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九十九年の記憶

作者: オハラ ポテト
掲載日:2026/02/23

1999年4月横浜市内の公立高校に入学した片瀬大輔は、高山琴乃というツインテールの女の子に一目惚れした。そんなある日、大輔はハイキング中熊に襲撃される。命に別状はなかったものの、そのせいで脳しんとうを起こしたのか

ある日他人の記憶が、自分の記憶に蘇ってくる。その記憶は、琴乃の幼少期の物だった。大輔は、その記憶を頼りに琴乃との接点を徐々に増やす。運命の7月彼女は彼に8月があったら何がしたいと尋ねる。

第一章 誰かの記憶


 これは、ノストラダムスの大予言で世間が混乱に陥っていた一九九九年の淡い記憶だ。私、片瀬(かたせ)大輔(だいすけ)は横浜市内のとある公立高校に、一九九九年四月に入学した。その頃の私といえば、野球部でもいない帰宅部なのに、髪の毛をいつも坊主にしていた。そんな一重まぶたの坊主の私を、面白おかしく、女子たちはからかってきた。それで少し髪を伸ばし始めた。私は特に入りたい部活がなかったので、帰宅部になった。そんな私には、手の届かないような存在の女の子がいた。どうして手が届かないかというと、彼女は同年代の誰よりも大人びていた。だから私のようなガキを、相手にしてくれるなんて思ってもみなかった。


 彼女の名は、高山琴乃(たかやまことの)。ツインテールがよく似合う二重まぶたの美しい女の子だった。彼女はガリ勉で、部活動には入ってなかった。そう私と同じ帰宅部なのである。彼女は学校が終わると、いつも忙しそうにすぐに帰宅していた。初めはその理由がよく分からなかった。しかしひょんなことから、私は彼女の過去を知ってしまう。


 それはゴールデンウイーク中だった。私と相撲部の友人の農家(のうか)(きょう)()とで、背筋群に言ったときだった。偶然冬眠から目を覚ました熊に、私は後ろから突き倒された。その直後の記憶はなかった。後に聞いた話だったが、私を倒した熊を京悟が押し倒して、私を救出してくれたようだった。


 「おい、大輔! 大丈夫か? 聞こえるか?」

そう京悟が呼ぶので、私は目を覚ました。そこは病院のベッドの上だった。

私は腰の骨に少しひびが入ったようだったが、大けがせずにすんだようだった。

「京悟、ここは?」

私は戸惑いながら京悟に尋ねた。

「ここはって、見れば分かるだろ? 病院だよ!」

京悟は、心配そうに言った。

「京語は、あの熊に襲われなかったのかい?」

私は京悟が心配で、そう聞いた。

「押し倒しで、俺が勝った」

すると京悟は事もなげに、そう答えた。

「すげー!」

私は感嘆した。さすが相撲部だ。

「それで、お前、あの後のこと何も覚えてないのか?」

京悟は私に尋ねた。

「うん」

私は頷いた。

「そうか、まあ仕方ないな。それにしてもヒグマじゃなくて良かった」

京悟は安堵したように言った。

「いやいやツキノワグマでも、押し倒すなんて、京悟ぐらいだよ!」

私は驚きながら言った。

「そうか。そうか」

京悟は照れくさそうに言った。


 それはゴールデンウイーク明けの朝だった。突如私の記憶の中に、今まで経験したことのない、自分以外の誰かの記憶が蘇ってきた。その記憶は、大人二人が、車の前方の席で談笑している姿だった。そして私はピンク色のワンピースを着ていた。すると赤い車は衝突事故に巻き込まれ、前方の席に座っていた大人の男女が亡くなり、女の子だけが九死に一生を得た。私はとても悲しい気持ちになっていた。それは、まるで自分の両親を、この幼少期に亡くしたような感覚に陥った。


 私は朝から気分が悪くなったが、学校へと向かった。登校すると、その日に限って、琴乃はお休みだった。モデル体型で琴乃の親友、竹内安乃(たけうちやすの)は、その日同級生に琴乃のことを話していた。たまたま大輔は、それが耳に入った。

「安乃ちゃん、琴乃ちゃんて、本当はどういう子なの?」

クラスメートの女子の一人、(なつ)()淳子(じゅんこ)は聞いた。

「琴乃は、小さいとき両親交通事故で亡くしたの。それでお母さんの妹さんに、育ててもらっているの。だから家事とかを、小さいときからやっていて、今もそれが変わらないの。だから部活も入れなかったの。それに奨学金をもらわないと大学にも行かせてもらえないから、必死で勉強しているの。まあ今年の七月に何も起こらなければだけど」

