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陽が傾きはじめた頃、街道を歩くクレインの背に、

西の空が深い橙色の光を投げかけていた。


昼の熱気は和らぎ、涼しい風が森の匂いを運んでくる。

足元の土と小石がカサ、とかすかな音を立てるたびに、

旅を始めてまだ慣れない足取りの重さを感じた。


(……今日中に、街にたどり着けるだろうか)


そんな不安を抱いた瞬間だった。


道の先に、硬い直線が見えた。

樹木の間から伸びた灰色の影――石壁だ。


(あれは……)


胸の奥がじわりと熱くなる。


近づくほどに壁の輪郭がはっきりし、

塔のように立つ見張り台が夕暮れの空を切り取っている。


(あれが……街……)


ティルナ村にはなかった、巨大な人工物。

文明の匂い。

人が集まり、暮らし、そして守るために作られた壁。

その圧倒的な存在感が、クレインの歩を自然と速めさせた。


壁に近づくにつれ、街道の様子が変わってきた。

馬車の車輪がごとごとと音を立て、

荷物を満載した商人たちが何人も行き交っている。


「急げ! 日が暮れる前に入ってしまえ!」

「野営より街の宿のほうが百倍マシだ!」


活気ある声が飛び交い、

その合間を縫うように旅人たちが歩いていく。


背中に大きな荷物を背負ったハンターらしき人物もいた。

腰には護石を装備し、

鎧の隙間から淡い光がちらりと漏れている。


城壁がすぐそこに迫った頃、

クレインはあることに気づいた。


遠くから聞こえる鍛冶屋の槌音。

叫ぶような呼び声。

酒場のざわめき。

魔導灯が灯される「パチッ」という小さな点灯音。


音が増えている。

ティルナ村とはまるで違う、

人の密度そのものが生み出す生活の音だった。


(こんなに騒がしいんだ)


しかしその騒がしさは不快ではなく、

むしろクレインの胸を軽くするような温度を帯びていた。


自分が知らない世界。

けれど確かに生きている世界。


そんな感覚が体の奥でふつふつと湧いてくる。


気づけば、高さ四メートルほどの門が目前にあった。

夕暮れが門の金属を照らし、力強い影が大地に伸びている。

門の左右には兵士が立ち、槍を携え、鋭い目で旅人たちを見ていた。


ティルナ村を出て初めての大きな街。

胸がドクンと大きく脈打つ。


「次――そこの若いの、前へ」


呼ばれ、クレインは列から一歩進み出た。

夕方の光が城壁に反射し、門番の鎧の金具がじり、と光る。


門番の男は槍を手に、鋭い目をしていた。

そして、クレインの顔と装備をゆっくりと確認した。


「身分証、もしくは通行証を見せろ」


「すみません、どちらも持ってません…」


「そうか。では名前、出身地、この街に来た目的を答えろ」


「名前はクレインです。出身地は…覚えていなくて…」


門番の眉がわずかに動いた。

不審、ではなく警戒の色だ。

しかしすぐに職務的な表情へ戻った。


「どういうことだ?」


「僕、記憶がなくて…気がついたら森の中で倒れていたんです。

しばらくティルナ村でお世話になっていました。

今は旅をしながら、思い出せることを探しているんです」


門番は一呼吸置いてから、低い声で言う。


「ここバルスタは魔物の被害も多い。

そのせいで、街に入る者の素性確認が厳しくなっている。

……旅人であろうと、身元の分からぬ者は危険と見なされる場合がある」


「分かっています」


「ふむ。武器はその短杖だけか?」


「はい。護身用に……ティルナ村で教わっただけです」


「他におかしなものも持っていないようだな。

……よし、いいだろう」


槍の柄で地面を軽く叩き、門番は続けた。


「だが身分証がない以上、今のままでは長期滞在はできん。

入市自体は許可するが――

明日中に市庁舎で仮身分証の発行を受けろ。

街の決まりだ」


「分かりました。必ず行きます」


「それと……」


門番は少しだけ目を細めた。


「今の時期、魔物の動きがいつもより荒い。

もし外で何か見たなら、市庁舎か連盟に報告すること。

旅人の報告一つで街が救われることもある」


その言葉に、職務としての重みが感じられた。


「はい。気をつけます」


「……よし」


門番は軽く頷き、城門の内側を手で示した。


「ようこそ、バルスタへ。

夕暮れのうちに宿を取れ。初めての旅なら、無理をするなよ」


その声音は、最初の警戒とは違い、どこか親身だった。


クレインは深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


「次の者、前へ!」


兵士の声が響く中、

クレインは城壁の影をくぐった。

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