第二十章
前回の?
開かれし扉
蒼炎と獣魔たちの咆哮が交錯する戦場。
その只中、黒塔の王ゼルディアスは一歩も動かず、ただ見下ろしていた。
「……力は確か。ならば、次を見せよ」
彼が黒剣を天に掲げると、塔の中心に走っていた古代文字が一斉に輝きだす。
重い轟音とともに、背後の大扉が震え、光の亀裂を生んだ。
「……扉が、開いていく……!」
ひびきの声は恐怖と驚愕に震えていた。
やがて現れたのは、巨大な二枚の石扉。
その隙間から吹き出したのは冷気でも熱気でもなく――次元そのものが軋むような圧。
美咲の白狼が怯え、耳を伏せて後退する。
「な、何が……向こうにいるの?」
翔が睨みつけた。
「……この試練、本当は――」
答えを遮るように、扉の奥から響いたのは、不気味な咆哮。
空気が震え、石壁が崩れる。
その姿はまだ見えない。ただ確実に“何か”が近づいてくる。
ゼルディアスの声が低く響いた。
「異界の門を越え、真に選ばれし者だけが立ち続ける。さあ……扉の向こうへ進め」
涼は思わず拳を握りしめた。
――試練はまだ始まったばかり。
蒼炎が、再び彼の手に燃え上がった。
エルフ行きのバス
扉の向こうへ進もうとした瞬間――
視界がゆがみ、戦場の景色が消え失せた。
気づけば、涼たちは舗装されたアスファルトの上に立っていた。
見慣れたはずの現代の街並み……だが、どこか違う。
空は緑色に揺らめき、街灯にはエルフ文字が刻まれている。
「……ここ、どこだ?」翔が眉をひそめる。
その時、遠くから「ブオオォォォン!」と大きな音が響いてきた。
振り向けば――信じられない光景があった。
木と金属でできた不思議なバス。
車体の側面には大きくこう書かれていた。
《ELF EXPRESS 行き先:森都リュミナリエ》
停留所に停まったバスの扉が、プシューと音を立てて開く。
運転席に座っているのは長耳のエルフの青年。制服まで着ている。
「次はエルフの里~、エルフの里~。乗車口こちらです」
ぽかんとする涼たち。
美咲が思わず口にする。
「……エルフ行きの、バス?」
老人エルフの賢者エルハルトが、どこからともなく現れ、微笑む。
「そうだ。扉が示したのは、異界の森都へと至る道――今はバスとして現れたのだろう」
扉の奥に待つ未知の脅威。
その手前に現れた、不思議で滑稽な“エルフ行きのバス”。
しかし、それに乗らなければ先へは進めないらしい。
涼は一歩踏み出した。
「……よし、乗ろう。行き先は決まってる」
扉の奥ではなく、バスの中へ――。
冒険は、予想もつかない方向へ進み始めていた。
森都リュミナリエ
ゴトゴトと揺れる車内。
窓の外には、現実の街並みが流れていく――はずなのに、気がつけば景色は徐々に変わり始めていた。
灰色のビル群はいつの間にか巨大な樹木へと変わり、道路は苔むした石畳に変わっている。
バスはまるで夢の中を突き進むように走り続けていた。
「……現代から、異世界に繋がってるのか?」
翔が窓越しに森を睨む。
「たぶんね」美咲は腕を組み、膝の上の白狼の頭を撫でながら言った。
「でも、こんな“バス”って……エルフの世界、どうなってるのよ」
車内には他の乗客もいた。
長耳の青年、翡翠色の髪を持つ少女、そしてフードを深く被った老いたエルフ。
みな、涼たちをちらちらと見ては、囁き合っている。
ひびきが声をひそめる。
「リュウ……彼ら、私たちが“外から来た”のを知ってるみたい」
やがて、車内スピーカーから運転手の声が流れる。
「まもなく、終点リュミナリエ。降車の際はお忘れ物のないように~」
扉が開かれると、眩しい光が流れ込んできた。
そこに広がっていたのは――空へと伸びる巨木の都。
枝と枝の間に吊られた家々、光る滝を渡る橋、無数のエルフたちが行き交う幻想の街。
「……これが、エルフの都……!」
涼の胸が熱くなる。
しかし、歓迎の空気はなかった。
広場に足を踏み入れた瞬間、槍を持った衛兵たちが彼らを取り囲んだ。
「外界から来し者ども……王の命により、ただちに拘束する!」
再び、緊張が走る。
旅は始まったばかりだというのに、早くも試練が待ち受けていた。
森王の間
衛兵たちに囲まれ、涼たちは都の中心――巨木の根に築かれた宮殿へと連行された。
内部は荘厳で、壁には古代の戦争を描いた壁画、天井からは光苔を編んだ灯りが揺れている。
やがて、広間の奥に玉座が見えた。
座していたのは、白銀の髪を持つ壮年のエルフ。
瞳は深い碧色、まるで森そのものを映すかのようだった。
「……外の者よ。ここへ何を求めて来た」
低く響く声。
エルフ王ヴァルディリオンが、涼たちを射抜くように見つめた。
涼は一歩進み出て、必死に言葉を選ぶ。
「俺たちは……扉に導かれて、ここに来ました。争いに来たわけじゃない」
だが、王の表情は険しいままだ。
「蒼炎を持つ者――伝承に語られる厄災か、それとも救いか。
いずれにせよ、均衡を乱す存在であることに違いはない」
美咲が反発するように声を上げた。
「勝手に決めないで!リュウは私たちの仲間よ!」
その瞬間、広間に緊張が走った。
衛兵たちの槍が一斉に構えられ、ひびきが咄嗟にリュウの前に立つ。
だが、王は手を上げ、静かに兵を制した。
「……ならば証明してみせよ」
玉座の背後の壁が開き、暗い洞窟の入口が現れる。
そこから冷たい風と共に、獣の唸り声が響いた。
「“影の迷宮”に巣くう魔獣を討て。生きて戻ったならば、汝らを真の客人として認めよう」
涼の心臓が高鳴る。
新たな試練――そして、逃げ場はない。
「行こう」
蒼炎が、彼の拳に再び燃え上がった。
続きは?