安乃は事情を話していたが、急にノストラダムスの大予言を思い出したようだった。

















第二章 席替え


 翌日琴乃は、何事もなかったかのように登校していた。安乃をはじめ、クラスメートの女子たちは喜んでいた。

「琴乃、心配したよ! もう体調は大丈夫なの?」

安乃は琴乃に尋ねた。

「うん。もう大丈夫よ」

琴乃は返事をしたが、どこか顔が引きつっているように私には見えた。しかし安乃はそれに気づいていなかったようだ。

「そっか。それなら良かった!」

安乃は喜んだ。琴乃は年齢の割には大人びていて、周囲の人たちをいつも惹き付けていた。しかし彼女は何かを背負って隠しているように、私には見えた。どこか周囲の人たちを気遣うあまり、自分のことが疎かになっている。そう私には見えた。それはきっと、彼女が大人びているからこそ隠せている物なのかもしれない。私にはそう映っていた。


 この日は担任の安東(あんどう)正隆(まさたか)先生の発案で、入学してから一ヶ月経って学校生活に生徒たちが慣れたと判断したようで、思い切って席替えを実施した。私は一番後ろの窓側の席をくじで引き当てた。彼の友人の農家京悟は、よりによって先生の目の前、つまり一番前の真ん中の席を引き当てた。

「どうしてだよ! 俺も大輔の席が良かったのに!」

京悟は悔しそうにしていた。というのも、最後に残った二枚の紙くじのうちの一枚に触っておきながら、別のもう一枚の紙くじを引いてしまったからだ。残った一枚を私が引いた。

「残りくじには、福があるね!」

私は、京悟をからかって言った。

「お前のくじ、本当は俺が触っていたのに! 畜生!」

京悟はなおも引きずっていた。

「まあ、一番勉強に集中できる席じゃないの」

私は、他人事のように言った。

「バカやろう! 俺が一番前だと身体がでかくて、後ろの奴らが、黒板が見えなくなって困るだろ!」

なおも京悟は言った。

「まあ、京悟のおかげで真後ろの奴は、授業中眠れるかもね!」

私は言った。次に女子たちがくじ引きをしていった。すると私の隣の席が、なんと琴乃になり、安乃は京悟の左斜め後ろの席になった。私ははじめてドキドキし出したが、琴乃は何気なく私に挨拶しただけだった。どこか近所に引っ越して来た人の挨拶のようだったが、琴乃に声をかけられ、私は何となく嬉しかった。

「片瀬君、よろしく!」

琴乃は微笑んだ。私はハート目になった。

「こ、こちらこそ、高山藩!」

私は緊張のあまり、声が裏返って、敬称を付け足すところを藩と言ってしまった。

「やだ! 時代劇みたい! ふふふ」

琴乃は思わず笑ってしまった。私は、琴乃がこんなに笑う女の子だとは思ってもみなかった。琴乃の笑顔は、いつにも増して綺麗だった。こうして私と琴乃は仲良くなっていった。


 そんな五月下旬のある日だった。琴乃はいつにも増して、寂しそうな顔をしていた。私は授業中、外のグラウンドを窓から見るふりをして、窓に映った隣の琴乃の表情を盗み見た。放課後、私は琴乃に声をかけた。

「高山さん、今日元気ないね」

不意に私は琴乃に言った。

「分かるの?」

琴乃は驚いたように私を見て、ツインテールにしていた髪をほどいた。そのストレートの黒髪に、眼鏡の奥の潤んでいる瞳が、妙に美しかった。

「何となく」

私は答えた。

「そっか。実は、今日が両親の命日なの。私が小学校低学年の時に、お父さんとお母さんとドライブに行ったら、交通事故に遭って私だけが助かったの。どうして私も連れて行ってくれなかったのかな?」

琴乃の瞳は、今にもダムが崩壊寸前のような涙雨で、甘露の雫が溢れてきそうになっていた。

「僕は、高山さんがその時行かなくて良かった! だって今こうやって、高山さんに出会えたから!」

私は一気に言った。

「ありがとう! 片瀬君、優しいのね! そんなこと言われたことなかったから、嬉しい!」

琴乃は私に感謝した。

「そうなの?」

私は聞いた。

「うん。私ずっと、お母さんの妹のおばさんに育てられてきたの。いつも家事をしなくちゃならなくて、誰かとゆっくり話す暇もなかったから」

琴乃は答えた。

「竹内さんともゆっくり話せたりしていないの?」

私は、琴乃の親友の名前を口に出した。

「安乃とは幼馴染みで、いつも一緒だった。けど私たちは、まったく正反対なの。安乃は背が高くて、スポーツも得意。私には真似できない。性格も正反対。安乃はサバサバしていて、私はどちらかというと、ジメジメしている。だから時にはぶつかることもあって。あまり私、深いことを安乃とは言い合う自信がなくて。深いことを言って、喧嘩になるのも嫌だし。でも、片瀬君なら、話せるような気がするの。不思議だな」

