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幸せの実

作者: 川島蛍

ここは周りを美しい山々に囲まれた小さな国。

人々は山の恵みを受けながら日々穏やかに暮らしていました。

この国には争いごとは無く皆心の優しい人達ばかりです。

この幸せに満ちた国には遠い昔から続く幸せを願うお祭りがありました。

それはお城の裏に咲く桑の実をみんなで食べる事でした。

毎年沢山の桑の実がなり人々はジャムやお酒、パイなどを作りそれを食べると皆、幸福を感じる事が出来ました。

ある年、お城の家来がいつもなら沢山なっているはずの桑の実が一つもなっていない事に気が付きました。

慌てて王様に伝えると


「もうすぐお祭りだというのに実が一つも成っていないとはどういう事だ!」


王様は驚き、急いで植木職人を呼び桑の木の様子を見てもらいました。

しかし、どの桑の木にも異常はなく何故実が成らないのか植木職人にもさっぱりわかりませんでした。

そのまま成す術もなく、この年のお祭りは初めて中止になってしまいました。

桑の実がならなかったショックで王様が病に倒れると実を食べれなかった事で幸福を感じられなかった人々の顔も曇ってしまいました。

次の年もその次の年にも実は付かず、それからも桑の実がなる事はありませんでした。

いつしか人々はお祭りの事もすっかり忘れてしまいました。

やがて国は荒れ、人々には争いが絶えず誰もが幸福を求めては桑の木を切り枝を持ち帰って庭に植えましたが誰も桑の木を育てる事も実を付ける事も出来ませんでした。

沢山あったお城の桑の木は全て切り落とされ、もう残ってはいません。

それから随分と時が経ち病に倒れた王様の代わりに国を取り仕切っていた王子はどうにか昔の平和で幸せだった国に戻したいと考えていました。

しかし、王子は生まれてから一度も桑の実を食べた事がありません。

なので幸せがどんな物なのかを知りませんでした。


「一度で良いから幸せの味を知りたいものだ。」


王子はそう呟きながらお城の裏に行きました。

すっかり荒れ果てた桑の木畑は雑草が生い茂り簡単には進めそうにありません。

王子は腰まである草を手でかき分けながら進んで行くと桑の切り株の前に辿り着きました。

そして切り株にそっと手を置き、


「お前はどうして実を付けなくなってしまったのだい?」


とたずねました。

すると桑の切り株がぼわっと光り声が聞こえてきました。


「なぜ私の実が必要なのですか?」


王子は少し考えてこう答えました。


「何故かって?それはお前の実を食べると幸福になれるからじゃないのか。」


「なぜ幸せになりたいのですか?」


王子は続けてこう答えます。


「誰だって不幸より幸せの方が良いに決まっているからさ。」


王子の言葉を聞き桑の木は静かに、


「そうですか。私はこれからもずっと咲く事は無いでしょう。」


そう言うと光りは消えただの切り株へと戻ってしまいました。

王子は次の日もあの桑の切り株の所へ行き手を置き話しかけてみましたが桑の木が話す事はありません。


「もう一度桑の木と話す事が出来ないだろうか?」


そのまた次の日、王子は切り株の所へ草をかき分けながら行くと、ふと切り株の周りに伸びた雑草が話すのに邪魔になると思い草刈りを始めました。

くる日もくる日も王子は草を刈り、長く放って置かれていた桑の木畑はすっかり綺麗になりました。

炎天下の中、草を刈っていた王子は体中に汗をかき喉もカラカラです。

持っていた水差しに口を付けゴクゴク喉を鳴らしながら勢いよく飲みました。


「あぁ、美味しい。こんな天気だからお前も喉が渇いているだろう?」


そう呟くと桑の木に残った水をかけてやりました。

それからというもの王子は桑の木のもとへ行く事が日課になり暑ければ水をやり、ひどい雨の日には傘を被せてやりました。

喋らない桑の木に向かい時々、独り言を言いながら。

そうしてしばらく過ぎた頃、桑の切り株から小さな芽が出ている事に気が付きました。

王子はとても嬉しくなりそれから一層、桑の木を大事に世話しました。

周りの家来たちは皆、陰で王子の噂をしています。


「あんな古い切り株の世話などして王子は変わった人だ。」


「今さらあんな切り株に実などつくはずが無い。」


それでも王子は毎日、桑の木畑へ出かけました。


「皆が噂をしているのは知っている。初めてここへ来て草を刈ってから随分と日が過ぎた。最初は実を食べる事ばかり気にしていたが、お前の世話をするようになってからは、まるで話し相手が出来たように心が晴れた。私はもう実などどうでもいいのだよ。」


王子がいつものように桑の木に話しかけると最初に見た時のように切り株はぼわっと光り話し始めました。


「あなたは本当に大切な事に気がつく事が出来たのですね。」


「本当に大切な事?」


「そうです、幸せとは誰かに与えられるものではありません。」


切り株だった桑の木は光を増し小さな芽を大きく伸ばすと立派な桑の木になりました。

そして溢れんばかりの実を木に実らせました。

王子はその実を一つ口に入れて言いました。


「これが幸せの味だったのか。」


それから王子は国中の人を集め話をしました。


「私たちはずっと間違っていた。実を食べれば幸せになれるのだと。でもそれは違う、桑を育て、摘み、皆で分け合う、それまで全てが幸せだったのだ。ただ、与えられだけでは本当の幸福とは言えない。誰しもが自分の中に持っているのだ。」


人々は自分たちの行いを反省し、また昔のように幸福になれるよう荒れた町を綺麗に直し、争わず穏やかに暮らしました。

お城の桑の木畑も元どおりになり、毎年沢山の実を付けています。

王様の具合も良くなり国中に平和が戻りました。

そして、王子の願いが叶いました。



ー終わりー

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