☆第十六話 しみじみ
今年も一年の汚れを掃き消すかのように除夜の鐘がグォ~~ンと鳴っている。皆、しみじみとその音に聞き入る。そこへ愛奈が洩らしたのかオギャ~~! とくる。全員に一瞬、笑みが零れ、母さんは乳幼児ベッドへと走る。去年まで僕、いや、誰もが知らない場面が展開されていく。それでいて、誰もがそのことを話題としない。特別ゲストがレギュラーの席を占めることがそう遠くないことを皆、分かっているからだろう。
「今年も絶妙の味ですな…」
年越し蕎麦を啜りながら、じいちゃんが小声で言った。母さんは乳幼児ベッドにいるのだから聞こえるはずもない。父さんが、そう言おうとして、やめた。触らぬ神に崇りなし…か、と僕には、しみじみ思えた。じいちゃんもミスにすぐ気づいたのか、罰悪く黙った。年が変わる前に、こうして、しみじみするのは何故だろう…と蕎麦の残り汁を吸いながら、しみじみ思った。その半面で、まだあるかな…と追加の蕎麦を催促する気持もあった。
「…少し違いますね。向こうのは」
「ああ、あれは賞金寺の鐘だ。鐘にも、いろいろある。お前とわし、正也がいるようにな…」
父さんは語らず、黙って頷いた。我が家での年越しは静かで、しみじみとしている。テレビをつければ、ワイワイと浮かれて楽しいのだが、それでは味がない。囲碁でも九段の偉い先生がそう語っておられたが、味がないのだ。…ちょっと意味が違うようにも思えるが、まあ、いいだろう。
母さんも愛奈が寝入り、テーブルへと戻ってきた。
「もう少しある?」
蕎麦のお代わりを催促すると、「あるわよ。ちょっと冷めたかしら…」と言いながら、母さんは、また立った。やれやれ…の母さんをまた立たせた僕は、しみじみと罪悪感を抱いた。自分でやりゃいいじゃないか! と普段は湧かない心が怒っていた。
「あっ! 母さん、もういいや…」
「そう? …あるけど。変な子ねぇ」
母さんは少し温めた鍋を持ってきた。僕は蓋を開けて戴いた。口と行動が真逆だった。じいちゃんが笑い、父さん、母さんも笑った。
「ご遠慮、召さるな、正也殿!」
じいちゃんのお武家言葉が炸裂した。僕はまだまだ人間が出来てないな…と、しみじみ思った。また除夜の鐘がグォ~~ンと鳴った。タマがビクッ! と目を開けた。
第十六話 完




