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命拾い

「ん、……んぁ?」


 清潔感を与える真っ白な天井。

 僕が目を覚ました時に飛び込んできた第一の映像は、それだった。

 次にズキズキと頭の芯にまで響く頭痛と、身体の節々に感じる倦怠感と激痛。

 辺りの部屋の全貌と、自分が患者服を着ているという事実を確認して、ここが病院である事に思考は辿り着く。

 慎重に上体を起こすと窓の外から差し込む陽光に照らされる。

 光量から察するに一日眠りに就いていたんだなと悟った。


「って、学校は!? ヤッベ! 今日歴史の小テストじゃんよ!!」


 だぁ~クッソ、やっちまったー! などと頭を掻きむしりながら嘆いていると、

 

 ごとりっ、と。


 何かが床に落ちる音が鳴り、応じて僕は音源へ首を捻る。


「み、つ……よし……?」


 瞳孔を開け、開いた口を懸命に動かして僕の名を紡ぎ出す、栗毛の少女。


「えっ、三縁さん……?」


 思わず、「さん」付けで僕は立ち尽くす少女の名を呼んだ。床には自分が飲むために買って来たのか、ブラックの缶コーヒーが転がっていた。


「な、なぜに三縁がここに? ってか、あれ? 今日一年の全クラス小テストだよな? お前こんなとこ居ていい――」

「うるさいっ!!!」

「えぇっ!?」


 突然の三縁の大声量に、僕の言葉は打ち切られた。

 そして、スタスタと僕の元へ歩み寄り、


「ったく、人がせっかく心配してたってのに……何よそのピンピン具合!? 舐めてんの!? そこはちょっと悲劇ぶって死んどきなさいよバカ! カス! アホ!」

「ちょっ、待っゴフゥ! おまっ馬鹿か!? 怪我人に暴行とかゴボ! ダハ! イヤン!」


 ドスドスと頭やら身体を殴り回す。

 念のために言っておこう、「ポカポカ」ではない。「ドスドス」だ。


「って、いい加減にしろぉ! んな殴ったら身がもた―――って……三縁さん?」


 振り回される両の手首を掴み、三縁の顔を認めたところで、僕は愕然とした。

 

