☆第五話 食べもの
僕は年に似合わず里芋の煮っころがしが好きだ。それに加え、じいちゃんには悪いが、茹った蛸のスライスを酢醤油で戴く…、というこの二つに尽きる。勿論、食べものには好き嫌いがない僕だから何だって食べるのだが、まあ、この二点である。あっ! それに銀鯥の味噌漬け焼きも捨て難い。って云うか、僕にとっては法外で髄一のご馳走なのである。
今年の正月も恒例のお節料理が食卓を賑わせた。毎年、母さんが重労働に汗して家族のために調理してくれるのだから、感謝して賞味せねばならないだろう(とか云いつつ、食べる段になると味わうことのみに気が走り、その感謝の念を忘れがちな僕なのだが…)。
「そろそろ、お節も飽きてきたなあ…」
「馬鹿者!! 世界には食いものがない人々も多くいるんだっ! そういう罰当たりを云うんじゃないっ!」
じいちゃんの食卓での落雷は珍しい。
「…すみません、そうでした」
頭を下げ、父さんは殊勝な態度で謝った。
「ん? …いや、儂も少し興奮したかな。ハハハ…」
じいちゃんは父さんが素直に謝ったことが嬉しかったのか、直ぐ相好を崩した。
「さあ、夕飯にしましょ…」
母さんもテーブルに加わって、いつもの食事風景が展開した。
「武士は食わねど高楊枝…とは云うが、昔の武士は食らう事より武道を尊んだそうだ」
かなり難しいことを、じいちゃんは食べながら、フガフガと云った。
「食べものが無かった時代に、その精神ですからね。昔の人は大したもんだ…」
「そうそう。今は食いものがあり過ぎて捨てたりする御時世だからなあ…」
「はい…。幸せな日本だけに余計、残念です」
「その通りだ。今日の恭一は偉く物分かりがいいなあ。まるで別人だぞ」
「いやあ、そうでもないんですが…」
父さんは謙遜したが、じいちゃんに褒められたのが、まんざらでもない様子だった。
「酢蛸は、もうなかった?」
「昨日、全部、食べたでしょ」
僕は、ついうっかりして、昨日、最後の残りの四切れを食べ尽くしたことを忘れていた。出来のいい僕にしては失態である。
「里芋の残りが、あったぞ」
じいちゃんが賑やかに笑って下段のお重を指さした。僕の好物だということを、じいちゃんは知っていて残してくれていたのだ。蛍光灯に照らされた笑顔は、正に茹った蛸で、頭の照りも某メーカーの洗剤Xで磨いた光沢を放つじいちゃんである。その姿からは、とても剣道の師範だとは想起出来ない。
馬鹿げたことを話しているうちに、今年の冬休みも、とうとう残り少なくなってきた。
第五話 完