琴乃はしみじみ語った。私と農家京悟も、全然性格が違うけど、仲が良かった。けど確かに、京悟に本音で話せたことって、それまであっただろうか? ふと私も考えてしまった。























第三章 琴乃の葛藤の記憶


 翌朝私は、また誰かの記憶が蘇ってきた。その記憶は、また誰かの幼少期の記憶だった。それはおばさんの家事手伝いをしている女の子の記憶で、自分だけが遊びに行けない不満の記憶から始まった。しかしそのおばさんは、彼女が他の子たちよりも早く自立する日が来ることを見越して、家事手伝いをさせているようだった。初めはそんなおばさんの気持ちも分からず、すねていた記憶。しかし年齢を重ねるにつれて、そのおばさんの気持ちを理解し出す彼女。今はそんなおばさんへの感謝の思いでいっぱいの気持ちだった。だから部活に入れなかったが、後悔していないようだった。そしておばさんを楽にさせるために、特待優秀奨学生を目指して、勉強に励む彼女。うん。ちょっと待った。この記憶って、もしかして!


 私は驚いた。まさしくこれは琴乃の記憶なのではないか? そんな疑念が私にわいた。しかし本当にこれが琴乃の記憶だとしたら? この日から私は琴乃を、今まで以上の尊敬の念を持って見だした。こんな未熟な自分など、彼女に相手にされないだろうと私は思った。


 しかしそれでも私の頭の中は、琴乃のことでいっぱいだった。私は記憶の持ち主である可能性が高い琴乃に、そのことは言えなかった。それで誰かに相談しようと思い、友人の農家京悟に、記憶のことを相談した。

「京悟、話がある。放課後帰るとき相談に乗ってくれない?」

私は懇願した。

「一時間五千円な」

京悟は私をからかった。

「そう言わずに、京悟さん、頼むよ!」

私は下手に出た。

「まあ、しょうがないニャン、お前の頼みなら聞いてやるよ!」

校庭に入ってきた近所の猫を見ながら、京悟は偉そうに言った。


 放課後ひかりが丘団地商店街に向かって帰宅途中、私は今までの記憶のことを正直に京悟に話した。

「お前、それいつからだよ?」

京悟はぶっきらぼうに聞いてきた。

「えっと、ゴールデンウイーク明けてからかな」

私は答えた。

「やっぱな?」

京悟は言った。

「え?」

私は驚いた。

「あのとき熊に襲われてからだな。お前記憶がいっときぶっとんだだろ?」

京悟は真面目な顔で聞いてきた。

「うん」

私は頷いた。

「そんなことがあるのか? 不思議だな。お前その記憶の主には、そのことをまだ話していないだろ?」

京悟は怖い目つきで言った。

「うん」

私は答えた。

「絶対に彼女には言うなよ! もしそのことを話したら驚くし、お前のことを不審者扱いするから、絶対に彼女には言うなよ! いいな?」

京悟は念を押して、私に圧力をかけながら言った。

「分かった」

私は一言答えた。

「そこでだ。大輔! お前は彼女の記憶があるが故に、彼女が好きならその能力を絶対活かせよ!」

京悟はさらに熱を帯びてきた。

「どういうこと?」

私は京悟に尋ねた。

「お前は鈍感な奴だな! 好きな人の記憶があるなら、それを活かして彼女と話せばいい。ただしその記憶を悪用するなよ!」

「分かったよ。そういえば京悟? 僕の好きな相手が琴乃ちゃんって、いつ分かったの? まだ京悟には言ってなかったはずだけど」

私は京悟に尋ねた。

「お前は、俺と何年の付き合いだよ? 俺たち幼馴染みだろ? お前の顔色見てりゃ、すぐ分かるさ!」

京悟はあっけらかんとして言った。

「そんなものなのか? 気をつけなきゃ、京悟の前じゃ!」

私は幼馴染みとはいえ、京悟がそこまで自分のことを分かっているとは思ってもみなかった。


 それは六月の初旬だった。世間は一ヶ月後の一九九九年七月のことで話題は持ちきりだった。ノストラダムスの大予言によると、この年の七月で人類は滅亡すると言われていた。あと一ヶ月で人類が滅亡するなら、その前に思い切って琴乃に告白しようと私は思った。私は琴乃へラブレターを書き、放課後彼女に直接渡した。

