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第16章

前回のお話は?

 「紅き戦場にて」


 虚ろな月が雲間から顔を覗かせたとき、空気が裂けるように張り詰めた。

 リリスの瞳が、ついにあの無垢な少女を捕らえる。冷ややかな笑みと共に、彼女の手に禍々しい鎖が現れ、蛇のように少女へと伸びていった。


 その瞬間――轟音。

 大地を揺らし、ドラゴン騎士団の竜たちが再び舞い降りる。燃え盛る炎が夜空を朱に染め、突撃の合図と共に鋼鉄の騎士たちが乱入した。


 「囲め! 奴らを逃がすな!」

 騎士団の咆哮とともに槍が突き立ち、火花が散る。


 だが、混乱に乗じて姿を現したのはエルフの部隊だった。緑の外套に身を包み、弓弦が一斉に鳴る。矢の雨が戦場を覆い、敵も味方もなく乱戦の渦が広がっていく。


 少女を守ろうと前に立ちはだかった仲間たち。だがリリスの足取りは止まらない。

 「この娘を手に入れれば、すべてが完成する…!」

 その声は戦場の喧騒の中でも鮮明に響き、胸をざわめかせる。


 仲間の剣がリリスを阻もうと閃く。しかし鎖はしなやかに弾き返し、無慈悲な一撃が迫る。

 一方で、ドラゴンの咆哮とエルフの矢雨が交錯し、戦場は地獄の絵図と化していった。


 ――血と炎、悲鳴と矢音の狭間で。

 少女の運命をめぐる戦いは、誰も予測できぬ結末へと転がり始めていた。


 「解き放たれた光」


 リリスの鎖が少女へと迫った、その瞬間――。


 轟く竜の咆哮すらかき消すような閃光が走った。

 少女の身体から、純白の光が弾け飛ぶ。大地は震え、飛び交っていた矢は空中で砕け散り、迫り来る騎士たちの槍先さえも光に弾かれて粉砕された。


 「な……に……これは……!」

 リリスが初めて顔を歪め、後退する。鎖が焼け焦げるように解け、指先から煙が上がった。


 光の中心に立つ少女は、茫然としたまま自らの両手を見つめていた。

 「わ、わたし……こんな力……知らない……!」


 仲間たちが彼女を守るように駆け寄る。しかし同時に、ドラゴン騎士団の竜たちは怯えた咆哮をあげながらも炎を吐き、エルフの弓兵たちは「あの娘を討て!」と叫び矢を放つ。


 光は止まらなかった。少女の心臓の鼓動と共鳴するように強まり、戦場全体を包み込んでいく。

 騎士団もエルフも、リリスさえも、その光を前にして一瞬ひるみ、立ち尽くした。


 ――そして誰もが悟った。

 この少女こそ、すべての鍵を握る存在なのだと。


 「呼び覚まされた闇」


 戦場を覆っていた白光は、しばしの静寂をもたらした。

 矢も槍も竜の炎も、すべてはその輝きに呑み込まれ、ただ風の音だけが残る。


 「……止まった?」

 プレイヤーの一人が呟く。


 しかし次の瞬間、大地の奥底から鈍い鼓動のような震えが広がった。

 ドン……ドン……ドン……。


 「何だ……? 地鳴りか?」

 「違う……これは、呼ばれてる……!」

 少女が耳を塞ぎながら呻いた。彼女の放った光が、何かを解き放ってしまったのだ。


 崩れ落ちる大地の裂け目から、漆黒の瘴気が吹き上がる。

 その中から、鎧のような外殻に覆われた巨影がゆっくりと姿を現した。

 人でも竜でもない。

 封じられし“古き闇”の残滓――。


 「……ッ、まずい! あれはボス級じゃない、ワールドイベント級だ!」

 プレイヤーの仲間たちが叫び、慌てて戦闘態勢を取る。


 リリスも怯みながら後退し、唇を噛みしめて吐き捨てた。

 「忌々しい小娘……! 余計なものを呼び覚ましてくれたな……!」


 竜騎士団もエルフたちも、一斉に顔色を変えた。

 もはや互いに争っている余裕はない。戦場全体の視線が、闇の巨影に注がれる。


 少女は震える声で言った。

 「わたしのせいで……でも……今度こそ、守らなきゃ……!」


 彼女の言葉に応えるように、プレイヤーたちの仲間が次々と武器を構え、

 極限の乱戦は――新たな局面を迎えた。


 「一時の共闘」


 闇の巨影は、地上を覆い尽くすほどの高さに達していた。

 外殻から滴る黒い液体が大地を腐らせ、立っていた木々や岩すら音もなく崩れ落ちていく。


