☆第十一話 早いもので…
愛奈が生まれたのは今年のお正月が過ぎた頃で、まだ世間にお目出度さが残る寒い日だった。だから初春とはいえ、冬将軍がどっしり居座る真っただ中で、その冬がふたたび巡ってきた訳だ。常套句として、早いもので…と言うが、まさに、それだった。少し世間のことが分かってきたのか…いや、まあそんなことはないと思うが、彼女も少しは我が家の一員として馴染んできた。今や、離乳食を食べることで存在感が一層、増している。
「ほれっ! じいちゃんだ…」
相変わらずじいちゃんは赤ん坊が苦手なようで、あやし方が、ぞんざいである。母さんは父さんのように嫌な顔も出来ず、苦笑していた。しばらくすると、いつもなら邪魔な父さんが書斎から出てきたのを幸いに、母さんは声を投げた。
「あなた! ちょっとこっちへ来て! 私、昼ごはんの準備するから…。正也も手伝って!」
部外者としてのんびり構えていた僕に、とんだお鉢が回ってきた。このお鉢は骨董として悪い方だ。早いもので…時計は昼前を指していた。どうも休みの一日は、のんびり気分で時の経つのが早い。父さんは修理できず、結局、パーツを買い換えた電気炬燵に潜り込んで煎餅を齧り始めた。早いもので…半ば袋を平らげたとき、じいちゃんが落雷した。
「馬鹿者! 昼前に…。正也ならともかく、お前は…」
怒り心頭に発したのか、じいちゃんの声が止まった。父さんが母さんの声を無視したのは久しぶりの勇気だったが、じいちゃんがいたのは彼の手抜かりだったろう。渋々、重い腰を上げて愛奈を引き受けたから、話はそれでお終いになったが、危ういところだった。我が家はじいちゃんの被災を免れ、壊れることも燃えることもなかったから、やれやれだ。
昼食が済むと、上手くしたもので、じいちゃんの機嫌もすっかり元に戻った。早いもので…話題の主の愛奈は母乳を鱈腹飲んでスヤスヤ…だ。外は粉雪が舞いだしたが、我が家は床下暖房と炬燵でポカポカだ。タマもポチものんびり寛いで横たわっている。平和な日々を有難く思わねば罰が当たるだろう。日本は、いい国なのだから…。
第十一話 完




