん私も
「(この世界のお金だった!これが使えそうならインベントリに500万枚あるから一枚10万で0が11個だから・・・・5千億Sc!?桁が増えすぎてもうよくわからないや、それにしても10万Scで一体何が買えるんだろう?)」
と、とりあえず生活費になりそうなことには安心しつつも
「お金に換わりますか?処分できそうなもの、コレくらいしかないんですけれど」
価値がわからないので取り合えず枚数は明示しないで尋ねてみる。
コレとは帝国金貨を示すのであって、『2枚の金貨』を示した訳ではない。
ルイーズさんはゆっくりと頷いた。
「新Sc金貨には換わりますね、と言いますか今でも帝国貨は最上位の扱いです。先程申し上げた通り現在は粗製乱造された七王三相時代の貨幣を新Sc金貨に交換している所ですが、現行の10万Sc金貨はこの様に・・・帝国金貨よりも小振りで、混ぜ物も3割位入っているらしいです」
と、彼女は荷物の中から500円玉くらいの大きさの金貨を1枚取り出した。
わざわざ混ぜ物の話をするということは、その続きはだいたい察しがつく。
「本物なら1枚で24万Scです。」
×2.4・・・単位が兆になった。
「換金したらしばらくの路銀にはなるでしょうか?」
私の問いかけに
「といいますか、旧帝国通貨は現在も貨幣として使える扱いなんですよ、粗製乱造品と違って物がしっかりしてますし、流通量も多いので、痛んできたら鋳とかして新Sc金貨に鋳造し直す予定みたいですが、まず大きな取引とかでもないとそうそう使う機会もないので、あまり痛みません、これも引き揚げられたものにしてはとても綺麗ですね」
と、ルイーズさんは私の置いた帝国金貨をハンカチを使って持ち上げる。
「現状一般に流通している一番大きい単位のお金ですか、コレ一枚で何が買えますか?」
と、ルイーズさんの金貨の扱い方に、内心びくびくしながら尋ねてみると。
「そうですね、1枚で中央側の町の衛兵の1ヶ月の給料より少し多いくらいなので、地方で女の子二人、質素目な宿屋暮らしなら60日前後は持つと思います」
と、恐ろしいことを言った。
そういえばこの2~3人部屋が一日3000Scで銀銭6枚、2部屋なら銀貨一枚と銀銭2枚。
5~6人の大部屋が5000Sc銀貨1枚だ。
しかも簡単な朝食がついている。
それに毎日夕食を食べるならとしても
「つまり当面の生活費はコレで賄えるので、その間に冒険者としての生活基盤を整えないといけない、そういうことですね」
安心は出来たけれど、500万枚の金貨の事は誰にも明かさない方が良さそうね。
「そうですね、今日はもう日暮れまでそうありませんので冒険者ギルドは明日に回しますが、女の子だけでいくと絡まれるかもしれませんから、エミールと一緒にいくと良いですよ」
と、ルイーズさんは頬笑む。
「じゃあエミールがムツキ様やアリアさんに変なことしない様に、私も一緒に行きます!」
とジュリエッタさんは手を挙げるけれど
「それだと、かえって悪目立ちするかも知れないし、それにリュシーとリュリュの面倒を見てもらわないと露店も出せないわ、だからダーメ、3人が帰ってくるまで貴方は留守番」
と、ルイーズさんはジュリエッタさんの言葉を軽やかに却下する。
「えー、私も町見て回りたいなぁ・・・あっ、リュシーやリュリュもつれてけばいいんじゃない?冒険者ギルドの用事が終わったらエミールだけ先に返して、私たちはお散歩がてら海辺で船の残骸や漂流者が居なかったか探してくるから」
と、めげないジュリエッタさんは提案、お願い!と言わんばかりに可愛らしくウィンクする。
「二人の手を、絶対に離さない?」
やや厳しい顔でジュリエッタさんを見るルイーズさんだったけれど、壊れた人形みたいに首を振るジュリエッタさんにやがて諦めたみたいに息を吐いて、みんなでのお出掛けを認めてくれたのだった。
子どもたちちょっと寝かせ過ぎですかね?
お金はとりあえずいっぱいある、くらいの設定ですので、その金額が大事になってくることは多分ありません。