 三縁は、泣いていた。


 ひっくひっくと嗚咽を殺す事に努め、その可憐な顔を鼻水と涙で濡れさせて、三縁は泣いていたのだ。


「駆け付けたら顔やら身体は内出血とかでズタボロだし、一日ずっと目を覚まさないし……」


 昨日の別れる時まではこんなんじゃなかったのに、と。嗚咽交じりの震えた声で彼女は紡ぐ。


「ほんとに……ほんとに、心配……したんだからぁ……」

「ちょっ、三縁……!?」


 鎮静化した三縁が僕の胸に顔を埋めてきた。

 あまり女性とのそういう経験を持たぬ僕にとってはそれだけでパニックものだ。羞恥で顔が真っ赤になり、脳ミソがショートしそうになる。


「ったく、俺はお邪魔虫か?」

「なっ!? 椎堂!??」


 「よぉ」と扉を開けたところでニヤニヤとし嫌らしい笑みを孕んだイケメンが挨拶してくる。


「まぁ今回ばかりは俺もからかわないから、許してやれ」


 本当かよ? と訝しげな眼で椎堂を見つめる。


「お前が昨日ボロボロな状態で病院に運ばれたって連絡入った瞬間、一番に駆けつけて、しかも昨日から付きっきりでお前の看病してたんだぞ? からかうにからかえねぇよ」

「付きっきり……?」


 「ああ」という椎堂の返事を得て、驚愕の表情のまま、僕は未だ噎び泣く三縁を見やった。


 患者服が彼女の涙で濡れるのを肌で感じ、彼女がどれほど僕を心配してくれてたのか、冷たいはずの涙も、とても温もり暖かい感情として直接伝わってくる。


「そっか……ありがとな、三縁」


 優しく、微笑みながら告げた感謝の言葉と共に、すぐ目の前にある栗色の髪を撫でた。

 その言葉に、三縁は「……ばか」と素っ気ない言葉一言で、思わず椎堂と一緒に苦笑してしまう。


「あっ、そいやさ、僕をここまで運んでくれた人って誰かわかる!?」

「さぁな。俺達二人とも電話掛かってきて駆け付けたわけだし……って、ん? 待てよ? そもそもあの電話してきた相手は誰だったんだ?」


 椎堂の疑問は尤もであった。

 学校から生徒知人に電話を入れることなどあり得ないし、僕は一人暮らしであるからして家族経由での情報伝達もあり得ない。


「その電話してきた相手って、女の子だった?」

「ああ、そうだな。表示が公衆電話だったからイマイチわからんが、声からして女性だとは思う」


 変声機を使ってない限りな、と椎堂は断じた。


「そもそも、何でお前はそんなに気にするんだ? 恩返しでもしたいとかか?」

「えっ? あぁ、まぁそんなとこ。暴力軍団から僕を救い出してくれたのも女の子だったから、もしかしたら同一人物かなって」


 そう、あの軍勢から僕を助け出したのは紛れもなくあの舞姫のような少女だ。

 その場に関与していた以上、病院へ連絡して運んでくれたのもその少女である可能性は十分に高い。

 僕の何気ない言葉に、椎堂は「ほほぅ」と片眉を上げ、


「つまり光吉くんはその女の子とやらに助けられて、俗に言う釣り橋効果というやつで惚れてしまったと解釈してもいいのかな?」

「よくねぇよっ! すげぇ偏見的な解釈だなおいっ!!」

「は? なにそれ? どうゆうことよ光吉? 事細かく説明しなさい」

「お前も喰い付くなよ! 説明も何もさっきの僕の証言に嘘偽りは全くございませんから!!」


 三縁が喰いつく事を想定していたのだろう。愉快愉快と肩を震わせながら愉しそうに笑う悪のイケメンは僕らに背を向けて、


「まぁ知りたいんならここの看護婦とかに聞けばわかるはずだろうから、適当に訊けばいいことさ」


 言って、自分は関係ないと言わんばかりに部屋を退出した。


 その後、三縁湊による追撃尋問が長々と執り行われた事は言うまでもない。


 ◇


「クッソ、椎堂のやつ……今度ぜったい思い知らしてやる」

 

 負け犬全開の台詞を口ずさみ、僕はその日病室で夜を迎えた。

 意識は取り戻したが、もしものためにともう一日様子を見ようという医者からの提案があり、甘える事にした。

 様子見が決定した後、三縁がもう一日寝泊まりするなどと言い出したが、さすがに二日もこちらで看病するのはこちらも気が引けるし、三縁は家族一緒にこの街に住んでいるので、そちらにも迷惑を掛ける事になるからと言って、何とか説得することに成功した。

 やはり、家族、というワードには弱いのだろう。三縁も昨日から帰っていないという事実に薄々罪悪感を感じていたようである。


「……にしても」


 僕は看護婦達から徴収した情報を頭の中で反芻していた。

 椎堂の助言通り、僕は担当医や看護婦にここに連れてきてくれた人物を問うたのだ。結果として得られた情報に、僕は目を丸くするしか出来なかった。


黒姫観月(くろひめ みづき)、か……」


 知らぬ間に、その名を口にしていた。

 助けてくれたであろう、そして、僕と同じ高校であり、同じクラスの少女の名を。

 おそらく、我が校なら誰しもが一度は耳にしたことがある。それほどまでに有名な美少女。

 巷では確か、「静なる黒の姫」の異名が付けられていたはずだ。


(黒姫さんの能力は確か、“音色を映す程度の力”だったよな?)


 “音色を映す程度の力”。

 それは、特有の感覚と想像力から、音を軌跡化し、様々な「音色」を脳内で視覚化する能力である。

 周囲で鳴る高音、低音、重々しい音など、ありとあらゆる音色を「音色」で識別化し、軌跡を生み、またそれらの音色の些細な違いすらも明確に分けるため、純粋に聴覚も優れている。

 能力認定段位は第二段位セカンドクラスだったはずだ。

 更に、この能力は“普遍型”と呼ばれる、謂わば常時発動状態。意識して発現させているのではなく、その人物の一個体の“感覚”として備わった状態なのである。

 これらは能力というよりも、“超感覚”としての解釈がなされることが多い。また、このタイプの人間には“障害者証”は付けられているものの、異常な脳波を出している事が“当たり前”なため、逆に“正常”と判断され、発動時の能力観測が行われないのだ。その理由から、反能力者団体組織の者達を相手にした際に、電子音が鳴る事がなかったのだろう。


 そして、そんな“超感覚”の代償として負った、彼女の「障害」は、


(盲目、だったよな……)


 盲目、つまり、彼女は目が見えないという視覚障害を患っていた。僕みたいな文字の識別処理などの問題以前に、文字が見えない。まぁ普段の歩行時に風が壁や住宅の外壁、地面などにぶつかる“音色”を拾って空間の把握処理を行っている辺り、チョークが黒板を打ちつける“音色”で字の軌跡を辿り、判別する事は可能だろうが。


(とりあえず、明日会いにに行かなきゃな……)


 そう、とりあえずはそこから。

 病室の閑散たる空間に決意を響かせ、僕は眠りに就いた。

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