第二話 オリジンプレート<後編>
――――――それから、しばらく経った後。
リウとフィラ、そして街で出会った男性の3人は、図書室のような背の高い本棚が並んでいる部屋にいた。
見上げると、天井は吹き抜けになっている。
男性の話によると、ここは彼の研究室らしい。
「まぁ立ち話もなんですし。座ってください」
「はぁ・・・。」
大きな机の前に座った男性に促されて、2人は小さな椅子に腰掛けた。
すると、男性が口を開く。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はノエル。魔科学研究所の所長です。よろしく」
「・・・。」
のん気に自己紹介などしている彼に、2人は拍子抜けしたような気分になる。
とりあえず2人は名を名乗った。
「・・・・リウです」
「俺はフィラ。」
「リウ君に、フィラ君ですね。――――さて、それでは本題に入りましょうか。」
ノエル、と名乗った男性は眼鏡を指で持ち上げると、話を切り出した。
「君達の話を整理すると・・・・・君達は、今から300年後の未来から来た。そういう訳ですね?」
「・・・・多分・・・・そうなんだと、思います」
曖昧な口調でリウが答えた。
「俺達のいた世界ではアーウェルトは確かに300年前に存在した王国でした。」
「ふーむ・・。」
ノエルは顎に手を当てると、2人を見る。
「君達が嘘を言っているようには見えませんしねぇ。この大都会に魔術すら使えない田舎者がいるとは思えませんし。――――とりあえず私は君たちを信じますよ。」
その言葉に、リウが少し安心したような顔をした。
すると、隣にいたフィラが半信半疑で口を開く。
「でも、信じられない。300年前の過去に行くことなんて、できるのか?そんなことが本当に可能なのかよ?」
その言葉に、ノエルがちらりとフィラを見た。
そして、机に置かれていた、あのプレートのようなものを指で叩く。
「それは十分可能だと思いますよ。――――このオリジンプレートを使えばね」
「オリジンプレート!?」
リウとフィラが、そろって声を上げた。
「それ・・・・オリジンプレートなんですか?」
「えぇ、そうですよ。しかも滅多に発見されない時空間移動型のオリジンプレートです。」
「時空間・・・・移動型ぁ?」
聞き慣れない言葉の連続に、フィラが顔をしかめた。
ノエルが言葉を続ける。
「オリジンプレートにもいくつか種類があるんですよ。時空間移動型というのは、世界でも稀にしか見つからないレアなものでしてね。その名の通り時間と空間を越えて移動することのできるプレートなんです」
「・・・・」
説明されたものの、スケールの大きさにいまいち話がつかめない2人である。
「要は、これを使えば過去に行ったり未来に行ったり、つまりタイムスリップが可能になるんですよ。」
「・・・マジかよ・・・」
フィラが信じられない気持ちそのままで言った。
――――しばらく、沈黙が流れる。
静かな空気の中、ふとリウが口を開いた。
「・・・・あの、ノエルさん」
「なんです?」
「・・・・その・・・・」
リウは言葉を濁して、少しうつむく。
そして、思い切ったように言った。
「それで・・・・もし俺達がタイムスリップしてしまったなら、俺達は・・・・300年後の未来に、帰れるんですか?」
――――リウは、真剣な表情でノエルを見た。
数秒間、空白の時間が流れる。
そしてノエルは、しっかりと2人を見据えた。
「・・・・難しいですね」
静かな言葉だった。
2人は黙ったまま、ノエルの話を聞く。
「私はあまり時空間移動型のプレートについては詳しくありませんが、時空間移動型のプレートというのは、1度使ってしまうとその能力が失われると聞いたことがあります。君達がこのプレートで過去へ来てしまったなら、もう1度これを使って未来へ戻ることは、容易ではないかもしれません」
―――――重い沈黙が流れる。
リウは握っていた掌を握り締めると、もう一度問うた。
「じゃあ、俺達は・・・・元の世界には、帰れなんですか・・・・?」
真っ直ぐと、リウはノエルを見た。
ノエルは静かにリウを見ると、ふと穏やかに笑った。
「大丈夫ですよ。君達が未来へ帰る方法がない訳ではありません」
その言葉に、堅かった2人の表情が和らいだ。
ノエルはオリジンプレートを手に取ると、話を続ける。
「考えられる方法は、このオリジンプレートをどうにかしてもう一度作動させること。基本的にオリジンプレートというのは、魔力があれば作動できるものなんです。」
「そうなんですか?」
「いや、でも時空間移動型のプレートについては例外だというのが定説なんですけどね。」
「・・・どっちなんですか?」
「はっきり言って私は専門ではないからよく分かりません」
「・・・。」
2人が訝しげな目でノエルを見ていると、彼は机の引き出しを開け大きな地図を取り出した。
「私の知り合いに、オリジンプレートについて研究している有能な学者がいます。彼に会って話を聞くといいでしょう」
ノエルは机の上に地図を広げると、ある一点を指差す。
2人は地図を覗き込んだ。
「ここが私達が今いるセルティです。ここから海を隔てた南東の方向にウェンイットという町があるんですが、彼はそこにいます。私の紹介と言えば会えるでしょう」
「その人の名前は?」
「ティズ、といいます。若い学者ですよ」
話し終えるとノエルはまた地図を折りたたみ、しまった。
すると、フィラが口を開く。
「でもさ・・・そのウェンイットとかいう町って、海を越えた向こう側にあるんだろ?そんな所までどうやって行けばいいんだ?」
「それもそうだな・・・。」
2人がそんな疑問を口にすると、ノエルが意味深に笑った。
「それは心配ありません。私のとっておきを特別に貸してあげましょう」
「とっておき?」
聞き返す2人。
リウが付け加えて訊いた。
「海の向こうまで行く移動手段があるってことですか?」
「えぇ。」
そう答えると、ノエルは立ち上がった。
「ついて来てください。――――きっと驚くと思いますよ」
「?」
2人は不思議そうに、にっこりと笑う彼を見た。