☆第六話 電気炬燵
そろそろ寒くなってきたということで、父さんは今日、物置から電気炬燵を出して茶の間へ据え付けようとした。ところが、ここで大事件が勃発した。…と、書けば、お宅の家で何か起こるのは父親がいる時だけだな、と云われる読者の方々も多いと思うので、父さんの名誉のために、これだけは云っておきたい。大事件とは、僕が多少、オーバーに云ってることで、そう大した事柄なのではない。しかも、それは父さんの所為ではなく、クーラーだけでは足元が…と思った父さんの偶然が、引き起こしたことなのである。その辺りをご理解戴いた上で、話を起こすとしよう。
「フゥ~、クーラーだけでは寒いな。おーいっ! 電気炬燵は物置だったなー?!」
「はーい! 確かその筈です!」
父さんが茶の間でバタバタして、少し離れた所にいる母さんに訊ねた。母さんは少しトーンを上げて、すぐ父さんに返した。父さんはそれを聞き、物置へ向かった。日曜だったので、僕は家にいた。木枯らしが去り、秋に替わって冬将軍の第一陣が、『コンチワッ!』と、勢いよく小雪と伴に訪れた寒い朝だった。
早く出して貰いたいので、僕も父さんの尻に従って物置へ行った。じいちゃんの寒稽古の声が、風に乗って聞こえていた。
「よしっ! あった、あった。正也、そこのコードだけ持ってってくれ」
父さんは電気炬燵を持って茶の間へと入った。設置を終えた父さんは、コンセントへ繋いでスイッチを入れたが、肝心の赤外線ランプが点灯しない。
「…こりゃ、ヒューズが切れたかぁ?」
恐る恐る裏返して父さんが凝視すると、確かにヒューズが切れていた。父さんは溜め息をつきながら物入れから修理工具と予備の温度ヒューズを取り出し、悪戦苦闘の末、漸く取り替えた。
「よーしっ! これでOKだっ!」
ニコッと笑ってスイッチを入れた瞬間、父さんの顔が、また曇った。点灯しないのだ。
「妙だなぁ~。これ以上は無理だしなぁ…」
首を捻りつつ、何やらブツブツと云っていた父さんは、暫く炬燵と睨み合った挙句、ついに意を決して電気屋へと出かけた。母さんが、「もう、ご飯ですよ!」と云ったが、心ここにあらずで、一切、喋らず無言だった。
その後、上手い具合に替えのパーツが入手出来たのか、父さんは喜び勇んで帰ってきた。
「おい、どうした? 恭一」
「いや、どうも故障のようでして、替えを…」
「フン! 儂みたいに寒稽古をしてりゃ、そんなもんは全くいらんのだ! 情けない…。なあ、正也」
僕は父さんの手前、黙っていた。
父さんにすれば、日曜だというのに寒い中を仕方なく準備して、その結果、修理に至り、更には買い替えの為に外出する破目となり、サッパリなのだ。そこへ輪をかけて、某メーカーの洗剤Xで磨いた光沢を放つ蛸頭の小言である。我が家としては小事件だったが、父さんにとっては散々な一日となってしまった。だが、世界の各地では悲惨な戦闘による犠牲者が未だ絶えない昨今だから、今日の炬燵の一件は大事件とは云わず、茶飯事として喜ばねば罰が当たるだろう。
第六話 完






