第17章
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「光の代償」
少女の放った光は、戦場を一瞬にして変えた。
闇の巨影の動きが鈍り、瘴気が裂けて晴れ間が広がる。
竜騎士団の竜が炎を吐き、エルフの矢が次々と核へ突き刺さる。
「……効いてる!」
誰かの歓声が上がった。
プレイヤーの仲間も一斉に攻勢へと転じる。
斧が、槍が、魔法が、光に照らされて巨影を貫く。
まるで絶望が霧散していくようだった。
だが――その背で少女の身体は限界に近づいていた。
光を放つたびに、血管のような痕が腕に浮かび、皮膚が焼ける。
息は荒く、目の焦点が揺れる。
「……はぁ……はぁ……もっと……光を……!」
少女は必死に耐えるが、その声はすでに掠れていた。
リリスがその様子を見逃さなかった。
「なるほど……その力には代償があるのね。命を削っている……」
嘲笑とも、哀れみともつかぬ声を漏らす。
仲間の魔導士が駆け寄り、必死に叫ぶ。
「もうやめろ! そのままじゃお前が死ぬ!」
少女は首を振った。
「死んでもいい……でも……この世界ごと、全部消えるくらいなら……!」
光と闇の拮抗が戦場を震わせる。
仲間たちは少女を守りながら戦うが、その胸には重い不安が広がっていった。
彼女の命と引き換えにしか、この戦いは終われないのか?
「もう一人の魔導士」
少女の光が揺らぎ始めたその時、戦場の奥から轟音と共に新たな魔力が走った。
赤と金の稲妻のような光柱が闇を裂き、巨影の腕を粉砕する。
「なっ……誰だ!?」
プレイヤーたちも竜騎士団も、思わず振り向いた。
そこに立っていたのは、漆黒のローブに身を包んだ青年だった。
髪は銀色に輝き、片手に古びた魔導書、もう片手に宝珠の杖を握っている。
その眼差しは冷静にして鋭く、ただならぬ魔力が全身から滲み出ていた。
「間に合ったようだな……」
低く響く声が、戦場に広がる。
少女は膝をつきながら、その姿を見上げた。
「あなたは……?」
青年は短く名を告げる。
「――アーク。放浪の大魔導士だ」
彼は少女に手をかざし、瞬時に治癒と魔力安定の術を施した。
焼け焦げた皮膚が癒え、光の暴走が鎮まっていく。
「お前の力は強すぎる。制御できなければ命を失うだけだ」
アークは少女の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「だが安心しろ。俺が共に戦う」
次の瞬間、宝珠の杖が地に叩きつけられ、数百の魔方陣が空に広がった。
雷、炎、氷、風――すべての属性が同時に顕現し、闇の巨影へと降り注ぐ。
「……すげぇ……!」
仲間のプレイヤーが絶句する。
アークの参戦により、戦場の空気は一変した。
少女の命を削る戦いから、新たな希望を背負った総攻撃へと移り変わっていった。
「逆転の火蓋」
アークの魔方陣から放たれる無数の魔法が、闇の巨影を切り裂いていく。
黒い外殻は音を立てて砕け、瘴気の濃度が一気に薄まった。
「効いてる……! 本当に効いてるぞ!」
竜騎士団の兵が歓声を上げ、竜たちが一斉に炎を吐き出した。
エルフたちも矢に光の魔法を纏わせ、一斉射を放つ。
白銀の矢が雨のように降り注ぎ、巨影の体表を穿つたび、暗黒の肉片が地に落ちて消えていった。
「今しかない! 一斉攻撃だ!」
プレイヤーのリーダー格が叫び、仲間たちが総動員で攻撃に加わる。
剣士の斬撃、盗賊の連撃、魔導士の大火球。
すべてがアークの魔法によって拡張された結界に乗り、威力を増して巨影を削る。
少女は震える身体で立ち上がり、アークに支えられながらも手を伸ばした。
「……まだ、私もやれる。みんなと一緒に……!」
アークは頷き、少女の掌に宝珠を触れさせた。
すると少女の光が制御され、先ほどのように暴走せず、一本の矢となって巨影の核を射抜く。
「ガアアアアアアアアアア――ッ!!!」
巨影が絶叫した。
その声は大地を割り、海を逆巻かせ、空を裂いた。
だが確かに、核は砕け始めている。
戦場にいる誰もが悟った。
今が決着の時だ――!
「闇の真形」
核を穿たれた巨影は、咆哮と共に瘴気を荒れ狂わせた。
砕け落ちるかに見えたその体は、逆に膨れ上がり、地を揺らしながら変貌していく。
「まだ終わらないのか……!」
誰かが呻いた瞬間、巨影の外殻が爆ぜた。
中から現れたのは――人の形を模した巨躯。
だがその顔は仮面のように無表情で、両腕からは翼のような刃が伸びている。
瞳だけが紅に輝き、戦場全体を睥睨した。
「……これが、あれの本性か」
アークの声が低く響く。
竜騎士団の一人が突撃した。
だが翼の刃が一閃しただけで、竜ごと真っ二つに裂け、鮮血と炎が空を舞った。
「ひ、ひと振りで……!」
エルフたちは矢を放つが、全て空中で弾かれる。
まるで目に見えぬ盾に阻まれているかのようだった。
プレイヤーたちも攻撃を仕掛けるが、その刃は届かない。
逆に一撃の衝撃波で数名が吹き飛ばされ、地に転がる。
少女は息を呑んだ。
「……人の姿……でも、あれは人じゃない……」
アークが目を細め、仲間に告げる。
「聞け! あれは“古き闇”がかつて人と契約した姿……。つまり、人の心を喰らって進化した魔神だ!」
戦場を支配する絶望がさらに濃くなる。
それでも誰も退けない。
ここで終われば、本当に世界そのものが消えるからだ。
「行くぞ……!」
プレイヤーたち、竜騎士団、エルフ、そして少女とアーク――。
最後の戦いが、今まさに始まろうとしていた。
影を裂く詠唱
城の裏門から吹き込む夜風が、血と炎の匂いを運んでいた。
リュウとひびきが背を合わせて立つ前に、黒衣の魔導士が影のように姿を現す。
「……夜天の書を求める者よ。だが、その器は脆すぎる」
声は低く、冷たく、石畳を這うように広がった。男の名はセフィル。
かつて魔法学院に在籍しながら、禁呪に手を出して追放された放浪の魔導士だった。
彼の杖先から、黒紫の光が解き放たれる。
光はまるで刃のように空を裂き、周囲の石壁を一瞬で焦がした。
「っ――!」
リュウは思わず身をすくませたが、隣のひびきは一歩も退かない。
彼女は短剣を抜き、炎の魔法をまとわせて前に出た。
セフィルはその光景に嘲るように口角を吊り上げる。
「ほう、護り手か。だが炎など、闇に呑まれる運命だ」
詠唱が重なり、黒の結界が瞬く間に張り巡らされる。
その圧力に、空気そのものが重くなるようだった。
だが次の瞬間、リュウの胸奥から熱が立ち上がる。
彼の手に宿ったのは――あの始源卵を巡る戦いで垣間見せた、青白い輝き。
「……俺はもう、負けない!」
青と赤の光が交錯し、闇の結界を押し返した。
セフィルの目に、一瞬の驚きが宿る。
「……面白い。ならばその力、私が試そう」
夜の戦いが、ついに幕を開けた。
――続く。
次回の?