「高山さん、この手紙後で読んでください。七月になる前にだけど」

私は緊張しながら手渡した。

「ふふふ。何それ? 七月になる前には読むし、何なら今夜読む」

琴乃はそう言って微笑んで、その場を後にした。


 どうせあと一ヶ月の命なら、今のうちに青春しておこうと私は考えた。もしもノストラダムスの大予言なんてなかったら、小心者の私がこんなにも大胆にはなれなかっただろう。私は勢いで琴乃に告白してしまった。

























第四章 琴乃のさらなる悲劇


 ラブレターを渡して帰宅すると、私はまたも自分ではない記憶が蘇ってきた。それはとある年上の男性が交通事故に遭い、植物人間になってしまい、記憶の主が看病している姿だった。それはその男性と記憶の主と二人で海に行った帰りの出来事だった。突然二人の目の前に現れた巨大なヒグマを避けようと、ドライバーの男性が助手席のほうに向かってくるヒグマから、記憶の主を助けようと車を動かした。

「琴! 今車を反対側に動かすから!」

ドライバーの男性は言った。それを聞いた記憶の主は、さらなる恐怖にさらされる。運転席側にヒグマをおびき寄せたが、それがその男性にとって災いして、そのヒグマに車ごと運転席で全身を殴打され男性は動かなくなってしまった。まさかこれも琴乃の記憶なのかと、私は怖くなってしまった。翌日登校した私に、琴乃はラブレターに対する返事をしようとしていたみたいだったが、私の顔色が悪かったので、ためらっているようだった。

「片瀬君、どうしたの? 今日顔色悪いみたいだけど?」

琴乃は心配になって、私に尋ねた。

「何でもないよ、大丈夫だよ」

私は嘘をついた。私はラブレターどころではないと思ってしまった。

「嘘よ。顔を見れば分かるよ」

琴乃は言った

「だから大丈夫だってば!」

私は珍しく怒ってしまった。しかも琴乃に対して。

「そっか。それなら今日は早退でもいいからしたほうがいいよ」

琴乃は切なく言った。二人のやりとりを聞いていた、京悟や安乃はびっくりしていた。

「おいおい大輔、もう少しレディーには優しくしなきゃダメだぞ!」

京悟は言った。

「分かっているよ、けど……」

私はイライラを隠せず言った。

「お前もしかして?」

京悟は何かを察知したみたいだった。この日はこのまま終わり、私は帰宅した。


しかしまた別の記憶が私に蘇ってきた。昨日見た記憶の中の男性の両親らしき人たちに、記憶の主が罵倒されている姿だった。

「バカヤロー! 息子をよくもこんなことに巻き込んで!」

父親らしき人が言った。

「息子は、もう植物人間だなんて! あんまりだわ!」

母親らしき人がそう言って泣きじゃくっていた。どうやら男性は植物人間になってしまったみたいだった。

「先生。このまま植物人間のままなら、生命維持装置を外してください。私たち老夫婦には、お金がありません」

男性の両親は、断腸の思いで言った。男性も二人も経済苦で苦しんでいるようだった。このとき記憶の主の感情がだんだんと悲しくなってきたと同時に、ここまで身に起こってきた悪夢が全てトラウマになっているようだった。鮮明にそれが私には分かってきた。私にはここまで苦しんだ過去は、それまでなかった。もしこれらが本当に琴乃の記憶なら、今後どう琴乃に接していけばいいのだろうかと私は悩み始めた。その後記憶の主が、その男性を看病している姿が浮かび上がってきた。途方に暮れているようだった。
























