☆第十七話 音感教育
洩れ聞くところによれば、子供は産まれる前から音の影響を受けるそうだ。胎教…とか言うそうだが、生後の愛奈に母さんが音感教育を始めた。自分のような女性になって欲しいと願ってのことなのだろうが、最近では愛奈が眠る前には子守唄がわりの軽音楽をBGMで流している。最初のうちは寝つかなかった愛奈だが、上手くしたもので、今ではその軽音楽が流れると、十中八、九は眠るようになった。少しパブロフの犬の条件反射的な感がしないでもないが、ともかく寝つくのだった。
「正也、あれは何という曲だ?」
音楽関係では演歌と懐メロ専門のじいちゃんが、ふと僕に訊いた。ちょうど離れでお茶を…正確にはお茶菓子を戴いていたときで、師匠の話を無碍に聞き流す訳にもいかなかった。
「…確か、チャイコフスキーの白鳥の湖だと思うよ」
「んっ? チャコフスキーの白鳥の舞、か…」
僕は、違う、違う! とも言えず、思うに留めた。
「なんか心が落ちつくのう…」
「そうだね…。愛奈に母さんが聞かせてるんだ」
「ほう、未知子さんがな。あの人のやることだ、間違いはなかろう」
「音感教育とか言うそうだよ」
「音感教育か…それは大事だな。恭一のようになれば偉いことだからな、はっはっはっ…」
じいちゃんは急に顔を真っ赤にして笑いだした。父さんの音感がかなり悪いことは、彼のハーモニカで僕も熟知していたが、じいちゃんは、そのことを言ったのだ。
チャコフスキーの白鳥の舞? が流れると、タマも玄関のポチも動→静へと行動が変わるのは不思議に思えた。ただ、じいちゃんは益々、目が爛々(らんらん)と輝いて行動的になるのだった。僕は、といえば、全く変化はない。音感教育など、必要なしなのである。
第十七話 完




