第18章
スイッチ ON
蒼炎と影の激突
夜空を裂く轟音。
セフィルの杖先から奔った黒紫の閃光が、矢の雨のようにリュウとひびきを襲う。
「リュウ!」
ひびきが炎の障壁を張り、咄嗟に受け止めた。火花の嵐が石畳を砕き、衝撃波が城門を震わせる。
リュウはその隙に駆け出した。手にしたナイフの刃に、青白い蒼炎を纏わせる。
「行くぞ――!」
振り下ろした刃と、セフィルの闇の盾が激突した瞬間、光と闇の渦が炸裂した。
吹き飛ばされるリュウ。彼の背をひびきが支え、共に踏みとどまる。
「ふむ……その炎、ただの魔力ではないな」
セフィルの目が妖しく輝く。
「蒼炎――古代の伝承にのみ記された異端の力。まさか、少年が宿すとは」
リュウの胸がざわめいた。
自分の炎の正体……? 問い返す余裕もなく、セフィルはさらに詠唱を紡ぐ。
「闇よ、裂け目となりて全てを呑め――《虚無の門》!」
地面が裂け、暗黒の穴が出現する。
吸い込まれる風圧に、リュウもひびきも足を取られた。
「……っ!」
リュウは全身の魔力を炎に変え、必死に抗う。
その炎は夜を照らし、闇の渦を少しずつ押し返す。
ひびきが叫んだ。
「リュウ! あなたの炎はきっと……私たちを守るためにある!」
その声に呼応するかのように、蒼炎が燃え盛る。
リュウの身体を包むその光は、セフィルの闇に真正面からぶつかっていった。
一瞬、夜が昼のように輝く。
そして――轟音と共に、虚無の門が霧散した。
セフィルの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
「……やはり、面白い。少年、お前は私の敵か、それとも――」
言葉の続きを残し、彼の影は夜に溶けるように消え去った。
荒い息を吐くリュウ。
彼の炎は未だ燃え続け、その輝きが揺らめいていた。
蒼炎の記憶
戦いの余韻が残る夜の城門前。
崩れた石壁に腰を下ろし、リュウは胸に手を当てていた。蒼炎はもう消えていたが、その熱は体の奥にまだ残っている。
「……さっきの炎、なんだったんだろう」
彼の呟きに、ひびきが隣に座り、真剣な瞳で見つめる。
「リュウ、自分でも気づいてないのね。あれは……普通の炎じゃないわ」
そこへ、耳を立てた影が現れる。
長い銀髪に深緑の外套を纏った、年老いたエルフの賢者。
「――蒼炎を目にしたのは、何百年ぶりか」
緊張して立ち上がるリュウたちを、老人は穏やかな手振りで制した。
「敵ではない。名はエルハルト。エルフの古文書を守る者だ」
リュウは警戒を解かないまま尋ねる。
「蒼炎って、一体……?」
エルハルトは重々しく答えた。
「伝承に記される“星の子”が持つ炎――それが蒼炎だ。
かつて魔神を封じた勇者がその力を振るったという。だが、時を経て失われ、もう現れることはないと考えられていた」
リュウの心臓が跳ねた。
「勇者の……力?」
ひびきが息を呑む。
「でも、どうしてリュウが……?」
エルハルトは首を振る。
「理由は分からぬ。ただ一つ言えるのは――その力はお前を導く。
だが同時に、世界の均衡を崩す危険も孕んでいる」
リュウは拳を握り締めた。
セフィルの言葉が脳裏をよぎる。
――“敵か、それとも”。
「俺は……みんなを守るために、この炎を使う。それだけだ」
夜空に決意の声が響く。
その瞬間、遠くから竜の咆哮が轟いた。
炎を纏う影が空を横切り、騎士団の旗が翻る。
「……ドラゴン騎士団!」
ひびきが叫ぶ。
休む間もなく、新たな戦いが迫っていた。
竜影乱舞
竜の咆哮が夜空を裂いた。
その影は炎をまとい、まるで空そのものを支配するかのように舞い降りてくる。
「……本当に来たのね、ドラゴン騎士団!」
ひびきの声が震える。
城門前の広場に、鎧に身を包んだ騎士たちが次々と姿を現す。
背には竜の翼を模した紋章、手には長槍。
彼らは整然と列を成し、リュウとひびきを取り囲んだ。
「我らは炎竜に仕える騎士団――」
一人、赤黒い甲冑を纏った騎士が前に進み出る。
「この地に現れし蒼炎の者を、討たねばならぬ!」
リュウの胸がざわめく。
自分が狙われている――それは直感で理解できた。
「……リュウ!」
ひびきが剣を構える。だが、その数は圧倒的だった。
エルハルトが杖を掲げ、低く呟いた。
「愚かな……。均衡を保つための戦いが、再び繰り返されるというのか」
竜の影が舞い降りる。
火球が夜空を赤く染め、石畳を爆ぜさせる。
リュウは咄嗟に蒼炎を呼び覚まそうと胸に力を込めた。
――だが。
「うあっ……!」
腕に走る痛みに膝をつく。蒼炎は応えない。
まるで、今はその時ではないと告げるかのように。
「副リーダーさん、立て!」
その時、鋭い声が背後から飛んだ。
振り返ると、見慣れた仲間たちの姿――ギルド「ヴァルキュリア」のメンバーが駆けつけていた。
大河内翔が長剣を掲げる。
「俺たちを忘れるなよ、リュウ。ギルドはお前一人じゃない!」
