第五話 海底
―――――リウの乗ったネオゴーレムは、まっ逆さまに海へと墜落した。
勢いよく海へ飛び込むと、水しぶきと泡に包まれ、機体はゆっくりと海底へ落ちていく。
しばらく下へ沈降した後、深い深い海の底で、機体は大きな音を立てて着地する。
・・・・機体が止まったことを確認して、リウは静かに目を開けた。
「いってぇ・・・」
彼は片手で頭を押さえる。
海に落ちた際に思い切り頭を打ち付けてしまって、少し頭がくらくらした。
不鮮明な窓越しに周りを見ると、目の前にはただ広い海が広がるばかり。
しかもかなり深い所のようで、視界が悪くぼんやりとしか辺りが見えなかった。
「・・・なんでこんなことに・・・。」
リウはそう呟くと、耳につけていた無線機に手を当てる。
「フィラ?アンナさん?聞こえますか?」
試しに話しかけてみたが、ひどいノイズだけが返ってきた。
リウは途方に暮れてため息をつくと、目の前の操縦桿を握る。
「これ、動くかな・・・?」
操縦桿を動かす。
・・・・・・反応はない。
いろいろなボタンやらレバーなどを動かしてみたが、どれもこれも全く無反応だ。
リウがもう一度深いため息をつく。
「こんな海の底で故障かよ・・・。」
呟きながら、リウは窓から外を覗いた。
何もない、ほの暗い水中が揺れている。
すると、
「わーっ、変な機械!」
「変な機械!」
「うわっ!?」
突然視界に飛び込んできたものを見て、リウは思わず声を上げた。
2人の小さな子供が、操縦席の窓を覗き込んでいる。
「な、なんだよ、お前ら・・・!」
「あっ、人間が乗ってる〜」
「乗ってる〜」
彼女達は心底驚いているリウを物珍しげに見た。
よく見ると、彼女達に足はなく、代わりに魚が持つ尾ひれがある。
「マー・・・メイド・・・?」
リウが唖然として呟く。
マーメイド、いわゆる人魚は、古代に存在していた魔法動物である。
魔科学の衰退とともに絶滅し、現代では見ることのできない幻の動物とも言われていた。
そんな動物を目の前にして、リウはただ驚いて彼女達を見つめる。
「ほんとにいたんだ・・・・。」
「ねぇ人間、こんな所で何してるの?」
「何してるの?」
まだ幼いマーメイドの彼女達は、可愛らしい声で言った。
2人とも外見はよく似ていて、双子のようである。
リウは我に帰ると、戸惑いながら2人の問いに答えた。
「何してるっていうか・・・・ファイアバードに襲われて、海に落ちたんだけど」
「えーっ、あの怖い鳥に襲われたの?」
「襲われたの?」
「うん、まぁ・・・」
リウがなんともいえない表情で言う。
マーメイドと会話をしているなんて、変な気分だ。
とりあえず彼女達に、事情を説明する。
「仲間の所に帰らないといけないんだけど、この機体故障してて・・・・困ってるんだ。」
「ふ〜ん」
「へぇ〜」
ちゃんと話を理解してるのかが微妙だが、人魚の少女達は興味津々な様子でリウを見る。
「ねぇ、この機械って魔力で動いてるんでしょ?」
「でしょ?」
「え?・・・・いや、わかんないけど、多分」
リウが曖昧に言うと、彼女達は窓に顔を近づけて言う。
「姉様達が言ってたの。人間は皆魔力でできた機械を使って生活してるって」
「あ、そう・・・。」
「この機械、壊れてるの?」
「動かないの?」
「あぁ」
「だったら、私達が直してあげる!」
「あげる!」
「え?」
突然の申し出に面食らったリウが、驚いた声を出す。
「な、直すって・・・どうやって?」
「私達の魔力をこの機械に注ぐの。そうすればきっとまた動くよ!」
「動くよ!」
「魔力を注ぐ・・・?あっ、おい!」
そんな会話をしている間に、少女達はネオゴーレムの脇へと移動する。
すると、機体に向かって両腕をかざした。
「すべての力の源よ、我の声に応えよ。」