 「化け物め……!」

 竜騎士団の長が槍を掲げ、吼えるように叫んだ。


 エルフの弓兵たちも構え直すが、矢が触れた途端、瘴気に焼き溶かされて落ちる。

 その光景に誰もが息を呑む。


 プレイヤーの一人が口を開いた。

 「敵同士でやり合ってる場合じゃねぇだろ! あれを倒さなきゃ全員死ぬ!」


 しばし沈黙があったが、リリスが冷たく笑った。

 「……同感だわ。生き延びるためなら一時の手を組むのも悪くない」


 竜騎士団とエルフたちは互いに目を見交わし、やがて頷いた。

 にらみ合っていた勢力が一斉に矛を収め、巨影へと向き直る。


 「お前たちプレイヤーは前衛を頼む。竜騎士団は空から牽制、我らエルフは後衛で援護する」

 短く指示が飛ぶ。かつて敵だったはずの声が、今は頼もしく響いた。


 少女は恐怖に震えながらも前へ進み出た。

 「……私も、やる。今度こそ逃げない!」


 仲間のプレイヤーたちが彼女を守るように円陣を組む。

 そして一斉に――総力戦が始まった。


 闇の巨影が咆哮する。

 大地が割れ、海が荒れ、空が裂ける。

 その極限の混沌の中、敵も味方も区別なく、すべての力が一つの怪物へと向けられた。


「古き闇との総力戦」


 漆黒の巨影が咆哮すると、衝撃波のような瘴気が四方八方に撒き散らされた。

 立っていただけの竜騎士が三人、瞬時に肉体を溶かされ、悲鳴もなく消える。


 「くそっ! 前衛、耐えろ!」

 プレイヤー戦士が盾を構え、仲間の魔導士が急ぎ防御結界を張る。


 竜騎士団は竜に跨がり、空から槍を投げる。

 火炎を纏った竜の咆哮が巨影を打つが、外殻の黒い甲冑はほとんど傷つかない。


 「硬すぎる……!」

 「核を探せ! あの瘴気の中に必ず弱点があるはずだ!」


 エルフの弓兵たちは次々と魔力を宿した矢を放つ。

 矢は闇の膜を穿ち、かすかな光を覗かせた――が、すぐに瘴気に覆われ見えなくなる。


 その隙に少女が叫んだ。

 「今の光! そこが核よ!」


 瞬間、仲間の盗賊ビッチが飛び出す。

 双剣に毒を纏わせ、瘴気の渦を裂いて光へと突き込む。

 だが――巨影の腕がうねるように伸び、彼女を弾き飛ばした。


 「ぐっ……まだ……やれる!」

 血を吐きながらも、ビッチは立ち上がる。


 プレイヤーたち、竜騎士団、エルフ――それぞれが息を合わせ、同じ一点を狙い始める。

 もはや利害の一致ではなく、生き残りたいという本能そのものが彼らを繋げていた。


 闇の巨影が再び咆哮する。

 戦場の空気は震え、地平線まで赤黒く揺れる。


 極限の総力戦は、ここからが本番だった。



 「犠牲と覚醒」


 闇の巨影が振り下ろした腕は、大地を砕きながら波のような衝撃を広げた。

 前衛を張っていたプレイヤーの戦士が盾ごと吹き飛び、血を吐きながら地に崩れる。


 「カズマッ!」

 仲間の魔導士が駆け寄るが、戦士は首を振った。

 「行け……俺に構うな……! 今は……止めるんだ、あれを……」

 その声はかすれ、最後には瘴気に飲まれて途切れた。


 絶望の静寂が一瞬、仲間の胸を突き刺す。

 竜騎士も数名が落ち、エルフの矢兵も次々と命を落としていく。

 総力戦は犠牲を前提にしか進まない。


 少女は震える手で胸を押さえた。

 視界の端で、亡骸がひとつ、またひとつと倒れていく。

 「……いや……もう、いやだ……!」


 その瞬間、彼女の身体から光が迸った。

 心臓の鼓動と同時に、抑え込まれていた力が解き放たれる。


 「これは……!」

 リリスが目を見開く。

 竜騎士もエルフも、すべての視線が少女へ集まった。


 彼女の背後に、半透明の翼が広がる。

 足元から白い紋様が浮かび上がり、戦場全体を覆う結界となった。

 瘴気が押し返され、空がわずかに晴れる。


 少女は涙を拭い、真っ直ぐに闇の巨影を見据えた。

 「もう誰も死なせない。……今度こそ、私が守る!」


 その声は震えではなく、確かな力を帯びて響き渡った。



この後は何がおるのか?

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