その後の話「強い男と弱い男」
店を出た面々は、何とか止めなくてはと思い悩んでいました。
常日頃、絶対に警察沙汰にしてはいけないと、じじぃに固く言われていました。
チンピラが暴れたり、もめ事があると、ブーメランの組が面倒を見ていたからです。
もし警察沙汰にしたら、この地で商売ができなくなってしまうというのです。
しかしその面倒見の人間が暴れているのですから、どうしようもありません。
幸いにして、今日の客は関内の一流クラブのホステス、その道の上層部の人に何とか辿りつき、止めてもらえるように頼む事ができました。
暫くして、ブーメランは数名の強面に連れて行かれ、店の前には
じじぃの為の救急車が止まりました。
誰もが助かったと胸を撫で下ろし、終わったと思いました。
数日後、
結局、警察沙汰になりブーメランは逮捕され、
臨月になったP子は、ひとり思い悩んでいました。
これからの事、いや明日の事。
幾ら包んだら良いのか検討もつかない、
結びきりにした白黒の水引を持ったまま…
明日はお通夜。
そうです。
じじぃは、手当ての甲斐もなく、亡くなってしまったのです。
店と従業員を守ろうと、あの小さな体で…。
今では誰ひとりとして、へなちょこと呼ぶ者はいませんでした。
亭主の命の心配はしていたものの、酔った勢いで人を手にかけてしまうとは、
どれほど苦しいか、
想像を絶する辛さでしょう。
しかし遺族は、怒りと悲しみで気も狂わんばかりに違いない、何としても詫びに行かなければ…
だからと言って詫びてすむ筈もなく
なんと罵倒されても仕方ない、仕方ないが、
こわい、嫌だ、恐ろしい、だが逃げるわけにはいかない、でもコワイ。
途方に暮れるばかり。
次の日
ひとりの友達に付き添ってもらい、P子は針のムシロに向かいました。
はち切れんばかりのお腹を抱えて、現地に着くと、心臓は大きく波打ち、足が重くなりました。
関内、福富町の水商売の人間全部が来たかのような大人数、これ程じじぃは皆に親しまれていたのか、その全部が自分を見ているような気がしました。
事件の事は、多分全員が知っているはず。
P子の事も知っているはず。
既に視線が痛い
「大丈夫か‥」
友達が、顔色の悪いP子に声をかけます。
お腹が張る感じがする。
がんばれ、ママとがんばって乗りきろう
心の中で、腹の子に語りかけ
一歩、また一歩。
足の感覚がない、まわりは霧がかかったようにぼやける。
一直線、ただ見えるのは、喪服を着た初老の女性。
奥さんだ。
近づく度に皆が話を中断して注目します。
その雰囲気に、奥さんも気づいたのでしょう、
P子を見つめました。
そして、目の前まで来たところで、一礼すると
「…××の、家内でございます。この度は‥申し訳の…」
言葉が続きませんでした。
奥さんは、2~3度小さくうなずくと、
「まぁまぁ、そんなお身体で、よく、よく来てくださいました。さぞ辛い思いをされたでしょう」
その言葉を聞くとP子は大きく泣き崩れました。
今まで堪えていた分が
一気に爆発したように、泣き崩れました。
そして、亭主の罪の重さを改めて感じたのでした。
私は、それからすぐに関内を離れてしまったので、その後の事はわかりませんが、
風の便りといいますか、
P子は無事に女の子を出産したそうです。
もし、身軽な身体であったなら、さっさと逃げ出していたかも知れないと言っていたそうです。
それから、裁判が始まったのですが、第一回公判も、第二回公判も、まともに進まなかったそうです。
それは、すっかりアルコールの抜けたブーメランが、泣きわめいて収拾が就かなくなってしまったのだとか。
哀れな姿です。
え?
そんな臆病な奴に、よくぞ指詰めなどできたものだって?
そりゃあもちろん泣きわめいて暴れまくって、毎回大騒ぎだったそうですよ。
押さえつけられて、誰かがギロチン(?)したようです。
終わり。