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因果の不渡り  作者: ヨシ
第一部:王都解体編
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第12話:管理のオーバーフロー



 下層区、第7廃棄処理施設を、異様な沈黙が包囲していた。

 漆黒の法衣を纏った「正規監査官」の集団。彼らは一切の声を上げず、ただ機械的な精密さで巨大な陣形を組み、施設を概念ごと消去するための「広域削除術式」を展開していた。


「……シルス、外壁が消えていくわ。あと数分で、ここの物理定義が崩壊する」


 アリシアの声に焦りがあった。彼女の銀糸は施設の壁に張り巡らされ、外側から押し寄せる「無」の波動を必死に押し返している。

 だが、シルスはモニターに映る無数のコードに指を走らせたまま、冷徹に答えた。


「構わない。……彼らは『正しい手続き』で僕たちを消そうとしている。なら、その手続きの中に、毒を混ぜるだけだ」


 シルスが叩き込んだのは、攻撃魔法ではない。

 教会の基幹システムに向けた、一通の「緊急内部監査要請」だった。


---


 施設を包囲していた監査官たちの一人が、突然動きを止めた。

 彼の網膜に投影された管理ログに、信じがたい警告が赤く明滅したのだ。


『警告。隣接する個体……未認可のバグ混入を確認。即刻、内部監査を実行せよ』


 それは、シルスが教会の認証サーバーをハッキングし、現場の監査官たちの「ステータス」を偽造した結果だった。

 一人、また一人と、監査官たちの動きが乱れ始める。彼らは隣り合う同志を、守るべき味方ではなく「削除すべきエラー」として認識し始めた。


「……何をしている。任務を継続しろ」


 ヴァルダスの冷徹な声が響く。だが、彼自身の端末にも、王宮や枢機卿会から支離滅裂な命令が殺到していた。


『至急、王宮の結界維持に演算リソースを回せ』

『否、下層区の汚泥逆流を止めるのが最優先だ』

『現在、騎士団の給料支払(加護の更新)が滞っている。直ちに承認せよ』


「……演算エラー。優先順位の算定が不可能……」


 ヴァルダスの眼鏡の奥で、膨大なデータが火花を散らす。

 シルスは組織の「意思決定ライン」をハッキングし、解決不可能なタスクを山積みにして、組織の脳である監査局をパンクさせていた。


---


 そして、決定的な一打が現場の騎士たちを襲った。


「ぐ、あぁっ!? 体が重い……どうしたんだ!」

「加護が……聖印騎士団の『身体強化』が切れた!? ヴァルダス殿、何をしている! 早く認証を更新しろ!!」


 包囲網の最前線で剣を構えていた騎士たちが、悲鳴を上げた。

 シルスは彼らの「信仰残高」をシステム上で一時的に凍結したのだ。彼らにとって、魔法の加護は戦うための武器であり、教会から支給される「給料」そのものだった。


 命を懸けて戦っている最中に、背後の本部(教会)から一方的に支給を止められる。

 その事実は、騎士たちの忠誠心に修復不能な亀裂を入れた。


「俺たちを見捨てる気か、監査官共……!」

「自分たちは安全な場所にいて、現場の俺たちから真っ先に切り捨てるのか!」


「……不当な疑念です。これは一時的なラグに過ぎない……」


 ヴァルダスが釈明しようとするが、その言葉もノイズに掻き消された。

 組織が組織を疑い、頭脳が手足を裏切り、手足が頭脳を呪う。

 リュミエールの誇る強大な「組織」は、シルスの一撃を受ける前に、自らが生み出した管理の重圧によって内側から崩壊を始めていた。


---


 廃棄施設の中央制御室。


「……組織っていうのは、ルールで動く巨大な生き物だ」


 シルスは、熱を帯びた制御盤から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。

 モニターの中では、監査官と騎士たちが互いに怒声を浴びせ合い、統制を失った集団へと成り果てている。


「ルールが矛盾すれば、彼らは自分の足で歩くことさえできなくなる。……アリシア、仕上げだ」


 シルスの左目が、かつてないほどに深く、不吉な黒を湛えていた。


「次は彼らが一番恐れている『真実』を、王都中の民衆にバラまいてやる。……『救世主』である勇者様が、本当は何を食べて生きているのかをね」

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