開示してみて
パンの三倍は厚いハンバーグが挟まっているのを前に、理玖もつい財布を開いてしまった。食事を確保して席を探していると、一人でテーブルについてスマホを見ている雫を見つけた。
「学食誘っといてコンビニ飯って」
ロゴのついたエスニックな弁当に理玖がつっかかっていく。雫は「新商品。一応、飲み物はここのだし?」とスマホをしまった。
「やっぱりクラス違うと顔合わせる機会が無いね」
「ほんとに!」
雫がふった話題に古森が返答した。そのまま雫の向かいの席に座ったので、理玖は少し考えて「もう一人来る?」と雫に尋ねた。
「あっちで並んでる」
指さされた方を見ると、玉乃が食堂の注文口で列に並んでいた。じゃあ、と理玖は雫の隣に腰掛けた。弁当の包みとパンを置くと「食べすぎじゃない?」と横から指摘が入る。理玖はわざとらしくパンを弁当から離した。
「こっちはおやつ」
「いいなー二人。まじ羨ましい」
中身のない会話をしていただけのはずなのに、古森がこちらを見てそういった。
「そんなところあったかな?」
雫が笑いながら尋ねると、古森は「あるある」と頷いた。
「俺も中学で幼馴染とペチャクチャ喋りながらご飯食べてたなーって。同卓に『うるせぇ黙れ』って言われてたけどさ~もう懐かしいぐらいだよ。まだ三か月? しか経ってないのに」
「それで言うと俺たちは新鮮だよ。こうやって飯食うの」
どこが? と理玖の頭には鉄板やチョコが浮かんだ。
「学校一緒になんの初めてなんだよね。古森くんたちは割と同じ?」
続いた言葉に納得して理玖は古森の話に耳を傾けた。古森は「ずーっと一緒! 代わり映えしなかった」と答えた。
「だから楽しいんだよね、新しい人がいっぱいいるの」
「わっかるー!」玉乃が座るより早く話に混ざってきた。「いつものメンバーもいいけどね」
空いていた古森の隣へカレーライスと共に玉乃が座った。
「で? 体育祭の話はもうしたの?」
話題を振ってすぐ玉乃は「いただきまーす」とスプーンを手に食べ始める。流れで理玖たちも各々の食事を広げた。
「してないよ。話したいことあるわけじゃないし」
雫が答えると、玉乃は口にカレーが入ったままなので目だけ見開いた。もぐもぐと噛んで飲み込んでから口を開いた。
「ごっめん私か。さっき全部話してきちゃった、着替え中に」
「あぁ、そうかもとは思った」
雫が呆れたように頷く。それに食らいつくように玉乃が理玖と古森に話を振った。
「でもいい話題だよね、体育祭。二人は何に出るの?」
「俺は借り物競争の予定!」
古森が答える。次に「りっくんは?」と聞かれたので「玉入れ」と言った。
「それ余り物? ハードなのじゃなくて良かったね」
「そうとも言えるけど」
「欠場がベストって顔と見た!」
玉乃に図星を突かれたものの、楽しみにしていそうな古森の前で頷いて見せるのは気が引けた。
「昔の話」
「そうなの? 無理してなきゃなんでもいいけど」
メガネに特訓してもらう? と玉乃が笑った。理玖は「体が悲鳴をあげたら」と答えた。
食事を終えてテーブルを立つと、友達を見つけた玉乃はドリンク片手にそちらへ去っていった。雫も「仕事だ」とてくてく階段を登っていった。
昼も二人で過ごしていたが、放課後も理玖と古森は一緒に畑へ来ていた。今日の部活は休みで他の部員はいないが、古森は土から生えた小さな芽にスマホのレンズを向けている。
「毎日撮ってたらあれだね、繋げて動画になるみたいな」
理玖は横でしゃがみながら呟いた。手にはハンバーグパンを持っていて、すでにかじり跡がついている。
「面白いかもね! デジタル活動記録、採用してくれるかな」
「考えてはくれるよ。副部長とか、一応俺たち手伝いもしたんだし」
手伝い? という古森に「寄せ植えの紹介」と付け足した。古森は納得したように頷いた後、「そういえばさ」と思い出したように続けた。
「嫌い? 運動」
「運動……いや?」
そんなことは無いと理玖は答えた。古森はスマホで過去に撮った芽の写真を見終えると、パンを頬張る理玖に視線を向けた。
