☆第一話 本音
朝起きると、初霜が降りていた。庭や家の前の畑は白々と輝き、白砂を敷きつめたようだった(と、いうのは少しオーバーな建て前上の云い回しなのだが…)。
「フゥ~。ひと汗、掻くと気分がいい…」
僕に云うでなく、上半身裸で汗を拭きながら、じいちゃんが笑顔で呟くように云った。じいちゃんの身体からは湯気が出ていて、それが朝陽に照らされて昇っている。僕は丁度、洗顔を済ませた後、タマとポチに餌をやり終えたところだった。洗い場で手を洗っているところへ、じいちゃんが庭からやってきたのだ。じいちゃんは手拭いを湧き水に浸けて絞ると、また身体を拭いて気持ちよさそうに云った。
「おい正也! 明日から恒例の寒稽古だったな。…いつもより三十分、早く起きろよ」
「うん! 分かってる」
嫌だ! と本音を漏らせばいいのだが、毎年この時期に付き合わされる半慣習的な行事なので、敢えて逆らうことなく今年も、じいちゃんに奉仕することにした。いつぞやも云ったと思うが、事を荒げたくないその場凌ぎの性格は、たぶん、父さんの遺伝子によるところが大だと思う。だが、よくしたもので、じいちゃんの遺伝子は父さんから僕に繋がり、運動神経は、まあ程々である。剣道も時折りやっている内に、今や一級である。頭の方も頗る好調で、これは母さんの遺伝子によるものだと断言でき、天才少年、現る! と、地方新聞の紙面を賑わせた程の出来ようなのである。担任の丘本先生などは、僕の知能を高校生並みなどと持ち上げる。これは決して自慢ではないのだが、話題にすること自体が自慢だと思えるから、反省して読者の皆様にはお詫びしたい(などと云うけれど、実はこれも僕自身をよく見せたいという本音の心が云わせるものなのである)。
「別にペコペコされたくもないさ、ハハハ…」
と、父さんは食事中、母さんに笑って暈した。別に出世しなくともいいと云いたいのだろうが、彼の心の奥底は大見えで、そう云うことで見栄を張り、自分を自分で慰めている節がないでもない。
「そうは云うがな、恭一…」
と、じいちゃんはそこ迄を云い、珍しく口を噤んだ。じいちゃんは本音で語ることが多いから、今夜は精一杯の我慢なのである。
「別に気にしてませんから、お義父さま…」
と、母さんは繕い、微笑んで僕の顔を見た。彼女の内心には、あなたの不出来な分は正也が補って余りある…という本音が見え隠れする。
夕食後、ゴルフのクラブを居間で磨く父さんに、「おう、よく光っとるな。某メーカーのツヤ出しZだな」と、じいちゃんが声を掛けた。
「はい、助かってます…」
と素直に父さんは小声で返した。その小声の奥には、恐らく次に浴びるであろう嫌味を未然に回避する緊急避難的な彼の本音が隠されているのだろう。
大人は建て前で生き続ける。僕は本音で生きたい…と、頑張っている。 第一話 完