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3話  友人

 オクトが産まれてからもうすぐ3年が経とうとしていた。

 俺は楽屋でオクトを抱きかかえながら、月日の早さを感じた。子供に子供が育てられるのかと心配だったが、何とかなるものだ。

 

「ママはもうすぐ戻ってくるからな」

 よしよしとあやしていたが、実際の所あやす必要のないぐらいオクトは手のかからない子供だった。成長が早くてという意味ではない。むしろその反対でオクトの成長はかなり遅く、いまだに発語がなかった。さらに上手く2本足で歩く事も出来ない。

 しかし母親が居ないからといってぐずって泣くという事もなかった。笑ったりはするので感情がないわけではないようだが、とても大人しく、よく眠る子供だ。夜泣きなどもほとんどないに等しい。

 ノエルはたぶんエルフ族の血が強くでたのではないかと言っていたが、俺はエルフ族が今一分からないので何とも言えない。ただ、まったく成長をしていないというわけではないし、知能が低いというのとも違うようなので、気長に待てばいつかは歩いたり喋ったりし始めるだろう。

李威リイもだんだん、おじいちゃんが身についてきたわね」

「……せめてお父さんにてくれ」

「あら。結婚早々浮気をする気?酷いお父さんでちゅねー」


 風香が自分の腹を撫ぜながら話しかけた。

「……どうしてそうなるんだ。大体、俺がおじいちゃんだったら、風香はおばあちゃんだぞ。いいのか、それで」

「私を婆と呼んだら、即離婚だからね。子供は私が育てるんでご安心を」

 本当にどうしてそうなるんだ。

 女には勝てない。そう言った父を思い出し、俺は負けを認めた。いや、この場合はきっと負けるが勝ちだ。そうでないとむなし過ぎる。


 俺は去年、風香と結婚をした。

 いつの間にか俺が惚れてしまい、ダメ元で告白した結果だ。いつも虐めてくるので、無理だと思っていたのだが、何故か断られず現在に至る。いや、嬉しい誤算だから別にそこに文句があるわけではない。でも恋愛は惚れた方が負けというので、告白した時から負けているようなものである。

「冗談はそれぐらいにして。それにしても、オクトは本当にいい子ね。混ぜモノってみんなこうなのかしら?」

「どうだろうな。そもそも混ぜモノと言っても、同じ種族というわけじゃないから比べる事も出来ないだろうしなぁ」

 オクトは産まれた時のように、テントを壊すなんて事はないが、成長は遅いし相変わらず不思議な生き物である。ノエルは個性だと言って全く気にしていない様子だが、それぐらい豪胆でなければ育てられないのかもしれない。オクトはある意味運がいい。


「団長、聞いて聞いてっ!!」


 突然テントの外からノエルの大きな声が聞こえた。どうやら、歌姫としての公演が終わったらしい。バタバタと大きな足音が聞こえる。

「お前なぁ。一児の母なんだから、もう少し落ち着きを持ったらどうだ」

「母である事と落ち着きとどういう関係があるって言うのよ。じゃなくて、そんな事はどうでもいいの。団長、凄くいい人材発見したの!!」

「人材?」

 ノエルがつかんだ腕の先には、黒髪の男のような格好をした女がいた。腰に剣をさげているので、傭兵かなにかだろう。

「私はそういうつもりは……」

 どうやら無理やりノエルに引っ張ってこられたらしい。何年経ってもノエルは相変わらず、子供っぽい。無邪気に腕を引っ張るノエルの手を、女も振りほどく事ができなかったのだろう。その気持ちはよく分かる。


「あのね。私が歌い終わった後に、変な男のヒトに襲われそうになったんだけど、たまたま近くに居たアルファが助けてくれたの。凄い剣の腕前だったわ。それにアルファは綺麗だし、きっと剣術……剣の舞を舞台で踊ったら、凄い人気がでると思うの。絶対スカウトするべきよ」

「あー……うちの者がすまなかった」

「いえいえ」

「ちょっと、何で団長が勝手に謝るのよ!!」

 ノエルは地団太を踏みながら、ぷくっと頬を膨らませた。


「あのなぁ。無理やりスカウトだって言ってテントの中に連れてきたら、彼女も迷惑だろうが」

「どうしてよ。アルファは迷惑だなんて一言も言っていないわ」

「どうしてってなぁ……」

 皆が皆、ノエルのように馬鹿正直ではないんだが、どう伝えるべきか。一番いいのは、彼女に直接言ってもらうのだが……俺はチラリとアルファと呼ばれた女性を見た。子供に嫌われるのは気分がいいものではないだろうが、一番時間のかからない方法でもある。


