☆第四話 生体リズム
寒い寒いと、たまの長休みで父さんが五月蠅く吠える。冬は誰だって寒いんだから、せめて一家の長はデン! と構えていて欲しいぐらいのものだ。
「お、お前は…」
じいちゃんは呆れたのか、父さんを叱ろうともせず、そうとだけひと言、云った。そのじいちゃんの上半身は裸で、つい今し方、朝の寒稽古を終えたばかりの汗まみれだ。当然、身体からは湯気が立ち昇っている。僕もじいちゃん程ではないにしろ、やはり汗まみれで、全く寒くはない。
この生体リズムの個人差を僕の家を対象に一人一人、分析すると、父さんは崩れやすく、じいちゃんは年からすればかなり頑丈だ。母さんと僕はほぼ安定、云わば普通である。だからどちらかと云えば、父さんは運動で幾分、安定させる努力をした方がいいのかも知れない。
寒稽古の後、じいちゃんは湧き水の洗い場で身体を拭き、僕はシャワーで汗を流して朝食となる。運動の後だから当然、ご飯も美味しく二膳は優に食す。じいちゃんは最低、三膳だ。父さんはと云うと、からっきしで、半膳かトースト一枚が関の山だ。今朝もパジャマの上にジャージを羽織った身形で、寒そうにパンを齧っている情けない駄目親父なのである。その父さんも、いつだったか一度、じいちゃんの寒稽古に加わったことがある。まあ、結果は云う迄もなく玉砕で、三日坊主の三日も持たず、二日で音をあげた。しかも翌日には高熱を発し、会社を休むという体たらくで、これには流石の母さんも呆れ果てたという過去がある。いつかも云ったと思うが、父さんは体育会系では決してなく、身体が弱いという訳ではないが、生体リズムを崩し易かった。そうかといって、それは病院にかかる程でもなく、いつも春先には治る一過性なのだ。要は、冷え症的な問題を抱えているらしかった。人一倍、寒がるのは、その所為かも知れない。
「あなた、これ…」
母さんが父さんに手渡したもの、それは使い捨てカイロだった。
「ああ…、すまないな」
食事の後だし、休みだし、父さんにとっては時間に追われない至福のひとときで、彼は茶を啜りつつ新聞に目を通して寛ぐ。
「フン! 嘆かわしい奴だ。武士など、とても勤まるまい…」
じいちゃんは既に諦めているのか、ぼそっと吐くだけで直接、父さんへは語り掛けない。ただ、顔だけは興奮により赤らみ、例の茹った蛸に近づきつつあった。頭も光沢を増し、窓ガラスから射し込む陽光を一身ではなく一頭に受けて輝かせている。決して某メーカーのツヤ出しZで磨いた訳ではない。エコが叫ばれる昨今、僕はじいちゃんの余熱を父さんに回す有効利用の方法はないものかと、真剣に考えている。じいちゃんの熱気と父さんの冷え症が相殺されれば幸甚の極みである。
第四話 完