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知り合いの輪

 その日畑に向かうと、副部長によって一年生はいつもの手入れから外された。代わりに、ビニールポットに入った花がずらっと並べられたブルーシートの上に案内された。

「一年諸君には寄せ植えをしてもらいまーす」

 全員を集めて正面に立った副部長が宣言した。手に小ぶりな鉢を持っている。

「まずね、たのし~上澄みのとこからやってもらおうかなって。簡単だからコレ」

 そう言って副部長は鉢を見ながら三つの花を集めた。それをポットから出すと何度か配置を変えながら鉢に入れ、最後に隙間から土を流し入れた。白い鉢植えに紫、青の寒色系の花が咲いた鉢植えが出来た。「はいこんな感じ」と完成品を一通り見せる。

「ひとり一個作ってもらって、体育祭の時にお客さんが見えるとこに飾るから。鉢と花選びは完全に君らのセンスに任せるね! 仕上げは俺らも手伝うけど」

 先輩たちが声をかけると一年生も各々材料選びを始めた。理玖と古森が鉢を見ていると、副部長が寄ってきた。

「君ら体育祭って役職就いた?」

「どっちも用具係です!」古森が答えた。

「えー全滅したわ」

 何がと理玖が尋ねると「一年のお茶くみ係探してた」と副部長が言った。作った寄せ植えのいくつかは来賓用のテーブルに置かれるようで、直接解説ができる人を求めていたらしい。

「悪いんだけど、作ったやつの説明考えてくれる? 二、三文くらいの」

「なんで俺たちなんですか」

 理玖が少し文句をつけてみると「頼みやすいんだわ! 頼むな~」と他の部員の所へ逃げられてしまった。「可愛がられてんのかな?」と古森は前向きに笑った。鉢植えを完成させた後は選んだ花について部長に聞きに行った。

 次の日の昼休み。二人で食事をとりながら頼まれていた解説を完成させた。部長に「お前ら花言葉好きなのか」と言われるほど似た意味の花を選んでいたようだったので、色味や形状の解説をメインに書いた。

「あとこれも……」

 一つ仕事が終わったかと思えば、古森の手元には次の仕事が握られていた。ホチキスでまとめられた紙束には体育祭のタイムテーブルと見慣れない用具の写真が並んでいる。どれも競技に使うものなのだろうが、扱いがまるで分からない。少し見つめてみて、困った理玖の視線が古森と合った。

「俺らじゃどうしようもないね」

「ほんとに」

 笑った古森に理玖は頷いた。「じゃあさ」と古森は紙束を理玖に預けてスマホを取り出した。

「詳しい人に聞こうよ」

「だれ?」

「俺の親友。佐々木くんの部活仲間、で通じる?」

「ああ」

 佐々木はメガネのことだから、メガネに古森を紹介した高校の友人か、と理玖は納得した。彼と古森と自分の三人だと気が引けるなと思っている間に古森が「今日の夜ひまだって!」と報告してきた。

「あ。そうなの」

「うんタイミング良かった~。佐々木くんとハンバーガー食べるんだってさ。網村くん夜大丈夫?」

「ああ、うん大丈夫」

 メガネの存在にホッと胸をなでおろし、理玖は家族へ夜は外食するとメッセージを送った。古森と親友のやり取りで、待ち合わせは理玖たちの高校から近い店に決まった。

 放課後。校門から店までさほど時間はかからない。相手から連絡が来るまで待つことにして、理玖と古森は畑に向かった。寄せ植えの解説を書いた原稿を渡すために副部長がいることを期待していたのだが、今日は一人で部長が座り込んでいた。

「珍しいですね!」

 古森がためらいなく話しかけた。理玖は部長が背を向ける様に体を動かした気がしたのでしり込みしていたが「原稿預かってくれるって~」という古森の声に呼ばれた。

「すみません、ありがとうございます」

 礼をして紙を渡すと「いい」と短い答えが返ってきた。

「照が頼んだことだから」

「てる?」古森が一瞬頭を巡らせる。「あ! 副部長ですか?」

「覚えなくていい。一応そうだけど」

 会話は途切れ、ほかに用事も無かったので「それじゃあ」と去ろうとすると、グラウンドから笛がリズムを刻んで聞こえた。同時に部長から「チッ」と舌打ちも聞こえた。理玖と古森がつい視線を向けると、バツが悪そうに「……悪い。直そうとはしてる」と呟いた。

「ああいう音嫌いですか?」古森が尋ねた。

「音は別に」

 理由は話したくないようで、今度は視線が土に固定されてしまった。古森もこれ以上踏み込むつもりはない様子で姿勢を伸ばしたので、理玖も「原稿ありがとうございました」と言って畑を離れた。園芸部はいい感じに役割分担されてるんだろうな、と話しながら二人は待ち合わせの店に向かった。