第五章 私とクラスメートたち


 私は改めて、これらの記憶全てを友人の京悟に話した。あまりにもリアリティーがある記憶だったため、京悟は驚いていた。

「おい、それももしかして高山さんの記憶か?」

京悟は私に尋ねた。

「だとしたら……」

私が言い終わらないうちに京悟が口を挟んだ。

「だとしたら、大輔、高山さんに直接聞いてみたらどうだ?」

京悟は簡単に言った。

「いやいや、それはさすがにできないさ。そもそも高山さんにこのこと知られたら、僕が不審者扱いされるって言ったの、京悟だぞ!」

私はむっとして京悟に言った。

「ああ、そうだったな。悪い。悪い。そしたら、高山さんの友人の竹内さんに相談するのはどうだ?」

京悟は私にそう提案した。

「今度は竹内さんに僕が不審者扱いされないかな? それで高山さんにも伝わらないかな?」

私は少し怖くなってそう京悟に言った。

「俺がついている。安心しろ、大輔!」

京悟は言った。俺がついているじゃなくて俺が憑いているだろ? 私は自虐的にそう思った。


 その日の放課後私と京悟は、琴乃が帰宅した後、そっと安乃に声をかけた。

「竹内さん、今ちょっと時間あるかな?」

私は恐る恐る安乃に声をかけた。

「どうしたの、二人して」

安乃は答えた。

「いや実は……」

京悟が言おうとしたところを私は遮った。

「いや実は、高山さんのことで聞きたいことがあって」

私はそう言った。

「あ、片瀬君と琴乃って、最近仲いいよね?」

不意に安乃はそう言った。

「あ、まあ」

私は恥ずかしく、それ以上言葉にできなかった。

「それで今日は、私に何か聞きたいことがあるの?」

安乃は私たちに尋ねた。

「いや、正確には僕の記憶と、高山さんの事実とが合致しているかどうかを竹内さんに確認したい」

私は安乃にそう言った。

「ん? どういうこと?」

安乃は私に訝しげそうに尋ねた。私は今までの不可解な記憶のことを全て安乃に打ち明けた。


 すると安乃はやはり私を不審者扱いしだした。

「え、何それ? 片瀬君、もしかして不審者?」

安乃は私にそう言った。

「いや、そうじゃなくて」

私は必死に説明をしようとしたが、上手く説明できなかった。

「要するに、大輔の記憶に、誰か別人の記憶が蘇る。それもこいつがこの前のゴールデンウイークに、ツキノワグマに突き飛ばされて、記憶がおかしくなったとしか言いようがない」

