☆第三話 教養人
久しぶりに都会の叔母と従兄弟が家へやって来た。大人同士の会話もいいとは思うが、子供同士の会話というのも、それはそれでいいもので教養深く乙なものだ。話は弾んで、年末年始の諸収入の話となり、クリスマスでせしめた贈りもの談義も大いに盛り上がってサミットは閉幕した。その従兄弟も帰り、今日はもう、いつもの家族の会話が展開している。
「未知子さん、お疲れでした。毎年のことながら、ご苦労をかけます」
「あらっ、お義父さま。そんなお気遣いは無用に願います。ここが実家なんですから、お帰りになって当然ですわ」
最近、嗜み始めた碁の本を僕が居間で読んでいると、そんな二人の会話が聞こえてきた。その話が途切れて暫くすると、僕がいる居間へ父さんが入って来て、続けてじいちゃんも姿を現した。偶然だろう…と、気に留めずに読んでいると、二人はいつの間にか将棋を指し始めた。いつぞや、二人には暗黙の了解が存在しているらしい…とは報告したと思うが、今夜のがその典型的な例で、プロ野球のサインらしきものがあるのでは…と睨むほどである。二人の教養は、まあ将棋ぐらいだが、僕ほどの教養人となると、碁となる(と云えば、読者の皆様に対し嘘をつくことになるので、五目並べと訂正しておく)。
さて、碁も将棋も教養の程度では遜色ないが、僕には将棋が庶民的ながら今一、俗っぽく思える。まあ、五目並べでは偉そうに語れないのだが、碁を打つ人と聞けば、少し教養人に思えるのも確かだ。
「おい、正也。何、読んでんだ?」
父さんが将棋を指しながら僕に声を投げた。
「ん? 五目並べの本だけど…」
「五目並べか…。父さんや俺の跡を継いで、将棋をやれ。…なら、三代目も夢じゃない」
「まあ、お前、そう云うな。正也には正也の生きる道ってもんがある。それに、五目並べと馬鹿にするが、なかなかどうして、奥深いものなんだぞ。連珠と云って、プロの有段者もいる」
「ほお…、そうなんですか? …王手!」
「ウッ! いつもながらズルい奴だ。儂にしゃべらせておいて油断させるとは…。呆れてものも云えん!」
「父さんが勝手に話してんじゃないですか」
「うるさい! 黙りおろぉ~~!!」
某メーカーの風呂用洗剤Yで磨いたタイルの如く、ピカッ! っと光るじいちゃんの時代劇言葉が炸裂して父さんを直撃した。父さんは防御のバリアを張って、いつもの、だんまりを決め込み、己が身を守る。暗黙の了解が出来た関係はどこへやら、両者間に暗雲が漂う。しかし上手くしたもので、そこへ母さんが台所の片づけを終り、チューハイのレモン割りのコップを盆に載せて入ってきた。無論、アテの小皿も載せてだ。この瞬間、二人の機嫌は一変し、すっかり仲良くなってしまった。僕は二人の様子を見て、この教養人の方々には、とても勝てない…と確信した。
第三話 完