☆第九話 鏡開き
凧も無事に大蛸によって揚げられ、今年も本懐を遂げて事無きを得た。さて、そうなると、次はいよいよ正月のクライマックス、鏡開きとなる。
僕の家では、別に古い慣習という程でもないが、細々と繰り返される独自の行事的なものがある。田舎だから…と云えばそれ迄だが、毎年、続いているから違和感は全くない。返って、それがないと、正月が始まり、そして終った…という歳月の巡りが実感出来ないのだ。
「正也、三方の餅と栗と干し柿を分けてな…」
じいちゃんの指示で、僕は神棚や仏壇から下げられた餅や栗、干し柿を分別する労働に従事することとなった。何年もやっているレギュラーだから、手慣れたものだ。瞬く間に、手際のよさで分別を終えた。
「そうそう…。こうしておくと、また、お八つで食えるしなぁ。…餅は、じいちゃんが切る」
師匠は切るのではなく斬るのだろうが、まあ、微力の僕には孰れにしろ無理だから、敢えて素直に、「うん!」と云っておいた。そこへ父さんが現れなくてもいいのに現れた。
「いやぁ~、終りましたね、正月も…」
父さんは、つまらないことを口にした。
「ふん! まだ終っとりゃせん。今が最高の見せ場だっ!」
危ない危ない…と、父さんはじいちゃんの雷が落ちる前に上手く身を翻し、退避した。
「あいつは、いつもアアだ…。正也はアアはなるなよ、ムゥ~ッ!!」
話しながら、師匠は気合い諸共、鏡餅を一刀両断し、返す刃で四つ、八つと包丁で切り割った…いや、斬り捨てた。
「儂が出来んようになったら、正也、お前が、やれ。恭一はせんだろう…」
餅は、いつも町内の又吉さんの家で搗いて貰う。餅米と幾らかの搗き賃は支払うそうだが、又吉さんも大工で世話になっている手前、いつも快く引き受けてくれるので、僕の家は大層、助かっている。
「切れたようですわね、お義父さま…。美味しいお善哉を作りますわ」
母さんが、いつの間にか現れ、僕達を見下ろしていた。
「ははは…、アレは美味いですからなあ。楽しみにしとります」
アア(父さん)とアレ(善哉)では偉い違いだな…と、僕は思った。
「頭領には、いつもお世話になって、本当に助かってます…」
「又さん、ですか。確かに…」
会話は、それで途切れた。僕の家の鏡開きは、こうして終結した。切られた、…いや某メーカーのワックスで磨いた如く光り輝く頭のじいちゃんによって斬られた餅は、焼いたり、或いは善哉にされ、その生涯を終えるのである。今年も、じいちゃんの斬れ味は鋭かった。
第九話 完