京悟が助け船を出してくれた。

「どうして私が知らないことまで、片瀬君が知っているの?」

安乃は私に嫉妬したように言った。

「え?」

私はびっくりして言った。

「だからどうして私が知らない琴乃のことまで、片瀬君が知っているの? 私琴乃の友人として、片瀬君に嫉妬しているの」

安乃は答えた。

「え、そうなの?」

私はさらに驚いて言った。

「いや、でももしかしたら、全てが高山さんの記憶かどうかは分からない。だから高山さんの親友の竹内さんに聞いているのさ」

私は言った。

「でも私は、本当は琴乃の親友なのかもよく分からない」

安乃は打ち明けた。

「え、どういうこと?」

「え、どういうこと?」

私と京悟は同時に安乃に尋ねた。

「どこかね、琴乃って、私には心を全て開いてないようなときがあるの」

安乃は悲しそうに言った。

「いや、それは多分誤解だよ」

私は言った。

「どうして片瀬君にそんなこと分かるの?」

安乃は怪訝そうに私に言った。

「きっと二人は僕と京悟と同じで真逆だから、わかり合えない部分もあると思うよ。だけど真逆だからこそ、磁石のN極とS曲のように惹かれ合う関係だと思うよ」

私は答えた。

「おい、大輔、俺のことそう思っていたのか? 大輔!」

京悟は私を抱きしめた。

「よせよ、京悟!」

私は抵抗した。

「いいじゃないか、大輔!」

京悟はなおも言った。男臭い汗の匂いが私に漂ってきた。

「そっか、そういうものなのか。分かった。ありがとう、二人とも!」

安乃は私たちに礼を言った。

「あ、でもね。さっき言った記憶は、本当に誰かに聞いたものじゃなく、急に蘇る」

私は安乃に説明した。

「でも、それが本当だとして、記憶が琴乃のものだったらどうしよう?」

安乃は言った。

「それなら三人で高山さんに真実を尋ねるのがお互いにとっていいのかもしれない」

京悟は提案した。

「分かった。その提案に私乗るよ」

安乃は答えた。

「そしたらどこか喫茶店かレストランのように、落ち着いて話せる場所に移動しよう」

私は提案した。二人とも賛成してくれ、そのままレストランに行き、今後について検討し合った。翌日登校すると、隣に座った琴乃は、私に聞いた。

「昨日珍しい三人組を、レストランで見かけたの。何していたの?」

私はドキッとした。

「もしかして、それって、竹内さんと僕と京悟のことかな?」

私は恐る恐る琴乃に聞いた。

「うん、そうだよ」

琴乃は答えた。私は教室にいた京悟と安乃にも声をかけた。そして私は、今まで自分の記憶に蘇ったこと全てを琴乃に話した。

「どうしてそれを知っているの?」

琴乃は訝しげに私たちに尋ねてきた。

「じゃあ、今片瀬君が語ったこと全て事実なのね?」

安乃は急に琴乃に逆質問した。安乃はやはり少し寂しそうな顔をしていた。安乃と琴乃は幼稚園からの幼馴染みで、隠し事はないと安乃はずっと思ってきた。

「琴乃、私たち幼稚園の頃からの幼馴染みで、お互い隠し事はないと思っていたのに!」

その言葉に、琴乃は返す言葉がなく、その場で突然泣き出してしまった。そこに、担任の安東先生が教室に入ってきた。

「おい、高山を泣かせたのは誰だ?」

先生は怒鳴った。近くにいた京悟と私に先生は詰め寄った。

「私です!」

安乃は名乗り出た。先生は驚いているようだった。

「竹内、農家、片瀬、三人とも放課後職員室に来なさい!」





















第六章 三人が安東先生に怒られる


 放課後三人は職員室に行った。すると安東先生に三人とも別の理由で怒られたようだった。安乃は、親しき仲にも礼儀ありと、先生に注意されたみたいだ。どちらかというと安乃はお節介なところがあり、世話を焼きすぎるところもあったからだ。そこで先生には、本当に親しい仲なら、そばで話を聞いてあげさえすれば、いつか琴乃の方から話したくなるものだと言われ、職員室を安乃は後にした。


 次に相撲部の友人、京悟の番になると、先生は少し強めに注意したようだ。距離感を考えて、少し遠くから私や琴乃のことを見守るようにと注意されたみたいだった。そして相撲部なのだから、品格を大切にしろとも言われたようだった。


 最後に私が残った。私は先生に自分の身に起こったことを一部話した。先生は一瞬ためらったが、次のように私を諭した。

「仮に片瀬が言うことが本当だったとしても、それは直接高山には言うな。もし逆の立場だったらどう思う?」

先生は私に質問したが、私は答えられなかった。しばらく沈黙が二人を包み込んだが、先生がその沈黙を破った。

「お互い異性なのだから、そこに気をつけろという意味だ」

先生は言った。私は先生の言ったことが分かったような気がした。まだ私は大人になりきれていなかったのだと反省した。


 私が職員室を出ると、先に帰ったと思っていた安乃と京悟が待っていた。そして三人で話しながら帰った。この日は安乃の所属するテニス部も、京悟の所属する相撲部も練習が休みだったため、三人は一緒に帰れた。