「網村くん、体育祭でやりたいことは?」
理玖は返答に困った。
「やりたくないことでもいいんだけど」古森が続けた。
「えぇ、あ~……」
どうして聞かれているのか見当がつかず、答え方も思いつかない。当の古森は何か言いたそうに口を開いては閉じるのを繰り返していた。理玖は気まずい間を小さくパンにかじりつくことで辛うじて埋めた。
理玖の返事なくして話は先に進まないようで、二人の視線だけが漂う。隙間をヒューッと風が吹いたところで、古森が「冷たァ~」と立ち上がった。
「帰ろっか」
「ああ、うん」
理玖も残りのパンを口に詰め込んで立ち上がる。通学路での別れ際、古森は「答え待ってんね!」と念を押して帰っていった。
夕食を終えて部屋にこもった理玖は問題集とノートを広げていた。淡々と計算を進めながら、スマホに話しかける。
「で、この場合の答えって?」
「知らねぇ~」
電話の向こうで雫が答えを放り投げた。「俺とお前の課題違うもん」
「それじゃないって。なんで体育祭やりたいとかやりたくないとかって話になったのか」
「気になったんじゃないの? 理玖がやる気無さそーなの伝わったんじゃね」
「だからって聞いてどうすんだよ」
「はい~? 知らんって……あッミスった」
きちんと思考を経ていない会話が繰り広げられて、理玖の手元も狂った。つじつまの合わない計算を続けるわけにいかず始めからやり直す。
「答え求められてんだよな」
理玖が呟くと、「気にしすぎだってぇ~」とふざけた声が返ってきた。つい笑ってしまってそれはそうだなと思えた時、テロリロリンと繰り返しスマホが鳴った。
「おい……まだ課題終わってないって。変な話のせいで」
「終わると思って設定してないから」
雫に反論しながら理玖はタイマーを止めた。「一息入れる。お菓子持ってくる」
空子から受け取ったせんべいをかじりながらだらだらと問題を解いていき、どちらからか欠伸が漏れ始めたことで通話を終えた。
翌日、理玖は弁当を持たなかった。昨日のうちに空子へ弁当を辞退すると伝えておいたのだ。理由は思いのほか購買のパンが味覚にヒットしたからだった。
「じゃあ外で食べようよ!」
それを伝えると、古森は理玖を畑に連れ出した。程よい日差しが心地いいうえ、部活で使う場所だからか他の生徒の姿は見当たらない。遠目に見えるグラウンドにちらほらハチマキ持参の生徒がやってきている程度だ。
「ねぇねぇ昨日の話さ」合間にパンをむさぼりながら古森は早速本題に入った。「なんかあった? 見つかった?」
やはり前のめりな姿勢に疑問がわいてくるものの、理玖は一度単純に答えてみることにした。
「そこまでやりたくないって訳じゃないんだけど……体育祭自体なんか気後れするっていうか」
グラウンドから笛の音が聞こえてくる。ちらりと見れば綺麗に並んだ数名が何やら声を出しているようだ。
「ああいう熱のこもったところに混じるの難しいな、って」
思ったままを言った後「なんとなく」と付け足した。古森を見ると「そっかあ」と呟きながら同じようにグラウンドを眺めていた。
「一応答えたけどこれ、どうして聞いた?」
理玖が尋ねると古森の視線が戻ってきた。
「俺も一緒にしたかったから!」
考えてもいなかった返事に「何で?」と笑いながら聞き返してしまった。
「だって、俺もそうしてもらったからだよ。色々一緒に行ってくれたでしょ。その相手がなにか思うところがありそうに見えたから、そりゃあ俺も乗りたいじゃん」
強引だったのは反省、と古森はティッシュで口元を拭った。
「はは、じゃあ俺の答えは少し合わなかったな」
「え? いやいや」
驚いた顔をする古森に理玖が「だって」と続けようとすると、彼はそれを待たずに言った。
「サボろうよ!」
「……体育祭を?」
「うん」
古森はまっすぐ頷いた。理玖がすぐには返せずにいると、古森は残りのパンをゆっくり食べ始めた。スマホの時計を確認すると休みはまだ三十分以上ある。理玖もパンをよく噛みながらじっくり考えることにした。