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5話

第五章:霧に沈む真実


夜霧が都市を包み込むとき、クロノスは別の顔を見せる。

昼間は市場と冒険者で賑わう街路も、夜には静寂と恐怖に支配される。


若き冒険者ユリウスは、仲間の女騎士セリナと共に霧の裏路地を進んでいた。

手にはロボット探偵から託された一枚のデータチップ。そこには「影の同盟」の財源に関する情報が刻まれているという。


「……あの探偵、本当に信用していいのか?」

ユリウスは低く呟いた。


セリナは真っ直ぐ前を見据えたまま答える。

「彼は冷徹だが、嘘をつく理由はない。都市を守ろうとしているのは、私たちと同じよ」


だがその時、背後から足音が忍び寄った。

霧の中から現れたのは黒衣の男たち。目元だけを覆う仮面をつけた彼らは、まさに《影の同盟》の刺客だった。


「データを渡せ」

短い声。冷たい刃が夜気を切る。


ユリウスは剣を抜き放つが、多勢に無勢だった。

その瞬間、頭上から赤い閃光が降り注いだ。

――ロボット探偵アーキビストだ。


彼は屋根から飛び降り、機械仕掛けの腕で敵の刃を受け止める。

「彼らを逃がせ。これは私の役目だ」


セリナはためらった。しかし探偵の声には揺るぎない決意があった。

ユリウスと共に裏路地を駆け抜けるその背後で、金属音と叫びが交錯する。


霧はすべてを覆い隠し、何が起きているのかは見えなかった。

ただ、遠ざかる中で聞こえた探偵の声だけが、彼らの胸に焼き付いた。


――「真実は、霧の向こうにある」


ユリウスは走りながら、強く拳を握った。

この都市に巣食う闇を暴くこと、それが探偵の願いであり、彼らの使命でもあるのだ。


第六章:影の同盟、顕現


霧の夜が明けた。

だが都市クロノスの空気は晴れ渡ることはなかった。

夜のうちに広がった噂が、朝の市場を重苦しく沈ませていた。


――「ギルドの支部が襲撃された」

――「ロボット探偵が霧の中で行方を絶った」


人々の声が飛び交うたび、冒険者も商人も顔を曇らせる。

まるで、見えぬ網が街全体を覆い尽くし始めているかのようだった。



ギルド本部。

広間には数十人の冒険者が集められていた。

その中央に立つのは、ギルドマスター代理の男――かつて豪勇を誇った老戦士ガルドである。


「聞け! 昨夜、我らがギルドの倉庫が破られ、重要な記録が盗まれた。影の同盟が、ついに牙を剥いたのだ!」


怒号のような声が石壁に反響する。

冒険者たちはざわめき、互いに視線を交わした。


「昨夜の探偵の姿を見た者はいるか?」

「霧の中で戦っていたのを遠目に……でも、最後は……」

「まさか……」


言葉を濁す者たちの間に、不安が広がっていく。

そのとき、一人の若き冒険者が立ち上がった。


ユリウスだ。

まだ経験浅き剣士に過ぎない彼だが、視線には確かな決意が宿っていた。


「探偵は、俺たちを守るために残った。彼の意志を継ぐなら、今こそ俺たちが動くべきだ!」


静まり返った広間に響くその声。

セリナも続いて前に出る。


「影の同盟はただの盗賊団ではない。都市そのものを呑み込もうとしている。私たちが立ち上がらなければ、クロノスは……滅びる」


冒険者たちの間に、ゆっくりと火が灯る。

やがて一人が剣を掲げ、また一人が拳を突き上げた。


「そうだ! 探偵の犠牲を無駄にしてはならん!」

「俺たちの街を守るんだ!」


広間は熱気に包まれ、決起の声が轟いた。



その頃――。

都市の外れにある黒き塔の最上階。

影の同盟の首領は、静かに都市を見下ろしていた。


「霧は試しに過ぎん。これからが本当の宴だ」


低く笑うその瞳には、冷徹な光が宿っていた。

クロノスを覆う影は、もはや誰にも止められないように思えた――。


第六章:影の同盟、顕現


ギルドの広間を出たユリウスたちは、すぐさま討伐隊の編成に入った。

選ばれたのは精鋭二十名。剣士、魔導士、斥候、治癒師――いずれも都市を代表する冒険者たちである。


「影の同盟のアジトは、下層区の廃工場にあるはずだ」

斥候が地図を広げ、指で示した。

「昨夜、そこから多数の影が出入りしていたとの証言がある」


ガルドは頷き、低く言った。

「正面からぶつかることになるだろう。だが臆するな。探偵が残した足跡を我らで繋ぐのだ」



夕刻、廃工場。

朽ちた鉄骨が軋み、割れた窓から冷たい風が吹き込む。

ユリウスたちが足を踏み入れた瞬間、影が蠢いた。


「ようこそ、英雄気取りの子らよ」


低い声とともに、十数人の黒装束が梁や壁から姿を現す。

その先頭に立つのは、顔を仮面で覆った長身の男――影の同盟幹部の一人「ヴァルター」だった。


「探偵はもういない。貴様らも同じ運命を辿るがいい」


刹那、闇が爆ぜた。

影から飛び出す短剣、矢、毒煙。