「琴乃のおじさん、おばさんは、知っているかもしれないけど……」

安乃は琴乃のおじさん、おばさんについて話始めた。するとちょうどスーパーから坂を自転車で下ってくる女性がいた。

「おばさん!」

安乃は、その女性に声をかけた。

「あら、安乃ちゃん」

その女性も安乃に返事をした。

「噂をすれば……」

安乃が言いかけた。

「あら、私の噂話? 悪い話じゃなければいいのだけど」

おばさんは笑いながら言った。その目元がどこか、琴乃によく似ていた。

「もしかして、高山さんのおばさんですか? 僕はクラスメートの片瀬です。隣にいるのが僕の友人の農家です。よろしくお願いします」

私は自分のことと、京悟のことを言った。

「あら、みんな琴乃のクラスメートなのね! 私は徳野聡子。こちらこそ琴乃のことをよろしく。 あの子私に似て、不器用なところがあるから」

聡子は言った。

「え、おばさんも不器用なの?」

安乃は聞いた。

「そりゃそうなのよ。血がつながっているからね!」

聡子は笑いながら言った。そのえくぼが、まさに琴乃のえくぼと瓜二つだった。

「そういえば、琴乃を見なかった?」

聡子は私たちにそう聞いた。

「え、とっくに帰ったはずだけど、おばさん!」

安乃が驚いて言った。私も京悟も驚いた。

「おばさん心配だから、ちょっと先に行くね! じゃあもしあの子を見つけたら、私が心配してったって言ってね!」

聡子が言った

「分かった、おばさん! 言っておくよ!」

安乃はそう答えて言った。おばさんは安心したのか、そのまま行ってしまった。


 「私、だいたい琴乃の行きそうな場所分かるよ! おばさんには言えなかったけど」

安乃は私たち二人に言った。

「え、どこなの、竹内さん?」

私は聞いた。

「四季の森公園! 神奈川県立四季の森公園よ!」

安乃は言った。

「あ、そういえば、蛍の季節だぞ!」

京悟は言った。六月も下旬になっていた。まもなく七月。

「そうか! 四季の森公園か! 蛍でこの時期は、夜人が集まるよね!」

私は言った。神奈川県立四季の森公園の六月下旬の夜といえば、蛍舞う夜なのである。もしかして来月七月、ノストラダムスの予言が当たったら、最後の蛍舞う夜になるかもしれない。きっと琴乃も、そのように考えているのかもしれない。だとしたら、そこ四季の森公園にいる可能性が高い。

「よっし、じゃあ行ってみようか! 四季の森公園! 今から!」

私は意気軒昂に言った。

第七章 蛍舞う夜


 そこにやはり琴乃はいた。三人はそっと彼女に近づいていった。辺りはちょうど暗くなり始めていた。もう一九九九年六月の下旬である。

「琴乃」

安乃が琴乃に声をかけた。

「安乃、片瀬君、農家君、どうしてここが分かったの?」

琴乃は安乃に尋ねた。

「どうしてって、私たち幼馴染みでしょ! それくらいは分かるよ、琴乃!」

安乃は答えた。

「そっか。そうだよね」

琴乃は納得しているようだった。

「それで琴乃。さっきはごめんね」

安乃は謝った。

「ごめんね、高山さん」

私も謝った。

「ごめんな、高山さん」

京悟も謝った。

「三人とも、もういいよ。三人が謝ることじゃないよ」

琴乃はそう言って、突然笑い出した。


 「私逃げ出したかったの」

琴乃はそう言った。

「逃げ出したかった?」

私は復唱した。

「うん。もっと遊びたかったし、青春もしたかったの」

琴乃はずっとひた隠しにしてきた思いを吐露した。

「うん」

私は頷いた。

「でもね。私、他の子より早く一人暮らしをするかもしれないから、聡子おばさんは私に家事を早く覚えて欲しかったみたいなの。だから私には時間がなかった。私だって、思春期の女の子だよ。時には現実から逃げ出したくなる。それが今だったの」

琴乃の瞳には、うっすらと光るものがあった。琴乃は続けた。


 「もしかしたら来月で、地球が滅びたら、私は青春をせずにこの世を去ることになるの。そんなの絶対嫌なの。大人はそんなこと信じていないかもしれない。でも青春時代を生きる私にとって、これは重大問題なの」

琴乃がそう言うと、暗がりを照らすように、蛍が舞い始めた。いや、正確には、そこにいた蛍が暗くなったから目立ち始めただけなのかもしれない。

「きれいね!」

琴乃は三人に向かって言った。


 三人とも同感だったが、一人京悟だけが蛍を隠れて採集していたのを、私は見てしまった。私は京悟に、蛍を採集したらダメだと言ったが、彼は聞き入れなかった。それどころか家に持ち帰って、部屋を暗くして解き放つのだと言って、そのまま帰ってしまった。


 後で聞いた話だが、次の日京悟は蛍のことを忘れて、そのまま登校してしまった。すると彼の部屋に掃除に入った母親が、変な虫がうじゃうじゃ彼の部屋にいると勘違いして、掃除機で蛍を吸い取ってしまったらしい。まさに蛍の墓場であったようだ。


 私が京悟と別れて戻ってくる頃には、琴乃と安乃は和解していた。二人は談笑していた。すると安乃は私に気づいた。

「あら農家君はどうしたの?」

安乃は私にそう聞いてきた。

「京悟なら、先に帰ったよ」

私は答えた。しかし京悟の悪行を、私は言えなかった。

「そっか。じゃあ私もそろそろ帰る。じゃあね。また明日ね!」

安乃はそう言った。

「うん。じゃあね。安乃!」

琴乃は言った。

「また明日! 竹内さん!」

私も言った。そうして私と琴乃は、二人きりになった。そのことを思い出し、私は次第に緊張しだした。


 安乃がいなくなると琴乃は突然私に謝りだした。

「片瀬君、ごめん」

琴乃は私に謝った。

「え?」

私は初め何のことか分からなかった。

「手紙のこと」

琴乃は一言付け加えて言った。

「あ、そうだよね。ごめん。いいよ。いいよ。僕はまだ高山さんみたいに大人になりきれていないし、頼りないよね?」

私は琴乃にそう言った。

「いえ、そうじゃないの。私、好きな人がいて、その人が最近亡くなって。今はもう何も考えられなくて。ごめんなさい。片瀬君」

琴乃はそう言った。やはり彼氏がいたみたいだった。

「そっか。分かった」

私は言った。

「彼事故で植物人間になってしまったの。ずっと看病していたけど、彼のご家族には生命維持装置にかけるお金がなく、彼の命を諦めざるを得なくなったの。それで生命維持装置を外して、彼は天国へと旅立ったの。どうしてお金のある人しか生き残れないのかしら。お金がない貧しい人は死ななければならないなんて、不公平よ」

