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☆特別編(1の1) いつもの癖

 有り難いもので、僕達小学生には、出来、不出来は別として、ちゃんと戴ける長期休暇という権利めいた休養日が存在する。それは、年間を通して春、夏、冬と三度みたび訪れる。

 夏休みは、その中で最も長い休暇なのだが、楽しみとして見れば、冬休みが一番だろう。なんといっても、①にはクリスマス、②番手としてお正月がジャーンと控えているから心強い。しかも、お正月は僕達子供だけではなく、大部分の大人が浮かれるから、様々な利益を僕達にもたらす。酒こそグビリグビリとは飲めないが、お年玉という結構な実入りの収入源もあるし、第一、食物、TV番組…全てに一年を通して最大の利得を頂戴できる訳だ。だから、期間的には短いながら、夏休み以上に待ち焦がれる性質のもの、それが冬休みなのである。夏休みについては、すでに以前、述べたと思うから、今回は冬休みについて語りたいと考えている。

 寒くなってきたので、寝起きはどうも時間どおりいかず億劫おっくうである。起きるのは目覚ましでなく、いつも決まった時間に始まるじいちゃんの寒稽古の掛け声によってである。

 今朝も、エイ~! ヤ~! と、凄まじいばかりの鬼気迫る掛け声で、じいちゃんは汗を流していた。僕と違って、いや、僕や父さんとは違い、じいちゃんが風邪に滅法、強いのには、たぶん、この寒稽古でつちかわれた抵抗力が起因しているのだろうと思えてならない。母さんは寒稽古という大仰なものではないにしろ、日々の家事という所作で規則正しく動き回っているのだから、この場合は、風邪の方が遠慮するのだと思う。

 今日は二学期の終業式があり、いよいよ明日からは一年の内で最も楽しみな冬休みの到来となった。宿題も、期間的関係からか、夏休みほど煩雑ではなく、しかも前述したように、クリスマスとかの諸行事も続いているから、一年の内で抜きん出て楽しみなシーズンなのである。

 次の日の朝、

「おっ! 起きてきたな」

 上半身裸の体に汗がしたたり、それを手拭いで拭きながら、じいちゃんは僕を見て、ニコッと笑った。そして、縁側の廊下に置いた腕時計をおもむろに覗き見て、

「七時か…。未知子さん、もう飯の準備、出来たかな…」

 と、何やら楽しそうに漏らした。僕が洗顔などを済ませて台所へ行くと、父さんはいつもの癖で食卓に座り、朝食前の新聞を読んでいた。この癖は母さんが何度云っても止まることなく続いている。新聞を読むだけなら、別に癖と嘆くほどのことではない。父さんの癖というのは、ただ読むにとどまらず、長引くのである。食事時間に入ろうと、ひとつの記事を読み切ってしまわないと、それは止まらないのだ。それ故、僕は敢えて“癖”と位置づけたのである。

 充分に体を鍛錬したじいちゃんが、少しばかり赤ら顔のいい風情で食卓へ着いたのは僕と同じ頃だった。案の定、今朝も父さんは、読み始めた新聞に没頭している。

「あなた! 御飯ですから!!」

 と、母さんが注意しても、父さんは全く意に介しない。そこへ、

「おいっ!!」

 と、じいちゃんが、ひと声、放った。その声に、父さんは一瞬、新聞を握る手をビクッ! と震わせて、じいちゃんの顔を垣間見た。そうして、やはりじいちゃんは怖いらしく、新聞を置いて読むのをやめた。

「いつもの癖だな…。お前のはまらんなあ、正也の寝起きよりたちが悪い」

 じいちゃんによる父さんへのお灸は効果バツグンだ。しかし、このお灸の効果も一過性のもので、長続きしないのが玉にキズであった。今朝も、そのようで、食後、続きを読み始めた父さんは、母さんに時間を云われるまで、新聞紙面に固まってしまっていた。腕を見ると、慌てふためいて軽くお茶を飲み、それから上着を持ってバタバタと玄関を出ていったのだが、こんな親を父親に持った僕は、身の不運を嘆くしかないのだろうか。

 ほとんどの人が人種や民族に関係なく、少なからず個々に癖を持つ。それは多くの場合、目立たないのだが、僕のじいちゃんのように、困ったときには必ずと云っていいほど禿げ頭を平手でピシャピシャ叩く癖は目立つのである。だから、それを見た人の脳裏に、『あの人の癖は××だ』などと憶えられ易い。昨日も、じいちゃんに、「そろそろ、クリスマスだね?」と、それとなく云ってみたのだが、じいちゃんは、頭をピシャピシャと叩いて、「そうだなあ…」と、笑顔でぶっきら棒に云うだけで、それ以上は言及しなかった。いつもの癖が出た訳だが、僕なりに、そのじいちゃんの振る舞いを分析して解説すれば、たぶん今年に限ってのことなんだろうが、金銭面のヤリクリに苦慮している…と明言できるだろう。これは飽くまで僕独自の勝手な推測であって、間違っているなら、じいちゃんに謝らなければならない。

 さて、クリスマスのイルミネーションが都会ほどではないにしろ、僕の街にも輝き始めた。しかしそれは、都会のそれと比較できるほど、きらびやかなものではない。街の景観でその部分だけを、あたかも一枚の絵画のように額で装丁するなら、それは一色のみで決してカラフルというのではなく、しかも点滅などはせず、加えて、垂れ下がっているというだけの…ただそれだけのものなのである。遠望すれば、クリスマス・ツリーの形と、かろうじて識別できる…いわば、無いよりは有った方が…と思わせる代物しろものなのだ。それでも、田舎は田舎なりに、都会では味わえない風物詩もあるから、一長一短があるのではないか、と僕は結論づけている。しかし、そんな悠長なことを詳しく報告している場合ではない。というのも、先ほどから母さんが呼ぶ声が五月蝿いのだ。その声は、こう云っている間にも次第にトーンを上げつつある。実は、年末の大掃除を手伝えと彼女は命じているのだ。まあ、収入もなく居候のように飼って貰っている我が身だから、無駄な抵抗などはせず、敢えて甘受するのが得策だと思える。そういうことで、母さんの機嫌が損なわれない内に、僕は手伝いをしようと思う。だから、今日のところは、少し短くなったけれど、これまでにしたい。いよいよ、某メーカーの洗剤Xが、その威力を発揮する晴れの日がやってきた。この洗剤Xで、じいちゃんの頭を磨けば、光沢が一段と増すのでは…と、悪戯心で考えている。

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