仲間たちの到来に、リュウの胸が熱くなる。
蒼炎はまだ目覚めない。だが、それでも。
仲間と共に立ち向かう力は残っている。
「来いよ、ドラゴン騎士団!俺たちが相手だ!」
夜空を裂く竜影の下、戦いの火蓋が切って落とされた。
獣魔の契約
竜の影と騎士団の槍が交錯する戦場に、突如として轟音が響いた。
大地を裂くような咆哮――。
「な、なんだ!?」
騎士の一人が声を上げた次の瞬間、黒い影が突撃してきた。
闇夜を切り裂くように疾駆する巨大な狼。その背にまたがる少女の姿。
「――フェンリル、道を開け!」
鋭い牙が騎士の槍を弾き飛ばし、列を一瞬で切り裂いた。
狼の背から飛び降りた少女――桜井美咲が、短杖を構える。
「美咲……!」
リュウの目が見開かれる。
美咲は振り返り、リュウに一瞬だけ笑みを向ける。
「相変わらず危なっかしいわね、木村くん」
その声は冗談めいていたが、瞳は真剣そのものだった。
白鷲アルテミアが空を旋回し、騎士団の頭上に閃光を放つ。
光に目を眩ませた竜の一体が体勢を崩した瞬間、美咲が詠唱を唱える。
「獣魔契約――双牙連鎖!」
黒狼フェンリルと共に突撃し、竜の脚を切り裂く。
血飛沫と炎が舞い、騎士たちが後退を余儀なくされる。
「お前……どうしてここに?」
リュウが問いかける。
美咲は肩をすくめた。
「決まってるでしょ。蒼炎が本物かどうか、確かめに来たのよ」
緊張が走る。
仲間か、敵か――誰も分からない。
だが美咲は、ふっと笑って杖を振り上げた。
「安心して。今は敵じゃない。少なくとも、ドラゴン騎士団よりはマシなはずよ」
再び獣たちの咆哮が戦場を揺らした。
リュウの胸に、抑えきれない高鳴りが走る。
彼女の登場は、戦況だけでなく――リュウ自身の心まで揺さぶっていた。
仲間か、宿敵か
「なんで……桜井がここに?」
ヴァルキュリアのメンバーがざわめいた。
大河内翔は剣を構えたまま、美咲を鋭く睨みつける。
「リュウ。あの女は俺たちの宿敵だぞ。ギルド戦でどれだけ煮え湯を飲まされたか、忘れたわけじゃないだろう」
仲間たちの視線が一斉にリュウへと向けられる。
彼の判断が、この場の空気を決める。
だが――。
美咲は気にも留めない様子で、フェンリルの首筋を撫でていた。
「そんなに警戒しなくてもいいわよ。今は利害が一致してるだけ。
竜に食われたいなら止めないけど?」
挑発めいた口調。だがその直後、白鷲アルテミアが甲高く鳴き、上空の炎竜の突撃を知らせた。
美咲は一歩前へ出て杖を掲げる。
「リュウ、あんたに聞きたいの。蒼炎――あれは本物なの?」
突然の問いに、リュウの心臓が跳ねる。
仲間の前で、そしてライバルの前で、自分がどう答えるのか――。
大河内翔が苛立ちを露わにする。
「今はそんなことを話してる場合じゃない! 俺たちは“敵”を排除する。それだけだ!」
彼の剣が光を放ち、美咲のすぐ脇を切り裂いた。
フェンリルが低く唸り、緊張が爆ぜる。
「ちょっと!」
ひびきが慌てて間に割って入る。
「仲間同士で争ってどうするのよ!」
だが、美咲は静かに微笑むだけだった。
「いいわ。いずれ分かることだから」
彼女の瞳は夜空に燃える炎竜へと向けられていた。
その姿は、敵でも味方でもなく――ただ“試す者”のように見えた。
リュウは拳を握りしめる。
「俺は……俺はみんなを守るために、この炎を使う!」
その叫びと共に、胸の奥で再び熱が走る。
――蒼炎が、目覚めようとしていた。
転移の裂け目
激戦の渦中、リリスと涼たちの斬り結ぶ刃が空間を震わせていた。
魔導士アザレアの杖から放たれた魔弾が炸裂した瞬間、空気が裂けるような轟音が響いた。
「なに…!? 空間が……割れてる!?」
まるで現実世界の画面がヒビ割れるように、足元に巨大な黒い裂け目が生じていく。
ゲームのエフェクトとは思えない、現実味を帯びた異質な感覚。
涼は息を呑んだ。
視界に浮かぶUIは消え、ログウィンドウも、HPバーも存在しない。
ただ、渦を巻く黒い闇と、そこから吹き出す荒れ狂う風だけがあった。
「待って…これ、イベントじゃないよな!?」
桜井美咲が必死に獣魔を抑えつけながら叫ぶ。彼女の背後で召喚獣の白狼が唸り声を上げたが、その爪もまた闇に吸い込まれていく。
「全員、離れろ!!」翔の指示が響く。だが遅かった。
裂け目は一気に広がり、光も音も飲み込むように涼たちを包み込んだ。
――そして、目を開けたとき。
涼は知らない大地に立っていた。
頭上には二つの月が並び、紫色に輝く星空。
足元には草原が広がり、遠方には黒い塔がそびえている。
「……異世界?」
彼の呟きに答えるように、風が冷たく頬を打った。
周囲には、ギルドの仲間たちも、美咲も、リリスさえもいた。
誰もが呆然とし、混乱した顔で辺りを見回している。
ただ一つ、共通していたのは――もうログアウトボタンがどこにも存在しない、ということだった。
次の機会に