琴乃は、苦しい胸の内を私に明かした。

「そうだよね。僕もその話を聞いてそう思うよ」

私は賛同して言った。

「ごめんね。そういうわけで今は付き合えない」

琴乃はそう言って、私のラブレターへの返事をした。私もその記憶を考えると、今は仕方ないと思えた。しかしここで終わる私ではなかった。

「二番目の男でもいいから、気分転換に七月の第二週の土曜日のひかりが丘商店街のお祭りに、一緒に行かない?」

私は、琴乃をお祭りに誘って言った。

「そうだね。たまには気分転換しないとね。分かった。行くよ。お祭り。誘ってくれてありがとう!」

琴乃は嬉しそうに言った。私は、琴乃を地元のひかりが丘商店街のお祭りに誘い出すことに成功した。このとき私は、ノストラダムスの大予言のことなど、すっかり忘れていた。








第八章 一九九九年七月の甘酸っぱい記憶


 その日琴乃は、涼しげな水色の浴衣姿で来た。私はいつもにも増してドキッとした。ただですら大人びていた琴乃が、さらに大人っぽくて、色っぽく感じられたからだ。

「片瀬君、お待たせ」

琴乃は私に言った。

「あ、うん」

私は返事にならない返事をしてしまった。私たちは一緒に金魚すくいや、的当てゲームをして、二人でお祭りを楽しんだ。梅雨が明けて、暑い夏の夜だった。私たちはかき氷を買って食べ、少し身体を冷やした。

「このまま七月が何事もなく終わって、生き延びられたらいいのに!」

琴乃は言った。私は今そのことを思い出した。

「同感だよ。本当にそうだね!」

私は言った。

「あ、もしかして、ノストラダムスの大予言のこと忘れていた?」

琴乃は私に尋ねた。

「いや、そんなことないよ」

私は琴乃に答えた。

「顔に書いてあるよ。片瀬君は、絶対ウソがつけないよ! すぐに顔に現れるから。ふふふ」

琴乃はそう言って私を笑った。

「そうかな?」

私は苦笑いしながら言った。

「そうだよ!」

琴乃は畳みかけるように言った。


 「もしこのまま何事もなく八月を迎えられたら、片瀬君は何をしたい?」

琴乃は私にそう尋ねた。

「海に行きたい!」

私はそう答えた。すると琴乃は寂しそうな顔をした。


 「どうしたの、高山さん?」

私は琴乃に尋ねた。

「ごめんなさい、片瀬君。何でもない。夏だから海って、普通考えるよね」

琴乃はなおも顔色を引きつらせながら言った。琴乃なりに私を庇ったようだった。

「高山さん、少し休もうか? やっぱり顔色悪いよ」

私は琴乃を気遣って言った。

「大丈夫だよ、片瀬君。気を遣ってくれてありがとう。それで誰と海に行きたいの?」

琴乃はそう私に聞いた。

「高山さんと一緒に行きたい!」

私は即答した。すぐに私はまたもや失言したと後悔した。案の定、琴乃はまた亡くなった彼氏のことを思い出し、トラウマでフラッシュバックしてしまったようだった。

「高山さんは、八月があるなら何がしたい?」

私は琴乃に聞いた。私なりに琴乃に気を利かせたつもりだったが、琴乃はさらに顔色が悪くなった。

「もう何もしたくない」

琴乃はそう言い残して、その場を走り去ってしまった。


 私は空気が読めず、失敗した。結局一九九九年七月は何も起こらなかったが、その年の九月に、琴乃は転校してしまった。本当の理由は安乃に聞いても、答えてもらえなかった。担任の安東先生によると、別の保護者が北海道に見つかったようだからだそうだと言っていた。私にとっては、甘酸っぱい一九九九年七月の記憶になってしまった。



この物語はフィクションです。ノベマ!でも掲載中です。よろしくお願いします。

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