「我はその力を、彼の者へ分け与えんことを望まん!」
2人が声を上げると、一瞬周りは眩しいほどの光に包まれる。
一気に光が引くと、辺りはまた何事も無かったかのように静かになった。
「動かしてみて!」
「・・・・。」
明るい声に、半信半疑ながらもリウが操縦桿を握る。
「まさか、そんなことはない、よな・・・・?」
呟きながら、操縦桿を手前に引く。
すると、
「動いたー!」
「直ったー!」
ネオゴーレムは、息を吹き返したように思い通りに動いた。
「・・・・マジで?」
リウが信じられないような表情を見せる。
少女達は再び操縦席の前まで泳いでくると、嬉しげに言う。
「すごいでしょ?」
「でしょ?」
「そうだな、すげぇ・・・・。助かったよ。ありがとう」
素直に礼を言うと、彼女達は照れた様に笑った。
その時、耳につけていた無線機から、音が聞こえた。
『・・・・・ウ、リウ!聞こえるか?』
「!フィラ!?」
耳を澄ますと、雑音混じりに確かに聞き慣れた声がした。
『・・・・・坊主、聞こえるなら返事しなさい。』
アンナの声がし、リウは急いで応えた。
「聞こえてます!」
『ちゃんと生きてるわね。』
「生きてますよっ」
リウが怒ったように言うと、心配そうなフィラの声が聞こえてきた。
『リウ、お前大丈夫か?』
「まぁ、なんとか」
『とりあえず無事みたいね。機体はどう?動く?』
「さっきまで壊れてたんですけど・・・・」
そう言いかけて、窓越しに人魚達が声を上げた。
「人間、誰と話してるの?」
「ひとりごと?」
『・・・何?誰かいるの?』
アンナが少し驚いたような声を出した。
「あの、実はマーメイドに助けてもらって・・・」
『マーメイド?』
怪訝そうなフィラの声が聞こえた。
『何言ってるんだよ。マーメイドなんてずっと昔に絶滅したはず・・・・』
「それがいるんだよ。何しろ300年前の世界だからな」
『はぁっ?マジで?』
驚いたフィラの声を無視して、アンナが口を開く。
『まぁいいわ。それで、ネオゴーレムは動くのね?』
「はい」
『じゃあ後はどこで合流するかね・・・。ったく。センサーでもついてればいいんだけど』
ぼそりと愚痴を言いつつ、アンナが思案するように口を閉じた。
少しして、再び声を上げる。
『・・・この近くに三角島っていう小島があるわ。そこで合流するのはどう?』
「場所が全然分からないですよ」
『マーメイドに聞けばいいわ。マーメイドならこの周辺の海についてはほとんど知っているでしょう』
そう言われて、リウは窓の外からまじまじと彼を見つめていた人魚達を見た。
「なぁ、お前たち“三角島”っていう島、知ってる?」
「知ってるよ!」
「知ってるよ!」
元気な声で答えが返ってくる。
リウは再び無線で話しかけた。
「知ってるみたいです。」
『ついでに案内してもらいなさい。そんなに遠くないはずよ』
「わかりました」
『あ、言うの忘れてたわ。水中ではネオゴーレムを変形させておきなさい。じゃあ、発進するわよ』
「はい」
リウは視線を動かすと、人魚達が声を上げた。
「三角島まで行くの?」
「行くの?」
「あぁ。ここから三角島まで案内してくれないか?」
「いいよ!」
「いいよ!」
「サンキュ」
彼女達に向かって微笑むと、リウは操縦桿を握る。
大きな音とともに、機体は地面からゆっくりと浮き上がった。
そしてリウはアンナに言われた通り、ネオゴーレムを変形させる。
「わ〜」
「すごーい」
人魚達が歓声を上げる。
ネオゴーレムは手足が短くなり、四角い潜水艦のような形になった。
「じゃ、行くぞ。」
「はっしーん!」
「はっしーん!」
2人の人魚は、楽しそうに泳ぎ出す。
1体のネオゴーレムが、それにゆっくりとついていった。