☆第十話 みんなの癖
父さんの悪い癖といえば、これはもう、曖昧に暈して返事することに尽きる。それは、ここ最近、俄かに始まったことではない。辿ってみれば、その主体性の無さは、僕が物心ついた頃から変わっていないように思える。
「今度こそ、終りか…」
じいちゃんが外した注連飾りが部屋の片隅に置かれている。父さんはそれを横目で見ながら、誰に云うともなくボソッと呟いた。家の表と裏口、それに神棚のもの、加えて、三方に乗せたウラジロなどの正月ものは、ひと纏めにして明日の左義長(どんど焼きとか、地方により云い方が違うらしい)で燃されるのだ。僕はそれを神社へ持っていこうと新聞紙に包み、紐で括りつけていたところだった。そこへ、父さんが通り掛かったという塩梅だ。じいちゃんは幸いにも離れへ行って不在だったから、思わず口から漏れたひと言のように思えた。
「それじゃ、これから持ってってくる…」
「ああ…」
僕は父さんとは違い、主体性と責任感を今後も維持したいから、すぐ家を出た。そこへ、離れからじいちゃんが現れ、一緒に行くと云う。
「いやな、儂も左義長の飾り付けを神主さんに頼まれたんだ…」
歩きながら、じいちゃんは僕にそう云った。
「父さんは左義長で見たことがないね」
「ああ…恭一なあ。あいつは行事には無頓着だ。そのくせ、宴会などはその真逆だがな…。お蔭で、儂が正也にいつも云ってる安定したヒラだ、ははは…」
思い出したように、じいちゃんは小さく笑いだし、次第にボリュームを上げて大笑いした。確かに、じいちゃんが云うように、父さんの安定感は抜群で、他者の追随を許さない。
日曜の翌朝、左義長も終って家へ帰ると、じいちゃんが頭を撫で回しながら母さんと談笑していた。毛のない頭を撫で回すのは、じいちゃんの癖だ。これは、父さんとは違い、悪い…とは云えない性質のものである。ただ、撫で回した後で僕に触れるのは、やめて貰いたい、とは思う。その頭のオリジナルの光沢は、某メーカーの洗剤Xで拭いた輝きを放ち、実に素晴らしい。
続いて、母さんの癖は? と考えれば、そう目立った癖はない。強いて挙げれば、父さんや、じいちゃんと話す時、「…ですわ」みたいに、少しお上品に語るところか。何故かといえば、僕の時は、そのお上品が影を潜めるから、平等に扱って欲しいという僕の願望を込めて、敢えて癖と云わせて貰う。
『さて、どんじりに控えしはぁ~~』と、じいちゃんに聞いた白浪五人男の口上のように僕のことを云うなら、こうして家族のことを観察眼をもって記録し、更にはそれを、読者の方々に、延々と書き連ねるという、何とも嘆かわしい癖を有している、と書かざるを得まい。だが、大方は事実であり、多少のオーバー表現はあるものの、温かな我が家の一コマなので許して戴きたい。
第十話 完