「だってアルファには、子供がいるもの。子連れで傭兵は大変だと思うわ。その点ここなら子守できる大人が何人もいるし、危険だって少ないわ」

「かあさん、はえーよ」

 腰に手をやってどうだとばかりにノエルが反論していると、その後ろから黒髪の子供がよたよたと走ってきた。子づれというのは間違いないらしい。


「クロが居たら、傭兵家業って大変だと思うの」

「父親は――」

「そんな野暮なことを聞いたら駄目だと思うわ。男なんて、いつだって当てにならないもの」

 当てにならないって、男の俺に言われてもなぁ。

 しかし野暮というならば、何らかの理由できっと、片親だという事だろう。ちらりと当事者であるアルファを見たところで、彼女もまた目を大きくしている事に気がついた。自分から申告したわけではなさそうだ。


「どうして……」

「女の勘よ、女の勘」

「野生の勘の間違いじゃ……イタッ」

 あまりに似合わない単語に、うっかり本音が漏れ、俺はノエルに背中を叩かれた。

「ちょっと、オクトがいるんだからじゃれないの。危ないでしょう」

「落としたら怒るわよ」

 確かに口を滑らせたのは俺が悪いが、なんで俺が責められるんだろう。この場合、叩いたノエルも悪いはずなんだけどなぁ。 

「……落とさんさ。それで、女の勘だけで連れてきたのか」

「うん。そうよ」


 ああ。頭痛がする。

 どうしてそんなに自信ありげにいられるのか。

「うちの団員が迷惑をかけたな」

「だから迷惑じゃないって言っているでしょう?!クロはここに居たほうがいいの。アルファはどう思う?」

 アルファは困ったように子どもを見た。

 やっぱり俺には女の勘というより、野生の――精霊の勘に思えてならない。

「私は……もちろん、ここに置いていただければありがたいですが」

 

「ほらみなさい」

 ノエルは胸をそらして、俺を挑戦的に見てきた。アルファが同意して、さらに自信がついたようだ。困っているようだし、本当に剣の達人ならば、俺だって雇ってもいいと思う。

 しかし何故だろう。俺の野生の勘は、アルファとクロの存在が厄介ごとだと示していた。ノエルが持ち込んできたからだろうか。

 髪と目が黒いという事は黒の大地出身だろう。あそこなら、何かかしら職があるはずだから、あえて旅芸人をする必要はない。それなのに、旅芸人をわざわざ選ぶという事は何かしらの理由があるはず。はたしてそれは何なのか。

「かーさん?」

 子供が不安げにアルファを見上げた。俺の考えている事が伝わったのかもしれない。しかし俺もこの一座を……子供を守る義務がある――。

 

 突然バシッと頭を叩かれた。


「変なこと考えているんじゃないでしょうね」

「は?」

 彼女達は真面目に俺の頭をサンドバックと勘違いしているんじゃないだろうか。一応風香は手加減してくれたようだが、俺の思考が一時停止する程度の力はあった。

「李威は、何にも難しい事を考えない、能天気な熊さんでいいのよ。私が好きなのは、そんな熊さんなんだから」

「それだと、俺がアホみたいだが……」

「アホじゃなかったの?」

「アホでしょう」

 ノエルと風香は、俺が傷つかないヒトだと思っているんじゃないだろうか。


「でもそこがいいから、貴方は団長なのよ。それにうちの団員甘く見るんじゃないわよ」

 まあ確かに難しく考えたって仕方がない。きっとなる様になるだろう。風香をはじめ、ここの団員は自分に降りかかる火の粉をはらえる程度には強い。いままでだってそうやってきたのだ。

 来るものは拒まない。それがグリム一座だ。

 俺は小さくため息をついた。


「それで、アルファは剣の舞は本当にできるのか?」




◆◇◆◇◆◇





 

 新しく入ったアルファは、ノエルとは違い、色々な事を器用にこなす女だった。剣の腕は確かだし、家事なども普通にできる。女らしさの少ないさばさばした性格だが、ノエルと気があったようで、行動を共にする事が多かった。

 また息子のクロも同じく器用な性質のようで、客によく可愛がられている。またノエル達にお兄ちゃん扱いされるのが嬉しかったらしく、オクトの面倒をよくみていた。


「オクト、これ、さっきもらったんだ。はんぶんやるな」

「うー?」

 無事に3歳を迎えたオクトは、クロから貰った焼き菓子らしきものをしげしげと眺めている。きょとんとした顔をしているので、それが何かが分からないのだろう。

「こうやってたべるんだ」

 クロが手本で焼き菓子を齧ると、オクトもそれが食べ物であると分かったようだ。ためらいなく口に含くむ。すると先ほどまでの無表情が一転し、オクトはほわんと笑みを浮かべた。おいしかったらしい。

