一歩踏み込んだ知り合い
翌日、理玖が教室で席に着くと、隣は空だった。そのままチャイムが鳴り、朝礼で「古森は欠席」と伝えられた。風邪だろうかと思ったが、次の日には出席してきた。
「おはよう網村くん」
「おはよう。昨日は、何か用事?」
「そうそう! あっ大きい声で言えないけどね。見てこれ」
古森は鞄から一番にスマホを取り出して理玖に画面を向けた。森の中に組み込まれたアスレチックの写真が何枚も出てくる。加えて、同じ人が映り込んでいた。
「出来たばっかで、どーしても行きたくてさ。これは俺の友達、盗撮じゃないよ」
どこにある? と尋ねると公式サイトとマップのページがすぐに表示された。これが良かった、あれが楽しかったという土産話を半分流しながら聞いていると担任が入ってきた。
「荷物はしまって~連絡事項あるよ~」
「続きは昼に! いいかな?」
古森の質問に理玖は頷いた。
正午、二人は屋上へ向かっていた。先輩から聞いたという古森の先導で階段を登る。
「やっぱり屋上入れるの珍しいよな」
「わざわざ鍵貸しだしてね」
そう答えた古森は手にした鍵でドアを開けると、先に理玖を通した。閉じないようストッパーを置いて古森も外に出る。昼食に理玖は空子お手製お肉弁当、古森はおにぎりに菓子パンを買い足していた。壁に背を預けて各々食べ始める。
「体動かすの好きでさ、よく行くんだこういう所。だから、運動部を考えてるんだけど、アスレチック部っていうのは無いんだよね。ボルダリング部も無いし」
「俺はどっちも縁が無いな。友達と同じ陸上部は?」
「そうだね、見学には行ったんだけど。俺は楽しめ無さそうだったかな」
友達は一時間でも二時間でも没頭して走るんだけどね、と古森が笑った。その後、放課後に部活を見学する約束をして昼休憩が終わった。メッセージで雫も誘ってみたが、「生徒会の集まりあるからパス!」と返ってきた。
外に出る部活が良いな、という古森の意見で最初は写真部にやってきた。課外活動で小旅行にも出かけるという紹介文があった。部室をノックすると、優しげなトーンで先輩が迎え入れてくれた。
「あ、一年生だね。見学していってくれるの?」
彼の先導で中に入ると、室内でカメラを構えていた人が真っ先に寄ってきた。
「君たちは何が撮りたいのかな? もしくは機材?」
「俺は外の景色とかですかね」
グイグイ詰め寄ってきた女性は、古森の返答を聞くとふーんとカメラを構えた。
「君は自分を撮ってもいいと思うけどね。まあいいや、適当に見てって~」
そう言って女性が去っていくと、招き入れてくれた先輩がぺこりと頭を下げた。
「ごめんね、シャッターは押してないから! 彼女はうちの部長で、人物写真が好きなんです……」
申し訳なさそうに振る舞う先輩の案内で一通り部室内の紹介を受け、二人は写真部を後にした。
「どうだった?」理玖が尋ねた。
「俺は~……あんまりピンとこなかったかなぁ」
「あぁ、そうなんだ。俺も」
雫でも古森でも、知り合いがいれば考えたのにと理玖は思った。
「もっと友達ばっかりなら楽しいだろうね。無理だけど!」
私物化すぎるか、と古森が笑った。理玖は内心そうそう! と頷きながらも軽く「だな」と相槌を打った。
話しながら玄関を出て、校舎の裏に回っていく。チューリップの花壇にホ~と感心しながら歩いていくと、畑にジャージ姿の生徒たちが集まっているのが見えた。せっせと動き回る彼らのうち誰に声をかけたものかと様子を伺っていると、建物の日陰に腰かけていた人が声をかけてきた。
「……園芸部? 副部長アレ、麦わら帽」
頭にタオルを巻いた、目を合わせてくれない男が親指だけ畑に向けた。確かに麦わら帽子の男性に人が集まっている。
「ありがとうございます」
二人が礼をすると、タオルの男は「あーうん」と遠くを見ながら返した。変な人だったなと頷き合いながら畑へ向かい、言われた通り麦わらの男性に声をかけた。
「見学! ありがとう!」
用件を伝えると、彼は笑顔で応えてくれた。
「ここは今、見せられるもん無いんだけど、あれあれ」
彼は周りの生徒に「少し外す」と伝えると、二人を連れて花壇へ向かった。
「これ、この花な。俺らが育てたの。丁度、若干遠いけど国営公園にも飾らせてもらってんだ」
「へぇ……すごいですね」
古森の言葉に理玖も頷いた。
「だろ? あれが責任者な。こだわり派」
副部長が視線を向けたのはタオルの男だった。
「うちの部長あんなんだけど、最悪、一言も会話しなくたって部活動に支障ねーから!」
入部待ってるなーと元気に手を振る副部長に見送られて、二人は校門へ戻っていった。
「なんか、変わってたな二人共」
「園芸部先輩コンビ、面白そうだったね!」
理玖の感想に古森も賛同してきた。
「気になる?」
「気になる気になる」
古森は食い気味に答えた。理玖も同じく気を引かれていた。
「網村くんも?」
理玖がそうだと答えると、古森はじゃあ、とスマホを操作しながら話しだした。
「さっき副部長の人が言ってた公園、行ってみない? 電車で行けたはず……ほら!」