「学校を出た」と連絡が来ていたものの到着はまだだったようなので、先に注文を済ませて広めの席を取った。「先に食べよー」と古森が食事に手を付け始めてから理玖も食べ始めた。二階窓際のボックス席に座ったので日が落ちて暗くなっていくのが良く分かる。窓の外、店の前で反射材を身に着けたキラキラの人たちが走ってきて止まった。タオルで顔を拭うと光るものを取り出し、同時に隣にいる古森のスマホが鳴った。

「ん、来たって」

「下。今下にいる」

「あ、ほんとだ。俺迎えに行ってくるね」

 二人組が店に入ったのを見ると、古森は階段を下って入り口へ向かった。座り順はどうするんだろうと考えながら食べ進めていると、古森たち三人が上がってきた。理玖の前にはメガネ、隣は変わらず古森が座った。初めましての彼とは目が合って会釈をした。

「初めまして。網村です」

 理玖が挨拶をすると、ハンバーガーに移りかけていた彼の視線が止まって「ども」と二度目のお辞儀を大きめにしてくれた。

「え名乗らないの?」

 古森が戸惑って尋ねると、彼はチキンにかぶりつきながら小さい手帳を差し出した。

「俺が読むんだ。おけおけ」受け取った古森はそれを開いて理玖に見せた。

「真田実、梅林学園一年生。だそうです」

 紹介を受けた真田はまたちょこんと頭を下げた。「実くんも陸上部!」と横のメガネから補足が入る。メガネの言葉にも頷いた真田はドリンクを流し飲み込んだ。

「そうです。はじめまして」

「なんっか面白いんだよ実くんて」

 どこなのかはよく分からないが、メガネがとても楽しそうだ。

「お腹空いてて。すみません。下のお名前は?」

 真田の丁寧な問いに戸惑いながら「網村理玖です」と答えた。

「理玖さんか。俺のことは何とでも呼んでください」

「じゃあ真田くんで……」

 理玖の申し出に「はい」と返すと、真田はバーガーに顔を埋める様に食べ始めた。一通りの自己紹介が済んだとみた古森が資料を広げてメガネに見せる。理玖は古森とメガネの問答を聞いていた。まとまりのない過ごし方をしていたが、四人で一つのテーブルについて時間が過ぎていった。

 帰りは家の方向で古森と真田、理玖とメガネに別れることになった。夜も遅く、またすぐ会うからとあっさり解散し、理玖たちは街灯の多い大通りに向かって歩き出した。

「急な予定だったけど、りっくん大丈夫だった?」

 メガネの問いに「家には連絡入れた」と返すと「そうじゃなくて~」と話が続いた。

「りっくん人見知りするから。今日、実くんいたでしょ? だからね」

「あぁまあ……仲良くはなれなかったな」

「あっそれだけ? なら良かった~」

「そうかな」

 理玖が疑問を浮かべるとメガネは「ホントだよ! ホッとしたんだから」と答えた。

「心の準備できてなくてて嫌な思いしてたらどうしよって、心配してたんだから」

「俺そこまでだった?」

 メガネから思いのほか気持ちの入った言葉が出てきたので、理玖は思わずメガネの顔を見て尋ねた。

「あのね、大昔りっくんと玉乃ちゃんがもめたでしょ? あれがすごく頭に残ってるってだけで、りっくんがすぐ喧嘩売るとかそういうこと言ってんじゃないからね!」

「そこまでは思ってないって。そんな心配かけるような喧嘩だったっけ」

「見てる分にはヒリヒリしてたよ。今のりっくんは分からないけど、その時は知らない子だらけの塾が嫌って感じで」

「そうだね」

「関わらないようにしてるって態度だったのに、玉乃ちゃんがいきなりあだ名で呼んで。しつこく繰り返すからりっくんが怒った」

「怒ったね確か」

「『うるさい!』って初めて大きい声出して、なのに玉乃ちゃんが引かないから僕はも~神経すり減らしてました」

「すみませんでした」

 数年越しの謝罪にメガネは「このことはもういいんだよ!」と笑った。何が起こったかは覚えているが、その時の気持ちはもうハッキリしないものになっていた。メガネの方が新鮮に記憶しているように思えるほどだ。

「それ何年前だっけ」

「えーっと、りっくんが来たのが小五の時かな。だから~五年前とか」

「そっか、そんなに前か。俺も人に慣れたもんだな」

「りっくんが前向きならまた皆で遊ぼうよ。 たまには名前のない集まりもいいよね」

 たまには、と理玖は頷いた。誰と遊んできたの? と聞かれると一言で答えるのに困る面子だが、美味しくハンバーガーが食べられた。まだ人気のある通りを二人で抜けて帰った。


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