事の始まり「意地と見栄」
ブーメランは、派手なネオン街を飛び回ります。
それは、いつもの事。
ただ今夜は、
機嫌が良くないからなのか、酔いが廻るのも異常にはやい。
行く先々で毒を吐き、
傍聴人達は時折
グラスの氷よりも冷たい視線を浴びせては目を伏せ、この嵐が過ぎ去る事をじっと願っていました。
「次行くぞ、次」
の号令と共に一行は歩きだします。
強きをくじき、弱きを助ける任侠の徒
代々続く侠客の家に生まれながら、どこでどう間違ったのか、
賭博と喧嘩だけが残り、
三枚ガルタという博奕の最悪の手、
8、9、3
役に立たない不必要なモノと言われる手。
その手そのものに
なり下がりながらも、
見栄とプライドは捨てられない、
背中に重い看板を背負った小心者は、
心を見透かされないよう肩で風を切りながら歩きます。
焦点の合わない目で
次に向かったのは、
福富町
へなちょこじじぃのやっているボーイズバー。
「こりゃ、マコッさん
いらっしゃいませ~」
じじぃは、ちょっとヤバイなと思いながら、VIP席に通し、
絡まれるとわかっていたので、
ホスト達は遠ざけて、自らが接客をしました。
仏頂面で回りを見回し、
難癖をつけるような仕草をするブーメラン。
「マコッさん、今日はだいぶメーターが上がってますねっ、うっひゃっ、じじぃはドロンしちゃおぅかなぁ、うっひゃっひゃ~」
と忍者が消える構えをしてから、座ったまま忍者走りの真似をします。
その時代でも既に死語だったギャグの連発に、
側近達はにやけてしまいました。
しかし泥酔のブーメランには訳がわからず、気に入らず…
いきなり一番近くにいた者の頬を張りました。
一瞬静まり返ると、また気に入らず、正面の者に
水割りのグラスを投げつけました。
顔面直撃。
額が割れます。
「てめぇらっ帰りやがれっ、帰りやがれっ、この野郎っ!帰りやがれっ」
側近達を無理矢理帰しましたが、イライラは頂点に達していました。
「まぁまぁ、マコッさん、楽しみましょうょ~」
じじぃは必死で静めようとしましたが、今度はじじぃの胸ぐらを掴んで
グイグイと揺らし、目の前のテーブルにも構わず、突き進んでいきました。
ボーイズですから、勿論若くて元気の良い男の子はいます。
止めに入ろうとする者は何人もいましたが、
じじぃは、来るな と目で合図をします。
相手はやくざ、店や従業員が、後々面倒に巻き込まれるのを避ける為に、意地でも近づけません。
ブーメランの制裁が始まりました。
小さなじじぃの身体は容赦なく宙を舞い、
あちこちから流血していました。
「マコッさん、ごめんなさい、今日は朝まで付き合いますよ、店、貸し切り、うっひゃっ‥」
痛々しい笑顔で
何とか座らせると、ホスト達に、信じられない程こわい顔で
しっかりと伝えました。
「お客さんを、お嬢さん方…よそ連れてけ、今日の‥お詫びに接待しろ…そうだ親不孝通り行け、こんな事で‥客逃したら、お前ら、クビだぞ、」
福富町の親不孝通りには、その名の如く親も泣く、全て忘れる程に馬鹿騒ぎができる店があります。
ホスト達は仕方なく、
後ろ髪を引かれながら、店を出ようとしますが、…躊躇します。
はやく扉を閉めろ、と再び目で合図をし、全員を逃がします。
そして覚悟を決めると
「マコッさん、邪魔者は全て追い出しましたよ、好きにしてくださいよ、うっひゃっ‥」
「てめえ、じじぃ~舐めてんじゃねぇーーっ!」
その言葉の終わり際に
扉がパタンと閉まりました。
ガランとした店に、じじぃの
うめき声が響きました。
最終話に続きます。