古森が差し出したスマホの地図を覗いて、理玖は「確かにな」と呟いた。
「行こうよ、今週の日曜日どう?」
古森の問いかけに理玖は自分のスマホを取り出した。カレンダーは空白だ。
「行こっか」
約束の日曜日、理玖と古森は電車に乗った。向かい合わせの座席で揺られながら、古森がふってくる話題に答え続ける。雫以外と電車に乗るのも、移動中にしゃべり続けるのも新鮮だった。車窓を眺める時間もなく目当ての駅名がアナウンスされて、二人は列車を下りた。そこからさらにバスを乗り継いで、大きなゲートの前に辿り着いた。
「でっかぁ……」
「ね! マジでスゴイ、俺初めて見た!」
見上げて呟く理玖の横で、古森ははしゃいで歩幅が広くなっていく。合わせて理玖も歩く速度を上げた。
ゲートをくぐってすぐ、広場と一面に広がる花壇が見えた。手前にはチューリップがぎっしりと植えられている。「すごーい!」と古森が駆け寄っていく後ろで、理玖はこの光景にうっすらと見覚えを感じていた。
あの時走って行ったの誰だっけ、俺と雫はなにしたんだっけな。考えてはみたが思い出せない。ここに来たことがある事さえ、昨夜親から聞いた。
「網村くん!」
古森の呼びかけで理玖は顔をあげ、こっちこっちという手招きで花壇に寄っていった。
「見てこの札! 俺らの高校だよ」
呼ばれた場所には辻野南高校園芸部と書かれた立て札、大きな花びらのチューリップがあった。
「結構立派だ」
「比べるのも悪いけど、周りのよりおっきいよね? へぇ~なんで違うんだろ」
「それは……なんでだろう?」
「土とか肥料かな」
そんな気もするが、確証が持てない理玖は曖昧に相槌を打った。「まあ本人に聞けばいいか!」と前向きな返事が来たので、理玖も「そうだな」と頷いた。花に鼻を近づけてみたり、花壇の動画を撮りながら歩く。だんだんと花が草木に土にと風景が変わっていった。
「来たキタキタ! ゴメンやっぱこっちがメインだったかもー!」
途端に古森が走り出した。理玖も困惑しながら何となく駆け足で着いていってみる。向かった先はアスレチックエリアだ。ここからは昔来た覚えがない。古森が目もむけずに走り去ったハンモックで雫と二人、暇を持て余していた気がする。
「俺はここ、前に来たことあるんだけど網村くんは? 初めて?」
案内板の前で古森が振り返った。追いついて一息つくと、理玖は少し考えて答えた。
「遊ぶのは、初めて」
「じゃあ全部回ろう! ちょうど人も少ないし、高校生がはしゃいでも大丈夫そう!」
古森に先導されて理玖は遊具を回った。当然、二人の年齢では遊べないものもあった。そりゃ、高校生はメインターゲットじゃないからなと思いながら、「靴は脱いでね!」とだけ忠告の張り紙があった巨大トランポリンの上で跳ねた。
遅めの昼食に公園内のキッチンカーで同じタコスを食べて、二人は園を後にした。バスは終点まで眠り、電車の中ではお互いが調べたチューリップ知識に「あー」と不確かな相槌を打って過ごした。
古森とは駅で別れ、日が落ちないうちに理玖は家路についた。ポケットから何度も通知音が鳴っていたので、玄関に入ってすぐスマホを取り出す。奥から空子の「おかえりなさい」という声が聞こえたので、「ただいまー」と返した。
「うわ」
十何というメッセージの通知に思わず声が漏れた。なんだと開いてみると、送り主は古森一人だった。花や遊具の写真、動画が送られてきている。
「はは」
めっちゃ撮ったんだな、とつい笑ってしまった。連写で撮ったほぼ同じアングルの写真も律儀に全部来ていた。
「理玖ちゃん?」
玄関にとどまっているのを不思議に感じたのか、空子が再び声をかけてきた。理玖が声のする部屋に入ると、空子はお茶を入れていた。理玖ちゃんも、と向かいを勧められたので腰を下ろす。
「見てこれ、ばあちゃん。今日行ってきた」
理玖はすぐに手にしていたスマホの画面を見せた。チューリップ花壇の全景を収めている。
「あら、素敵ね。良く撮れている」
「だよね。結構うまい」
「雫くん?」
「いや高校の、クラスメイト」
理玖が答えると、空子は「あらあら」と楽しげに笑った。理玖にお茶とせんべいを差し出して、自分も湯呑を手に腰を落ち着かせる。
「今日のことも、その子のことも、沢山お話聞かせてくれる?」
「うんいいけど、そんなたくさんは無いんだよな……まあ、よくしゃべる人で。内容はあんまり覚えてないけど」
空子の頼みに応えて、理玖は送られてきた写真と共に覚えていることを話した。口周りが疲れたなと感じるほど喋ったのだが、夕食の席で空子が「理玖ちゃんがたくさんお話してくれて」と言い出し、もう一度同じ話を繰り返すことになった。おかげで、夜になっても頭に浮かんでくるほどだった。
寝る直前になってスマホを確認すると、雫からメッセージが来ていた。内容は、しばらく朝に生徒会の集まりがあるので先に登校するというものだった。入って早々忙しすぎないか? と思いながら「OK!」だけ返す。スマホをさっさと伏せて欠伸をする自分に余裕を感じた。