「おいしいな」

 クロは笑顔になったオクトを見てにっと笑った。

 最初はお兄ちゃん扱いが嬉しかっただけだったようだが、最近はオクトを本当の妹のように可愛がっているようだ。


「仲良く遊んでいるみたいだな」

「あっ、だんちょー。こうえんおわったのか?」

「ああ。今片づけの最中だ」

「オクト、よかったな。ノエルさん、もうすぐもどってくるって」

「うー?」

 オクトはクロの言葉を理解しているのかしていないのか、きょとんとした顔で俺を見上げる。多分理解していないんだろうなぁ。

 でもまあ、分かっているか分かっていないかは置いておいたとしても、大人しく待っていた事には違いない。俺は褒めてやろうオクトの頭に手を伸ばした。しかし途中でクロに遮られる。


「オクトはオレのっ!!」

「……いや、俺のって、オクトはモノじゃなんだからな」

 クロはオクトの頭を抱きかかえると、キッと俺を睨みつけてきた。

 うーん。仲がいいのはいいが、溺愛っぷりが、ちょっといき過ぎてきているような……。オクトは、全く意味を理解していないようで、キョトンとしている。

「だんちょーは、ふーかさんがいるからいいだろ。あ、でもだんちょーは、ふーかさんに、すてられたんだっけ?でもロリコンはよくないんだぞ」

「誰だ。クロにろくでもない事を吹きこんだのは……」

 しかもよりにもよって、捨てられたってなんだ。捨てられたって。ただの噂だとしても、酷過ぎる。

 巨人族の子供を産むのは体に負担だかかるから、風香は一時的に町で暮らす事になっただけだ。それなのに捨てられたって……嘘から出た真になったらどう責任とってくれる。縁起でもない。


「サンタがそーいってたぞ」

「よし。ちょっと行ってくる。もう少し大人しくしていろ」

 俺はくだらない、根も葉もないうわさを流す悪ガキを一発殴ってやろうと思い、テントの外へ出た。三太サンタならきっと、まだ公演の片づけをしているはずだ。

 


「何を言っているんだい?!」


 公演で使ったテントの方へ向かう途中、悲鳴に近いような怒鳴り声が聞こえて俺は脚を止めた。確かこのテントは道具の保管場所だたはずだ。誰の声だろう。

 もしも喧嘩ならば、とりあえず外でやらせないと、商売道具が壊されてしまうと思いテントに近づいた。


「オクトはまだあんなに小さいんだよ。それなのに、自分が死んだ後の話をするなんてっ!!」

 アルファの声だと気がつくと同時に、とんでもない言葉に俺はテントの中に入れず立ち止まった。死んだ後の話?どうにも穏やかではない。

 本来なら中に入って仲裁するべきだが、俺の足はまるで地面に縫いとめられてしまったかのように動かなかった。

「私だって死にたいわけじゃないわ。でも私の命、そんなに長くないんだもの」

「簡単に諦めないでよっ!アンタ、母親でしょ?!」

「もちろん簡単には諦めないわ。オクトがいれば、私は無敵になれるんだもの。でもね、ちゃんと保険はかけておかないと。私はオクトに色々な道を残してあげたいのよね」

 アルファの声とは対照的に、ノエルの声はとても穏やかなものだった。きっと無邪気な笑みを浮かべ自分が死んだ後の話しているのだろう。


「アルファだって、クロの為にオクトの事を利用してもいいわよ。私も頼んでいるんだし、その方が公平よね」

「利用って……」

「クロはお父さんに似てるじゃない?絶対将来大変だと思うのよね」

 どうやらノエルは前からアルファ達の過去を知っていたようだ。もしくはアルファから聞いたのか。しかしテントの中に不自然な沈黙が落ちる。


「……知っていたのね」

「ええ。これでも聖女様って呼ばれていたんだもの」

 どうやらノエルが一方的に、アルファ達の事を知っていただけのようだ。このまま立ち聞きしていいものか迷う。一座に所属しているもの達は、知られたくない過去があるものが多い。

 仲間だが、仲間だからこそ、一線は踏み越えないようにしている。

「でもそんな事はどうだっていいわ。別に個人的に連絡取り合うような深い仲でもないんだし。それよりオクトが心身ともに成長できたら、この手紙を渡して欲しいの」

「そんな事って」

「だって、そんな事でしょう?すでに鬼籍に入っている今の私に何の意味があるというの?手紙の中身は見ても構わないわ。とにかくアルファから見て、オクトが成長したと思った時に渡して。オクトには、全てを知る権利があるから」





 俺は結局中には入らず、その場から立ち去った。

 たぶん俺に聞いて欲しければ、ノエルは直接言ってくるはずだ。言ってこないという事は、聞かれたくはないのだろう。

 その後もノエルは病気な様子もなく元気だったし、俺はノエルがそんな話をしていたことをいつしか忘れてしまった。

 そして再び思い出したのは、すでにノエルと話す事が出来なくなった後だった。

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