冒険者たちの剣と魔法が即座に応じ、廃工場は一瞬にして戦場へと変わった。


「くそっ、数が多い!」

ユリウスは剣で影の刃を弾き返しながら叫ぶ。


セリナが詠唱を終えると、青白い稲妻が奔り、数人の敵を焼き払った。

「退く気はないわ! ここで奴らを叩く!」


背後では治癒師が仲間を立て直し、斥候たちが素早く敵を翻弄している。

しかし――。


ヴァルターが腕を掲げると、廃工場の床下から巨大な影が溢れ出した。

それは狼とも獅子ともつかぬ怪物で、黒い霧を纏っていた。


「こいつは……影獣!」

誰かが声を上げる。


咆哮が轟き、空気が震えた。

一撃で鉄骨がねじ曲がり、壁が崩れ落ちる。


ユリウスは歯を食いしばり、剣を構えた。

「探偵がいないなら……俺たちがやるしかない!」


仲間たちの叫びが重なる。

廃工場の中、光と影の戦いが熾烈を極めていった。


――だが、この戦いの背後で、さらに大きな影が動き出していることを、まだ誰も知らなかった。


第七章:ロボット探偵、残された影


影獣が吠え猛り、廃工場の空気は震動していた。

ユリウスは剣を握りしめ、獣の前足の一撃を受け流す。鉄骨が軋み、火花が散った。


「押し込まれるな!」

ガルドの怒声と同時に、仲間たちが一斉に魔法と矢を放つ。

だが影獣は黒い霧で覆い返し、傷ひとつ負わぬ。


「くそっ、これじゃ埒が明かない!」

セリナが焦りを滲ませた瞬間――。


――カチリ。


床下で、小さな音が鳴った。

誰もが一瞬、戦いの最中にもかかわらず耳を傾けた。

崩れた鉄板の下から、光が漏れ出していたのだ。


「……何だ?」

ユリウスは身を伏せて鉄板を払いのけた。

そこには銀色の箱があり、青白い結晶が脈動していた。


その表面が開き、電子的な声が響く。


《……ユリウス、セリナ、ガルド。

 もしこの記録を聞いているなら、私は既にここにはいない。》


仲間たちの動きが止まる。

――それは、紛れもなくロボット探偵の声だった。


《影の同盟は“影獣”を媒介にして都市の核心へ侵入しようとしている。

 だが奴らには決定的な弱点がある。影獣は光の魔素に耐えられない。》


同時に、箱の中から光の結晶が浮かび上がった。

小さな欠片だが、純白の輝きを放っている。


「これが……!」

セリナの瞳が見開かれた。

「この結晶を魔法陣に展開すれば、影を焼ける!」


影獣が再び咆哮し、突進してくる。

ユリウスは結晶を握り締めた。

「探偵……あんたはやっぱり、俺たちの先を読んでいたんだな」


彼は結晶を掲げ、仲間たちに叫ぶ。

「全員、俺に続け! これで奴を倒す!」


光が走り、戦場を切り裂いた。

黒い霧が悲鳴を上げるように震え、影獣が身を捩った。


――戦局は、一気に動き始めた。


最終章:光の記憶


廃工場を揺るがす轟音の中、ユリウスは結晶を掲げた。

白い輝きが仲間たちに広がり、剣と魔法に光が宿る。


「これで終わらせる!」

叫びと同時に、ユリウスとセリナが駆け出した。


仲間たちの攻撃が重なり、光の矢、剣閃、魔法陣が影獣を包み込む。

黒い霧は悲鳴を上げるように裂け、巨大な影は燃え尽きるように崩れ落ちた。


だが――その背後から、仮面の男ヴァルターが歩み出た。

「……見事だ。しかし、影は一つではない」


彼の身体から影が噴き出し、人の形をした無数の黒い兵が現れる。

冒険者たちの顔に緊張が走る。


そのとき、再び結晶が光り、探偵の声が響いた。


《最後に伝える。影は恐怖から生まれる。

 だが仲間を信じる心があれば、それを打ち砕ける。》


ユリウスは剣を握りしめ、仲間に叫んだ。

「恐れるな! 俺たちが光だ!」


冒険者たちの心が一つになり、結晶の輝きが増す。

ヴァルターの影兵は次々と霧散し、彼自身の仮面が砕けた。


「……馬鹿な……光ごときに……!」

その声を最後に、彼は影と共に消え去った。



戦いが終わり、廃工場に静寂が戻った。

ユリウスたちは疲れ切った体で外に出る。夜明けの光が都市を照らしていた。


「終わったの……?」

セリナが息をつき、空を見上げる。


ユリウスは頷きながら、懐に残った結晶を見つめた。

そこには、淡い光と共に最後のメッセージが浮かんでいた。


《ありがとう。君たちが未来を選んだ。

 私は消えるが、その記録は都市に残る。》


仲間たちは沈黙のまま、その光を見守った。

やがて結晶は砕け、粒子となって空へ舞い上がる。


ガルドが静かに呟いた。

「……あいつは確かに、この都市を守ったんだな」


ユリウスは目を閉じ、心の奥で答えた。

――探偵。あなたの意志は、俺たちが受け継ぐ。


昇る朝日が冒険都市クロノスを黄金に染めていた。

新たな時代の幕開けを告げるように。


――完。

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